78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎桜の舞う頃に・・・(第2話)

2009-02-21 19:52:59 | ある少女の物語
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第1話  最終話
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「私、末期の肝臓がんなんです。医者には治療は不可能と言われて、今は毎日薬を飲んでいるだけです。余命は1~2ヶ月。早ければ、あの木から桜が舞う頃には、もう……」
 少女の視線の先には、この公園に一本しかないソメイヨシノ。
「実は私も……中村さんのことが好きです。でも、いつ終わるか解らない恋に、あなたを巻き込ませることなんてとても出来ません」
「………」
 あまりの衝撃に僕は一瞬言葉を失ったが、すぐに口を開いた。
「それでもいいです。期間なんて関係ありません。僕は西岡さんと一緒にいたい。ただそれだけなんです。どうか、お願いします」



 僕等の恋はここから始まった。
 いつ砂が落ち切るか解らない砂時計。それでも僕は、だからこそ僕は、少女といられる時間を大事にした。
 常に貪欲になり、行きたい場所、やりたいことは我慢せずに何でも実行した。そのためにはお金を決して惜しまなかった。
 そして、不思議なことに僕等は喧嘩することは全くなかった。不器用な僕が少女を一度も傷付けなかったと言えば嘘になる。だが少女の怒った顔は一度も見たことがない。そんな少女の優しさに応え、僕も少女に対して怒りを露にすることはなかった。



「会社が終わったら川沿いの公園に来てくれる?」
 少女がそんなメールを送ってきたのは、付き合い始めて3週間後、卒業式の季節を迎えた頃だった。
 僕は急いで川沿いの公園に向かった。まばらに蕾を見せているソメイヨシノの下に少女がいた。
 あの時と同じように、水面に映る月を見ながら少女はこう言った。
「……私、来週から入院することになっちゃった。親がうるさくて」
 それを聞いた僕は、砂時計の砂が残り僅かになっていると悟った。
「……そう、なんだ………」
 僕はそれ以上の言葉が出なかった。
「中村さん……お願いがあるんだけど、いい?」
「……何?」
「残り1週間、中村さんの部屋に居させてもらえないかな?」
「えっ!?」
「そんなに驚くことないじゃない。私たち恋人だし隣人だし、何度もお互いの部屋に遊びに行ったりしてたわけだし」
「イヤ、その、あの……こ、光栄すぎて何て言っていいのか……」
「じゃあ決まりだね?」
「……うん」



 翌朝。
「朝ですよー」
 少女の声で目を覚ます。まさかこの少女と同棲できるなんて夢にも思っていなかった。
「ハイ、お味噌汁」
「お、マジか! ありがとう」
「今日も一日お仕事頑張ってね」
 少女のおかげで、いつもは重い足取りの通勤も今日は爽快な気分でいられた。

 その後も新婚生活のような甘い日々が続き、あっという間に6日が経った。
 この日は一日中ディズニーランドにいた。最後に目の前の現実から離れ、夢のような世界で魔法をかけられた気分でいたいという少女の希望だった。
 少女は初めて会った日と同じスカートで、あの時をもう一度思い出させてくれた。

 その夜、僕等は川沿いの公園に来ていた。ソメイヨシノの蕾は膨らみ、ところどころ花が咲いていた。
「俺が告ったのはこのあたりかな?」
「アハハ。懐かしいね」
 すると僕は、今まで恥ずかしくてとても言えなかったことを、何の躊躇いもなく自発的に話し始めた。
「……俺、西岡に会うまで、全然楽しくなかったんだ、人生が」
「そうなの?」
「朝から晩まで働いて、毎日それの繰り返し。経済的に将来への不安もあって、人生このままでいいのかなあ、俺は一体何のために生きてるんだろう、って思ってたんだ。でも西岡と出会ってからは考えが変わった。今のままでいいのかとか将来どうなるんだろうとか、そんなのはどうでもいい。一人の女性のために一生懸命生きようと思えたんだ」
「えっ?」
「こんな気持ちになれたのは生まれて初めてだし、全部西岡のおかげだよ。本当にありがとう」
 それを聞いた少女は、映画の時以来の涙を見せた。
「……あ、ありがとう…………私も、本当にありがとう……」
 僕等は自然と抱擁し、キスを交わした。
「お見舞い、必ず行くから。会える日と時間が分かったら教えてね」
「……うん」
「この木から桜が舞う頃に、医者に許可を貰ってもう一度2人で来ようよ」
「……うん………そうだね」



 翌日の昼過ぎ、駅で少女と別れた。そのまま病院に向かったようだ。
 今振り返ると全てが夢のようだった。短い間だったけど、いい夢を見ることが出来た。
 本当にありがとう。



 しかし、異変はその翌日から起きた。月曜の夜に僕から少女に送ったメールの返信が、3日経っても送られてこない。電話をかけてもいつも「電源が入っていません」というメッセージ。お見舞いに行っていい日時も一向に教えてくれない。
 これは変だと思い、金曜日、会社を半日で早退して少女の言っていた病院に直行した。しかし、
「西岡結衣さんですか? そのような方は入院されていないようですが……」
 受付のその言葉に僕は愕然となった。今、少女はどこにいるのか。他の病院なのか、それとも実家か、それともまさか……。
「急患です! 急患です!」
 急にあたりが騒がしくなった。運ばれてきた患者はよく見えなかったが、
「21歳の女性が急性薬物中毒の疑いあり!」
「結衣! しっかりしろ! 結衣~!」
 付き添っていた医者と父親らしき人の台詞で少女だと確信し、僕を更に驚愕させた。一体どうなっているのか。

 病室で点滴を打たれたまま目を覚まさない少女。頭を抱える少女の父親。恐る恐る僕は話しかけた。
「あの、すみません……僕は結衣さんの……その……」
「お前が結衣の言っていた男か! お前が殺ったのか!?」
「え? ちょっと待って下さい、誤解ですよ?」
「結衣は自殺しようとしたんだぞ!」
「えっ!?」


(つづく)


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