水越神社は奈良市邑地町に鎮座する旧指定村社。市内東部の山間部に鎮座し、布目川右岸にある社地へは対岸から神橋を渡って参拝するという、文字通りの「水越神社」である。
神橋の向こうの社地
橋を渡ってすぐに鳥居があり、真っ直ぐに伸びる参道の奥に社殿が見える。
社頭の様子
鳥居をくぐると杉が植えられた神域の広さに驚かされる。低い石垣と側溝に隈取りされた参道は非常に直線的。
かなり直線的な参道
社殿が近づいてくると、参道の軸と本殿の軸がずれていることが分かる。しかしこういうブレは古社では珍しくないものだ。
参道軸と社殿の軸のずれ 。
社殿の前庭に入ると、本殿の載っている壇との間にある短い斜面に生えた杉の大木に目を奪われる。巨木サイトなどにも紹介されているもので、特に向かって右手の夫婦杉の存在感が圧倒的。しばらくその光景に見入ってしまう。
巨杉(きょさん)
しまった、この杉を見上げたところを撮ってくるのを忘れた
そしてそんな風に巨杉を見上げながら感嘆しているうちに、ふと気づくのである。今、自分がいる場所をつつみこんでいる静寂に。辺りには道路も通っており、生活音も聞こえてくるのだが、それらをかき消す静寂さだ。
静寂
静寂
静寂
水越神社は天押雲根命という水神を祀っている。もともとは布目川の水霊を祀る神社だったのだろう。
そのような自然信仰の神社としてまず注目されるのは、鳥居が川に面して建っていて、そこから社殿のところまで真っ直ぐに参道が延びているところが、川への(あるいは川からの)アプローチを強く感じさせるということだ。
こういう川へのアプローチを強く感じさせる神社というと、俺はすぐに出雲の川上神社という神社のことを思い出す。この神社は松江市上本庄町に鎮座する出雲国島根郡の式内社で、水神のタカオカミ神を主神として祀っており(相殿神として大己貴命と稲田姫命も祀っている。)、社前を本庄川の渓流が流れる立地からも、この川の水霊を祀ったものと見られる。
本庄川の渓流に面した川上神社
神社前の渓流の様子。岩が多い
当社本殿の床下には板で囲って見えなくしてあるが、大己貴命の休息石という磐座があり、これが当社のご神体である。
川上神社本殿
本殿の床下にある大己貴命の休息石は、
周囲を板で囲って外からは見えなくしてある
大己貴命がこの川辺を通過した時、この岩で焚き火をして休息した
その後、暴風雨による洪水があった時、濁流の中に大光が認められたので、
水が引いた後でそこを調べるとこの岩の上に焼け残りの薪材が残っていた、
などの伝承がある
川に面した入り口から拝殿までの間は扁平な自然石を並べた石畳がついており、とくに社殿の近くにある石はサイズが大きい。これと似たような石畳は他の神社であまり見た記憶がないが、社前を流れる本庄川へのアプローチを強く感じさせるものである。
川上神社の石畳
社殿に近いほうがサイズも大きい
社殿のほうからドンデン返したところ(逆方向のカット撮影を意味する映画用語)
境内の入り口に鳥居が建っていないところに注目
当社には鳥居がない。境内でお話をうかがった70歳くらいの男性によると、かつて周りにいた自分より年輩の人にも聞いたが、その人たちも昔から鳥居はないと言っていたそうなので、古くから鳥居を設けなかったことは確かだ。またその方は、この石畳は本殿下のご神体の石と何か関係があるのではないかと仰っており、そのことがとても印象に残っている。
俺はこの石畳が本庄川からやってきた水霊が社前で上陸し、本殿下の磐座まで移動する通り道なのではないかと思った。鳥居は外部から社地を結界するためのものだから、神霊じたいが外部からやってくる場合、その入り口に鳥居を建ててはならないことになるのだろう。
そういえば川からくる水霊の通り道というと、奈良県宇陀市栗野にある岩神社で見た参道も思い出される。
「水霊が道をやってくる(2/2)」につづく
杉の巨木と 静寂そのものの社殿 境内の
雰囲気に 感動しました。 今 この貴重な
ご説明 写真に 思いを新たにしています!
私もこの神社を初めて参拝したとき、奥深い参道を抜けて社殿と巨杉の前に出たときの感動は忘れられません。後世に残してゆきたい日本の宝だと思います。