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ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督

2024年10月25日 | 本を読んだで
 村瀬秀信            集英社

 昨年アレを達成した岡田監督が退任した。さて、次の阪神の監督にはだれがなるんやろ。岡田監督退任発表後のおおかたの関西人の関心事はこのことやろ。で、早急に藤川球児が次の監督になった。ま、藤川やったらええんちゃうん。やら、コーチの経験もないのに藤川でだいじょうぶやろか、かまびすしいことですじゃ。
「そら、阪神の監督なんてけったいなもんですわ」これはカバーの折り返しに記された吉田義男のことばや。阪神の監督を3回もやって日本一もどんべたも経験した吉田さんがいうことやから、説得力があるちゅうもんや。ワシら阪神ファンにとって次の首相や県知事より阪神の監督の方が重大事なんや。そんな阪神の監督にまったく無名の老人がなったことがあった。
 阪神タイガース第8代監督岸一郎。第7代は松木謙治朗、第9代は藤村富美男。双方とも阪神タイガースを代表するスター選手やった。とくに藤村はミスタータイガースと呼ばれる大スターやった。
 で、この二人のあいだに監督をやった岸一郎なる人物。だれやねんそれ。この本を読ませる駆動力はその1点や。
 岸一郎。アマチュアで投手の経験はあるがプロの経験はない。どうしてこんなド素人が阪神タイガースの監督になったのか?ほんまのことはよう判ってへん。なんでも当時のオーナー野田誠三に「タイガース再建論」ちゅう手紙を書いて野田オーナーに気に入られて阪神監督を要請されたらしい。このへんは今も昔も阪神は変わってへん。矢野燿大が監督を辞めて、ほんまは平田勝男が監督になるはずやったらしい。でも角オーナーが早大の後輩岡田彰布を監督にしたんやて。岡田やったら経験も実績もあるからマシやけど、なんの実績もないどこの馬の骨か判らんジイさんに監督をやらせたんや。
 もちろん藤村はじめ選手たちは猛反発。岸監督はたった二ヶ月わずか33試合を指揮しただけで阪神タイガースの監督を退任する。理由は持病の痔の悪化!?
 で、けっきょく岸一郎とはなにもん。資料参考になるもんはほとんど残ってない。著者は吉田義男、小山正明、広岡達郎など、岸を知っている存命の人物にインタビューを重ね、岸一郎の正体を追う。そこで浮かび上がったのは「阪神タイガース」なる日本の関西の野球チームの「業」と「血」どういうことかワシは阪神ファンやから判るけど、他チームのファンは判らんやろな
 この本の初版が出たのは今年の2月。巻末で甲子園歴史博物館での川藤幸三と藤川球児の対談が紹介されている。川藤がいう「ワシが藤村さんにいわれたんは阪神タイガースの歴史伝統を後輩に伝えることや」藤川が答える「カワさんのあとはぼくに任せといてください」この時藤川球児は阪神タイガースの「業」と「血」を受け継いだのだろう。「歴史と伝統」=「業と血」ちゅうこっちゃろ。そして10月藤川球児は第36代の阪神タイガース監督になった。
 藤川は8代目監督岸一郎の写真に目をとめた。川藤に聞いた。
「この人はなんですか・・・?」
「ええか、球児。この人はな・・・」


