78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎無断欠勤少女物語(最終話)

2012-06-15 03:39:07 | ある少女の物語
 翌日の夜、僕は横浜の雑居ビルの中にある小さなパーティー会場にいた。
 今年の2月に26歳を迎えてしまった僕は、未だに彼女が居ない、というか居た事が無い事実に危機感を覚え始め、婚活パーティーなるものに参加表明を出してしまった。前職で片想いし続けた27歳の女性マネージャーにいつまでもこだわる訳にもいかず、一歩前へ踏み出す必要性を感じたのだ。
 結論から言うと、約20人もの女性参加者の中で魅力的な女性は一人しかおらず、その女性とカップルが成立する事も無く幕を閉じた。20代限定で女性の人数もそれなりに多いと聞いて、千反田えるのような可愛い女性が一人くらいは居るだろうと淡い期待を抱いていた。現実は8割が茶髪、更にその半分はギャルの様相を呈していた。最低でも数人は喫煙者のようだった。それでも優しい人ならと思ったが、あいにく僕は一人当たり僅か2分のトークタイムで相手の性格まで読み取る話術を持ち合わせていなかった。
 そう、2人きりで会話を交わさなければならなかったのだ。女性と会話なんて滅多にしない事であり、異常に小さいテーブルが2人の物理的な距離を縮めた事も緊張感をピークにさせた。相手のプロフィールカードを見ながら必死に話題を探す。僕の口から発せられた言葉はつまらない話ばかりだったはずだ。相手から話題を振ってくれる事もあったが、九分九厘は「接客業って何をやっているんですか?」だった。そこで毎回コンビニと答えねばならない辛さは今でも忘れられない。男性のプロフィールカードに限り年収と最終学歴の欄も存在する。それを見ただけで切った女性も居るはずだ。

 こうしてこの日も僕に彼女は出来なかった。同時に、少女とWの偉大さに気付いた。染髪、ギャルメイク、お酒、煙草。そんな大人のダーティーな部分を知る前の無垢な女の子こそが女子高生であり、パーティー会場にいた大人の女性たちが失ったものを2人はまだ持ち続けているのだ。
 そして、スーパーで働く友人の友人が女子高生と付き合っている事実を思い出した。同じ職場とはいえ10歳も年下の女の子を数回デートに誘った後、告白に成功したのだ。彼は僕にでも女子高生と円滑なコミュニケーションを取れる可能性を教えてくれた。

 確かに僕は少女に裏切られた。憤りを感じないと言えば嘘になる。怒るのは簡単だ。しかし、それで辞められたらどうする。仲の良いWも道連れで辞めてしまうかもしれない。そしたら次に女子高生アルバイトが入ってくるのは何ヶ月、イヤ何年後になるのだ。お前はそれで良いのか。星の数ほど訪れるお客様と格闘してばかりの毎日で、女子高生とシフトインする4時間が唯一の楽しみになっていたのではなかったのか。少女もWも仕事で分からない事は何でも僕に聞いてくれる。こんなキモヲタのヘタレ社員を信頼してくれている。それなら僕が“無断欠勤少女”に対して本当にすべき事は――。



 6月10日。少女とWが夕勤でシフトインする日が再び訪れた。遅刻しないのであれば17時までに2人は来てくれるはず。実は少女は5日に出勤しており、その日僕は公休日だったが店長が説教したという。そして、7日も出勤日ではあったが前日に休む旨を連絡した上で欠勤している。ようやく事前連絡するスキルを身に付けてくれたようだ。そして今日は事前連絡が一切無いので、今度こそ僕は少女を信じた。しかし、
「オイ……冗談だろ?」
 16時45分、50分、55分。少女はおろか、Wさえも姿を見せない。まさかの2人同時欠勤なのか。
「おはようございます」
 と思っていた矢先、58分にようやくWが来てくれた。いつもなら50分までには来ているはず。こんな日に限って何が起きたのか。そんな事はこの際どうでも良い。この時点で僕は少女の無断欠勤を確信した。終わった。少女が来ないだけで予定が全て狂う。この日も僕は残業になるだろうし、三度目の正直を覆した少女は確実に首切りになると悟った、その時だった。
「おはようございまーす」
 17時5分、マスクを付けた女の子の挨拶を聞いて、信じる事を諦めた自分を悔やんだ。少女だ。紛れも無い遅刻。だが欠勤ではなかった。風邪が治っていないのにも関わらず、ちゃんと来てくれた。

 まずは少女に5月分の給料を手渡した。
「その金額は、5月に頑張った成果というよりも、6月の一ヶ月に対する少女さんへの期待の額だと思っています。だから、過去の事をとやかく言うつもりは無いので、これから頑張って下さい」
 それは、4日前の某5位のアイドルの演説からヒントを得て考えた台詞だった。とどのつまりパクった。
「それと、店長に何を言われたかは知りませんけど、気にしないで下さい。あの人は言わなきゃいけない立場だから言っているだけなので」
 そして僕は、最後にどうしても言いたい事があった。
「実は少女さんは、僕に無いものを最低でも3つは持っているんですよ」
「エー、何ですか?」
「まず、笑顔。それと愛嬌。そしてもう一つは黒髪ロングです」
「アハハハハ」
「僕は笑顔が出来ません。中学時代、ある女子に笑った顔が気持ち悪いと言われてから笑顔に自信が持てなくなりました」
 接客業で笑顔が如何に重要かは、前職を含めて一年以上お客様と接してきた僕には痛いほど解っていた。トラブルが起きた時、僕が無表情で「申し訳ございません」と言うよりも、少女が笑顔で「すみません」と謝る方が、より一層お客様の怒りを沈める効果を持つ。僕が一生かけても手に入れられないであろうスキルを、少女は15歳にして既に身に付けているのだ。
「そんな自分の良い所をこれからも大事にして下さい」
 笑顔、愛嬌、黒髪ロング。僕は“無断欠勤少女”を褒めた。それが正解かは解らない。少女のESを高める答えを選んだまでの事。

 ここより暇な店は近くにいくらでもあるだろう。そんな中でたまたまアルバイト募集の貼り紙を見て応募したのが不運にも忙しい店だった2人の女子高生。大学生かそれ以上の人でさえ数ヶ月で姿を消しているのに、15歳の女の子にいつ辞められても文句を言える訳がない。
 それでも僕は出来る限り長く居続けて欲しいと思っている。もちろん女子高生に限らずアルバイト全員である。ミスをしたり怒られた人にはフォローを入れ、休まず遅刻せずに出勤してくれる事を当たり前と思わず感謝の気持ちを持ち、円滑なコミュニケーションを取る。こうしてESが上昇する事によりモチベーションも高まり、それがクオリティーの高い接客、ひいてはCS(Customer satisfaction/顧客満足度)の向上に繋がり、お客様の為にもなる事を信じている。
 とりあえず僕は、アルバイトに一番近い社員で在りたい。


(Fin.)


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