狼男だよ

2024年10月15日 | 本を読んだで

  平井和正            早川書房

ずいぶん久しぶりに犬神明と会った。最初に彼と会ったのは前世紀だ。今回読んだのはハヤカワ文庫だが、小生が初めて犬神明と会ったのは立風書房版であった。そう、あの大改竄事件で有名な立風書房の「狼男だよ」である。今となっては珍本だ。持っていたが阪神大震災に被災して紛失した。これで良かったと思う。著者の平井さんも、こんな本は後世に残したくないだろう。
久しぶりに読んだが、この小説は主人公犬神明のキャラクターあってのモノだ。細身でジャンポール・ベルモントか内藤陳を思わせる風貌。職業はルポライター。特技はやっかいごとを引き付けること。磁石が鉄片を引き付けるがごとく、トラブルやっかいごとが犬神明に寄って来る。それがメシのタネなんだから本人は嫌がっていないが。
それに犬神は不死身だ。月の満ち欠けが彼の体調に関与し、満月の時は不死身になる。
不死身でトラブル収集体質。と、いうことで犬神のもとには、小は組関係から大はアメリカのCIAまで。わんさか集まって来る。で、みなさん、いちおう犬神明を亡き者にしようとするが、なんせ不死身だから、軽口をたたきながら冗談半分に犬神明にいなされてしまう。
 今夜も愛車ブルーバードSSSに乗った犬神には、殺されて血を抜かれた美少女やら、暴力専門のカニ男やら、殺人鬼の金満家どもが寄って来る。   

まんが道

2024年10月10日 | 本を読んだで

 藤子不二雄          中央公論社

 どんなジャンルにも勃興期というモノはある。その勃興期をテーマにした著作を読むのは面白いものだ。ワシもこのトシだからいろんな勃興期をしっている。リアルタイムで見聞きしたのもあるし伝聞や活字で知ったのもある。
例えば上方落語。ワシは10代のころから上方落語のファンだった。上方落語は絶滅したといわれてたのが、桂米朝、笑福亭松鶴、5代目桂文枝、3代目桂春団治のいわゆる四天王の尽力で上方落語はいまの隆盛がある。そのころのことを小生は知っている。
日本のSF。日本でSFを出版した出版社はつぶれるといわれていた。日本人でSFを書いている人は、海野十三たちごく少数だった。戦後すぐ矢野徹が渡米。アメリカのSFを肌で知って、日本でもSFを流行らせたいとの望みを持つ。矢野は江戸川乱歩に相談した。そして柴野拓美が「宇宙塵」を福島正美が「SFマガジン」を発刊。アマ、プロの両輪がそろい、この両誌をゆりかごとして、小松左京、星新一、眉村卓、筒井康隆たちが世にでた。
で、日本の漫画だ。この本は日本の児童漫画の勃興期を藤子不二雄の眼を通して書かれた(描かれた)本だ。
 それまで、日本の漫画は田河水泡やその弟子の長谷川町子のように、いわゆる「ポンチ絵」の流れをくむ「笑い」を芯にした漫画であった。そこに登場したのが手塚治虫である。 
 手塚は漫画に映画的手法を取り入れて、2次元的な漫画に3次元的な画面を描いた。そして手塚はストーリイのあるストーリー漫画を創りあげた。
富山県に、満賀道雄と才野茂の二人の少年がいた。漫画を描く満賀、才野の2少年は手塚の漫画見て衝撃を受け、感激、手塚に手紙を出す。手塚から返事が来た。二人は意を決して宝塚まで手塚に会いに行く。二人は手塚に才能認められる。
 満賀は勤めていた新聞社を辞めて背水の陣で、才野と二人で東京に出るの。出版社への作品の持ち込み。採用される。こうして満賀と才野はプロの漫画家として歩み始める。そしてあそこに行く。日本の児童漫画勃興期の梁山泊ともいうときわ荘へ。途中、原稿をオトしたり挫折もあったが、漫画家としての満賀+才野=藤子不二雄の活躍は諸賢のご存じのとおりである。
 日本の児童漫画の勃興期を知るのはたいへんに興味深く、これは日本の児童漫画の青春期と自分自身の青春期が重なった藤子不二雄の自伝である。 

SFマガジン2024年10月号

2024年10月08日 | 本を読んだで


2024年10月号 №765     早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター

1位 世はなべて美しい        菅浩江
2位 秘臓              池澤春菜
3位 心象衣装            櫻木みわ
4位 お茶は出来ない並んで歩く    斜線堂有紀
5位 美徳なき美     ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン 紅坂紫訳
6位 あなたの部分の物語        暴力と破滅の運び手

連載
もう一つの日本文学 SF翻訳家インタビュー 第1回伊藤典夫 卲丹
マルドゥック・アノニマス(第55回)    冲方丁 
戦闘妖精・雪風 第五部(第15回)衝突と貫通(承前) 神林長平
空の園丁 廃園の天使Ⅲ(第24回)     飛浩隆
ヴェルト 第二部 第二章           吉上亮
未来図ショートショート(第3回)       田丸雅智  
幻視百景(第50回)              酉島伝法
小角の城(第77回)              夢枕獏  

ファッション&美容SF特集
 この特集企画には意表をつかれた。なんでSF専門誌がファッションとか美容にまつわる企画をするんだ。で、一読したら、これが結構おもしろかった。考えて見ればSFは森羅万象あらゆることに有機的につながることが可能な文芸ジャンルだ。例えば冠婚葬祭SFとかワビサビSFとか茶道SFなんてのもあってもいいのでは。
 これは小生の憶測だが、外国人作家のジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタインは別として日本人作家には編集部が、こういう企画で特集するから、それに即した作品を書いてくれと依頼したのだろう。ま、寄席でいう大喜利みたいなもんだろう。お客から題をいただいて、それを受けて落語家がおもしろいことをいう。落語家の実力がわかる。ちなみに日曜の午後やっている某長寿番組の大喜利は、あれは台本があって、打ち合わせの上で本番をやっているとか。あの大喜利に出た某上方落語家がおしゃってた。あれは、ま、ブックのあるプロレスみたいなもんだ。

「あなたの部分の物語」男の「あれ」は自分で管理できない。「あれ」は「部分銀行」にある。男に「あれ」は必要か?けったいなアイデアだがもろにアイデアが出ている。もう少しひねる必要がある。それにしてもふざけたペンネームだな。読者としてはあまり愉快ではない。
「お茶は出来ない並んで歩く」斜線堂にしては、素直なストレートな作品だ。彼女は最近の若手ではうまい方だが、特集企画にムリにあわせて書いたようだ。
「心象衣装」ファッションバトル。素朴VSおしゃれ。
「秘臓」よくできたホラーであった。人の美しさとはなんだと問いかけて来る。企画の意図をよく咀嚼して書かれたSFだ。
「世はなべて美しい」傑作。きれいかどうかは心の持ちよう。さすが菅浩江。見事にムリなく特集企画にそった作品に仕上げてある。見事な職人仕事である。
とはいいつつも、菅は「誰に見しょとて」を上梓しており、この企画はお手のものだから少しハンデをつけてもいいぐらい。
 この号は菅浩江の職人しごとが際立った号であった。

  

紙魚の手帖 vol.18

2024年09月30日 | 本を読んだで

GENESIS vol.18 東京創元社

「今年も!夏のSF特集」ということで「紙魚の手帖」のSF特集である。第15回創元SF短編賞を含む9篇が収録されている。
「喪われた感情のしずく」稲田一声
 第15回創元SF短編賞受賞作である。「感情調合師」というアイデアが秀逸。SFのコンテストの受賞作であり、審査員は飛浩隆、宮澤伊織、小浜徹也の三名。当然ながらSFとはなんたるかを良くご存じのお三方。だからこの作品もまごうことなきSFである。この作品の場合背骨となっているアイデアは「感情調合師」なる職業。自由に人間の感情を創出する「オーデオシモン」をうなじにあるレセプタクルに入れるだけで「喜怒哀楽」が自由に味わえる。「哀しい気分になる」「歓喜を味わいたい」が自由自在。
 これが例えば香水やウィスキーのブレンダ―ではお仕事小説になってもSFにはならない。そのアイデアなりモチーフなりが必然的にSF以外になりようがない。そういうSFの定義に則ればこの作品はSFの賞の受賞作にふさわしい。で、この作者の今後だ。「感情調合師」を主人公にして次の物語を展開してシリーズ化するか、また、まったく新しいアイデアを考えるか。後者を選べばかなりしんどいことだと思う。応援している。
「道の花」彩瀬まる
小生は雑誌の連載は読まない。単行本になって興味を引けば読む。
「これを呪いと呼ぶのなら」赤野工作
 たかがゲームのことでやくたいもない。
「狼を装う」阿部登龍
 主人公は洗濯屋の娘。店の奥に古くからなにか獣の毛皮が。なんの毛皮だ。それは絶滅した日本狼の毛皮だ。なかなか面白かった。佳品。
「ほいち」斧田小夜
ある自動車が主人公。機械の自動車が意識を持っていてモノを想う。車好きな小生(=雫石)が喜びそうなネタだが、もう少し整理が必要な作品だ。
「WET GALA」飛浩隆
 ?
「アルカディアまで何マイル」松崎有理
傑作。過酷な労働を強いられる少年。一羽の鵞鳥とともにアルカディアを目指す。家畜兵というアイディアが秀逸。久しぶりに「SF」を満喫した。
「ない天気作ってみた」宮澤伊織
 お好みの天気をお作りしましょう。
「子供たちの叫ぶ声」レイチェル・K・ジョーンズ 佐田千織訳
「銃」にキャラを付与して乱射事件を考える。乱射事件はアメリカの風土病。懲りずに「銃を持つ権利」を主張するアメリカ人がいる。この問題を真摯に考える作者の姿勢が好感を持てる。
 東京創元社が創立70周年。それを記念して「わたしと東京創元社」と題して、大森望、高山羽根子、田中芳樹、酉島伝法、宮内悠介、マーサ・ウェルズの6名がエッセイを提供している。これに雫石鉄也を加えよう。

 わたしと東京創元社         雫石鉄也
 小生が初めて手にした東京創元社の本(というより、小生が生まれて初めて手にしたSFの本)は「銀河パトロール隊」厚木淳編、小西宏訳、真鍋博イラストのモノ。このレンズマンシリーズはその後、小浜徹也編、小隅黎訳、生頼範義イラストで再刊された。小生もトシを取り、昔のことを懐かしむことが多くなった。小隅さん(=柴野さん)訳のレンズマンを読んでいる。「グレー・レンズマン」まで読んだ。「第二段階レンズマン」は近日中に読もう。
 その次読んだのが「宇宙船ビーグル号の冒険」だ。これの第三話「緋色の不協和音」のイクストルが気に入った。そうこうしているうちを「SFマガジン」を毎月読むようになった。三冊目のSFの本はハヤカワの銀背フィリップ・K・ディックの「宇宙の眼」だ。小生の長いSF読書遍歴の最初の2冊が東京創元社で3冊目が早川書房なのだ。
 そういうわけで東京創元社は小生のSFファン人生の助走をつけてくれた出版社なのだ。小生にもいずれ人生で最後に読む本がある。それは東京創元社の本だろうか。

頬に哀しみを刻め

2024年09月20日 | 本を読んだで
S・A・コスビー  加賀山卓郎訳      ハーバーコリンズ・ジャパン

 アメリカ製の犯罪小説である。かといって決してハードボイルドではない。主人公二人はおっさんだけどハードボイルドの主人公みたいにクールではない。タフではあるが。二人を動かしているのは感情である。自分の感情で動く主人公なんてハードボイルドではいないだろう。このおっさん二人は父親である。それぞれの息子は殺された。息子を殺された父親の話である。
 黒人のアイクは殺人を犯したが刑に服し更生して庭園管理会社をしている。白人のバディ・リーも元犯罪者でムショから出たが、社会になじめずアル中になっている。
 アイクの息子アイザイアとバディ・リーの息子デレクは同性婚をしたカップル。この二人が殺された。どうもゲイを心よく思っていない者の犯行のようだ。警察の捜査は進展しない。悲劇に追い打ちをかける事態が。並んで埋葬された二人の墓が破壊された。
 アイクとバディ・リーの堪忍袋の緒が切れた。警察はあてにならん。俺たちで犯人を捕まえよう。
 黒人への差別、性的マイノリティーへの差別。元犯罪者への差別。現代のアメリカ社会を癌細胞のごとく蝕む差別が濃厚に渦巻く中を、黒人とアル中の白人の中年男二人が息子の仇をとろうとがんばる。
 この小説に走っている小骨は差別と偏見。この二つがあたかもハモの骨のようにこの作品の中に交差している。アイク自身、死んだ息子のことをゲイだというだけで良くはおもってない。
 アイクとバディ・リー。息子どうしがカップルでなかったら、決して会うこともなかった。アイクは黒人で元犯罪者だが更生して小さいながらも会社を経営している。バディ・リーはいわゆるプアホワイト=貧しい白人で元犯罪者。刑が終わっても社会のはずれものアル中。この二人が暴走族(日本の族のようなガキの集団ではなくギャング団ヤクザ)や反体制グループやヤバイ連中の中で犯人捜しをする。
 アイクとバディ・リーがおもしろい。息子のかたき討ちという同一の目標を定めて行動しているが、決して友情で結ばれているわけではない。かといってケンカをすることもない。中年のおっさん同士が微妙な距離感をもって接している。

不夜島

2024年09月14日 | 本を読んだで

 荻堂顕             祥伝社

 大部な小説であった。ソフトカバーで上下2段組415ページ。サイバーパンクなハードボイルドである。と、書くと小生のお好みにどんぴしゃなようだが、少しずれてるんだな。それに、あんまり熱くないんだ。
 主人公は台湾人で、主たる舞台は与那国島なんだから、決して寒いところの話ではない。作中世界の物理的な気温ではなく、物語に充満する、エーテル(古いな)とかダークマターの温度が高くない。では、お前はどんなんを温度が高い小説かというと西村寿行だ。本書がサイバーパンクでハードボイルドでなおかつ寿行的熱さを持った小説なら、本書は間違いなく小生の2024年読んだ本ベスト1間違いなし。
 終戦直後の与那国島。まだアメリカの統治下。この島では密貿易が黙認されていた。台湾人の密貿易人武庭純。全身を義肢(クローム)で武装し、頭脳さえも電脳に積み替えている。電脳だから随意でスイッチの入れ替えができる。痛覚のスイッチをOFFにしておけば格闘になって攻撃を受けても痛くない。それに姿が見えなくなる隠れ蓑まで持っている。こういうサイボーグが謎のアメリカ人ミス・ダウンズに命じられて「含光」を探す。
 終戦直後というから1940年代だ。そんな時代になんでかような技術があるんだ。おかしい。なんてヤボなことはいわないが、かようなサイバー技術と与那国、台湾といった土地との有機的なつながりが見えない。別に与那国や台湾でなくてもいいのではないか。それにSFもんを喜ばせるサイバーな大道具小道具がなくても成立する話だ。
 惜しい傑作というのが小生のこの本の評価だ。

教養としての和食

2024年09月06日 | 本を読んだで

江原詢子監修                山川出版

 和食とはいかなるモノか。それを知るには適当な本である。食べ物を食べる。それは生き物が生きていくうえで欠かせない行為である。ただ食べるだけなら、植物なり動物なりをそのまま食えばいい。実際、人類以外の動物はみなそうやっている。
食材を調理して食べる動物はいない。人類だけが食材を調理して食べるわけだ。
知性を有する動物たる人類が頭脳を使い手を動かして、自然にあるモノを食べるわけだ。かようなことをしているうちに、時間が経って、それが「文化」となるのだろう。
和食。フランス料理でも中華料理でもそうだが、「食」はひとつの「文化」を形成しているのだから、その土地の気候風土が大きく影響している。
で、この本だ。この本は和食を時空で紹介している。まず時間。日本列島の石器時代から現代までの時間の流れに沿って日本人が食べてきたモノを考察。次に空間。日本の土地土地は南から北まで気候風土が違う。これらは和食のハード面を形成している。これに食材を採集/栽培/加工する人、それらを調理する人、料理を提供する人、そしてそれを食べる人。これらの人たちによって和食のソフト面が形作られた。こうした文化としての「和食」が手軽にひととおり学べる本である。

BRUTUS №1011 夏は、SF。

2024年08月24日 | 本を読んだで

 BRUTUS  №1011 夏は、SF。

 かような非SFプロパーの雑誌で、ときおりかようなSF特集が企画される。ワシのごとき古狸SFファンが観て、「ケッ。なにを的外れなことをゆうとる」と思うこともあるし、「ふうん、参考になるな」と思うこともある。
 このBRUTUSの特集はなかなか良かった。現代のSFをコンパクトに判りやすくまとめていた。
 最初の大森望、池澤春奈、大塚博隆の鼎談。ま、かようなSF企画にはたいてい大森がからんでいるのだが、大森以外に適任者はいないのだろうか。この鼎談で現代SFの概論というか総論を軽くレクチャー。あと映画、アニメ、漫画、などSFの入り口としてとっつきやすいジャンルを紹介。
 あと「現代SFキーワード辞典」がよかった。現代SFのとっかかりとなるキーワードを解説し、それを理解するための作品を紹介している。ただ、その作品紹介、「現代」ということにとらわれたためか、2000年代以降の作品ということに限定している。ここはオールタイムで良かったんではないか。「スペースオペラ」を理解するためには、やっぱりE・E・スミスやエドモンド・ハミルトンは欠かせんだろう。
 もう一つ良かったのは、新作の短編SFを掲載したことと、その人選。ケン・リュウの新作本邦初訳の「氷霊」が掲載されていた。こぶりなまとまった宇宙SFであった。いま、短編SFを書かせたらケン・リュウは世界でも5本の指に入るだろう。
 この企画、SF初心者にお勧め。SF入門には最適の企画であった。

SFマガジン2024年8月号

2024年08月23日 | 本を読んだで
2024年8月号 №764       早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター

1位 喪われた惑星の時間        山本弘
2位 われ腸卜師 クリストファー・プリースト 古沢嘉通訳
3位 八木山音花のIT奇譚 未完の地図  夏海公司
4位 火花師               草上仁
未読 一億年のテレスコープ(冒頭)    春暮康一


連載
宇宙開発 半歩先の未来(第1回)      秋山文野
BL的想像力をめぐって(第1回)       水上文
マルドゥック・アノニマス(第54回)     冲方丁
戦闘妖精・雪風 第五部(第14回 衝突と貫通) 神林長平
ヴェルト 第二部 第一章           吉上亮
未来図ショートショート(第2回)       田丸雅智
幻視百景(第49回)             酉島伝法

クリストファー・プリースト追悼特集
特集解説                  古沢嘉通


 人間は死ぬ。ワシも長年のSFファンでな、SF作家も人間だから死ぬ。だから、ワシがなじんだSF作家たちも多くが死んでいった。アシモフ、クラーク、ハインラインの海外御三家は3人とももういない。日本の第一世代でご存命は筒井さんぐらいか。柴野さんも野田さんもそして眉村さんも彼岸におられる。
 と、いうわけでSF専門誌たるSFマガジンで追悼企画が増えるのはむべなるかな。そんなことで、今号も2本の追悼企画である。  
 追悼企画1本はクリストファー・プリーストで、もう1本は山本弘だ。プリーストは作品は読んでいるが、ご本人とはしゃべったことはもちろん、お会いしたことはない。J・P・ホーガンなら会ったことがあるが。
 山本弘の死は応えた。よく知ってる人だし、小生より若い。山本弘は本物のSFファンでありSF作家であった。  
 で、ワシの人気カウンターだが、ごらんのように追悼作家の作品がワンツーフィニッシュ。このような追悼企画のときは、かようなことがままある。存命作家はもっとがんばれとの物故作家の叱咤激励ととらえるべし。  

成瀬は天下を取りにいく

2024年08月16日 | 本を読んだで

宮島未奈        新潮社

 小説を面白くさせる要素はいろいろある。異境作家ジャック・ヴァンスのように魅力的な舞台。なんとしても、いついつまでに、あそこまで行く必要が有る、というギャビン・ライアルの「深夜+1」のような設定。そのなかでも主人公の魅力も大きな要素だ。魅力的な主人公を創出すれば、その小説は八割がた成功したといっていいだろう。本作はその典型である。
 女子高生の主人公。かわいくて、ちょっとおっちょこちょい。ドジでまぬけなところも。そう、食パン女子高生を思い浮かべればいいだろう。「遅刻しちゃう。たいへん」食パンくわえて道を走る。曲がり角で男の子とぶつかる。その男の子と最初はケンカするが、仲良くなる。
 本作の主人公成瀬あかりは、かような従来のラブコメの主人公とは対極をなす。成瀬はドジをしない。遅刻なんか絶対しない。クールに起床時間から、洗顔、朝食、着替え時間を計算して家を出る。ドジではないから曲がり角で人とぶつからない。優等生である。だれよりも速く走り、いろんな表彰を受けている。こうして見ると抜け目のない嫌味な女の子に見えるが、そう見せないところが作者宮島のキャラ創りのうまさだろう。
 小生のごときオジンが読んでも成瀬の魅力が充分に理解できたのだから、若い人が読めば成瀬の魅力にはまるだろう。本作が本屋大賞をとり、ベストセラーになったのも当然だ。

絶景本棚3

2024年07月25日 | 本を読んだで

 本の雑誌編集部編               本の雑誌社

 X線、エコー、MRI、CT、内視鏡、と、小生は身体の中をのぞきこまれる経験はひととおりした。でも、小生をかたちづくっている、もう一つの内部を人に見られたことは一度だけあった。
 1995年1月17日午前5時46分。神戸市東灘区在住の小生は震度7の揺れを経験した。阪神大震災である。揺れがおさまって書斎へ行くと、本棚が1さお机を飛び越して、内容物をぶちまけながら反対側に着地していた。一か月後、避難先から帰って部屋の整理をし始めた。本がどうしても半数ほど減らす必要がある。そこで、SFの友人たちを呼んで、「欲しい本は持ってって」といって、かなりの冊数の本を持って行ってもらった。半数に減った。
 小生もSFファン歴は長いから、その関係の友人も多い。彼ら彼女らの家に遊びに行ったこともある。そんな時、自分の本棚を見せてくれる人はいない。こっちから見たいともいわない。
 本好きにとって蔵書は内臓みたいなものだ。人に内蔵は見せたくないだろう、人の内臓は見たくないだろう。
 ですから、この本は人の内臓を見る本である。へー、あの人はこんな本を読んで、ああなったのか。ふう~ん。

奏で手のヌフレツン

2024年07月04日 | 本を読んだで

 酉島伝法          河出書房新社

 酉島伝法はイラストレイターでもある。だから自分が創出する表現物が受け手にどう受け取られるかに、最も心をくだいているクリエイターであろう。本書はイラストレイター酉島ではなく、作家酉島の創造物だ。いうまでもなく日本語で書かれている。ひらがな、カタカナ、そして漢字で表記され酉島伝法世界が繰り広げられている。ひらがなは表音節文字だから「ひ」は「ひ」と読者に読ますだけ。そこに意味イメージを付与することはできない。
漢字は表意文字だから意味やイメージを付与することができる。「覇」と書くと、読者に、安土城の天守から城下を睥睨する信長を思い浮かべさせることができよう。また、ユーラシア大陸の大草原を大軍勢の騎馬隊を率いるチンギス・カンをイメージするだろう。小生が高校の時、同じクラスの水泳部の子が全国大会へ出た。クラス全員ではげましの寄せ書きをした。書道の先生に真ん中になんぞ書いてくれというと「覇」と書いてくれた。これがひらがなで「は」と書いてもなんの意味もない。
 酉島伝法はこういう漢字の効用を最もよく理解して、最大限の効果を発揮するワザを有した作家といえよう。本書もその酉島漢字の魅力をたっぷりと満喫できる。いわばイラストレイターでもある酉島は漢字をイラストとして使っているのではないだろうか。
 

リンカーン・ハイウェイ

2024年07月02日 | 本を読んだで
エイモア・トールズ 宇佐川晶子訳   早川書房

 分厚い本である。679ページのハードカバー。でも、お話は決して重厚ではない。主要な登場人物4人は10代の少年。4人のうち3人は間違いを起こし更生施設に入っていたが最近出てきた。
 主人公(というより主人公格といった方が正鵠を得ている。この小説少年4人が主人公だ)は18才のエメット。まじめ正義感が強い。シェークスピア俳優の息子でエメットよりは世慣れているダチェス。金持ちの子で少し浮世ばなれしているウーリー。この3人が18才。あと1人。エメットの弟で8才のビリー。ビリーは読書家で物知り。この4人が物語を駆動させる。
 エメットとビリーのワトソン兄弟の父はいくばくかの財産と1台の車を残して死んだ。母はサンフランシスコにいる。兄弟は今住んでいるアメリカ中部のネブラスカから大陸を横断するリンカーン・ハイウェイを愛車スチュートベーカーで走って、母のいる西海岸まで会いに行こうとする。ところが後で施設を出たダチェスがスチュートベーカーを無断借用。ウーリーと二人で東部のニューヨークに行ってしまう。ワトソン兄弟はダチェスとウーリーを追って、貨物列車に無賃乗車してニューヨークをめざす。
 この4人の少年が軸だが、この少年たちにからむ脇役が面白い。ワトソン兄弟の幼なじみのガールフレンドで料理上手なサリー。ニューヨーク行きの貨物列車で知り合った、うさん臭い「牧師」ジョン牧師。ずっと貨物列車で無賃の旅を続けている親切な黒人ユリシーズ。そして秀逸なのがエメットがダチェス捜索の手がかりを得ようと探すダチェスの父。それなりのシェークスピア俳優であったらしいが、ええかげんな男。映画でいえば画面には映らないがおもしろいキャラだ。ビリーが愛読している本の著者アバーナシー教授。ニューヨーク在住だからビリーが会いに行くと会ってくれた。この老教授も面白い。
 ぱっと見はロードノベルのようだが、いろんな人物がでてくる人間動物園なおもしろさだ。


SFマガジン2024年6月号

2024年06月19日 | 本を読んだで

2024年6月号 №763    早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター

1位 熊が火を発見する テリー・ビッスン 中村融訳
2位 みっともないニワトリ ハワード・ウォルドロップ 黒丸尚訳
3位 物語の川々は大海に注ぐ 仁木稔
4位 閻魔帳SEO       芦沢央
5位 ビリーとアリ   テリー・ビッスン 中村融訳
6位 ビリーと宇宙人  テリー・ビッスン 中村融訳
7位 世界の妻     イン・イーシェン 鯨井久志訳 
8位 バーレーン地下バザール ナディア・アフィフィ 紅坂紫訳

連載
未来図ショートショート(第1回) 田丸雅智
歌よみSF放浪記 宇宙にうたえば(第1回) 松村由利子
空の園丁 廃園の天使Ⅲ(第23回) 飛浩隆
マルドゥック・アノニマス(第53回) 冲方丁
戦闘妖精・雪風 第五部(第13回 懐疑と明白(承前)) 神林長平
ヴェルト 第二部 序章        吉上亮
幻視百景(第48回)         酉島伝法
小角の城(第75回)         夢枕獏

ご覧のように、表紙にでかでかと「宇多田ヒカル×小川哲」と書いてある。一瞬、芸能雑誌かなと思った。なんでも宇多田が「SCIENCE FICTION」というアルバムを出したからこういう企画をしたとのこと。ざっと目を通したが、宇多田にはとくだんSFに思いれはないようだ。宇多田ファンが間違って買ってくれないかなと編んだ企画か。
あと、「デューン砂の惑星 PART2」映画&Netfix独占配信シリーズ「三体」公開記念の特集。SFマガジンは文芸誌ではなかったのか。
肝心の小説は、テリー・ビッスン、ハワード・ウォルドロップの追悼特集。このご両所の「熊が火を発見する」「みっともないニワトリ」が面白かった。追悼特集の作家の作品が最も面白いというのは、現役の作家への叱責ととらえてもいいのではないか。また、こんな面白い作品を書く作家だから追悼特集を企画してくれるのかな。