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統合失調症:原因遺伝子の一つ、マウス実験で特定?

2007-11-19 13:39:35 | 人間行動学:精神医学・心理学・行動科学
「統合失調症の原因遺伝子の一つがマウス実験で特定された」とあるが、この実験結果の解釈はどうなのであろう?私はこの結論そのものが実は少し言い過ぎなのでは無いかと思っているのである。(誤って草稿がアップロードされた事をお詫び申し上げます。)

まず、本実験では統合失調症と似たような症候を示すマウスを使用して実験を行ったとある。ではこのマウスと実際のヒトとの間の関係はいかなるものか?これには色々なレベルで考えるべき事柄がある。まずは遺伝子型と表現型の問題である。それぞれについて考えてみる。

まずは表現型からである。本実験そのものがヒトの統合失調症患者の示す症候と似たようなマウスを選んで行ったとある。ここでマウスの行動異常がヒトの統合失調症と等価であるかどうかと言う問題が生ずる。マウスに行動異常があったとしても、それが必ずしもヒトで言う統合失調症と同じ意味があるとは言えないのである。もとより症候の多様性で知られる本疾患である。症候のいくつかを満たしたからと言って統合失調症とは診断が付けにくいはずである。そうであるとすると、統合失調症に特異的な症候をいくつか取り出し、それがマウスに見られたからと言って統合失調症そのものの解明とはまだ距離がある。よくある話だが、もしかしたら統合失調症の亜型を見ているのかも知れないのである。

またマウスでの統合失調症の診断基準が明確に示されているかどうかと言う次なる問題が浮上する。ヒトにおいても臨床精神病理学の成書を見ると診断基準は明解ではない。明解な診断基準の欠如は、症候の多様性に関する議論が収束していないのみならず、診断プロセスそのものが統計的のみならず価値的基準に依拠しているからである。つまり複数のヒトがなんとなく統合失調症であると決めているのが本当のハナシであって、客観的・定量的或いは黒白のハッキリとした違いを浮き彫りにするようなラインは存在しないのだ。実験医学ではよくあるが、何を指標としてものを見たのか、専門的に言えばエンドポイントに何を取ったかによって、その後の議論が随分変わると言う事がある。

さらにはマウスの精神生活史が明らかにならない限りはヒトの行動異常と等価に出来ないと言う問題がある。仮に統合失調症の診断基準が明確であったとしよう。もちろん百歩譲っての話である。ヒトに統合失調症があり、マウスにも統合失調症があるとする。この両者がそもそも同じ質の疾患かどうかは、マウスにヒトと同じ精神生活史があるかどうか確かめない事にはわからないのである。着衣の乱れもそのまま、身だしなみがだんだんと乱れ、襲いかかるネコを妄想し、或いは自分はほんとうはネズミなのではなく、恐竜の末裔であると信ずるに到る・・・こんなマウスを見た人はいるだろうか?全国の基礎医学教室・生物学教室・心理学教室でそんなマウスがいたら見せて頂きたいとほんとうに思うのである。

さて今回の実験では「刺激応答の結果だけを見て」マウスが統合失調症であると判断しているが、これでは単に統合失調症の症候の一つについての実験を動物で行っただけに過ぎないかも知れない。これは実はまだ救いがある。今回のような研究を「統合失調症の代表的な症候一つの発症機序・病態生理の解明をした」と言うことにすれば画期的発見と言えるかも知れないからである。音に対する応答行動についての生理学的機序・神経科学的機序の解明であれば、今度は別の症候についても同じ実験パラダイムで研究をすれば何か出るかも知れないのだ。

さて遺伝子型の問題が残った。ここで遺伝子型だけを見るのであれば、実験マウスで見られた遺伝子異常がヒトで発見されないと何とも結論が付けられない。同じ遺伝子の塩基配列の異常でなくても良い。例えばバソプレッシンはヒトではアルギニン、確かブタはリシンが配位している。かなりよく保存された塩基配列が統計学的に見てそれぞれマウスとヒトとで共有されており、その共通の塩基配列構造が一連のダメージを受ける事でヒトとマウスの高次脳機能に影響が出ているのかどうか調べてみる必要があるだろう。


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統合失調症:原因遺伝子の一つ、マウス実験で特定
 イワシなどに含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)などの不飽和脂肪酸の体内への取り込みに関係する遺伝子が、統合失調症の原因遺伝子の一つであることを、理化学研究所や東北大などの研究チームがマウスを使った実験で特定した。不飽和脂肪酸は胎児の脳の形成過程に必要な栄養素で、妊娠中の不飽和脂肪酸の摂取が不十分だと、統合失調症発症につながる危険性があることも示唆する結果だという。
 研究チームは、音の刺激への反応が統合失調症の患者とよく似たマウスを正常なマウスと掛け合わせ、その孫世代のマウス1010匹の全遺伝情報を詳しく調べることで、発症に関係する遺伝子を絞り込んだ。
 その結果、DHAや卵などに含まれるアラキドン酸などの不飽和脂肪酸と結合し、細胞内に取り込むのを助けるたんぱく質を作る「Fabp7」という遺伝子との相関が強かった。この遺伝子を欠くマウスは、脳の神経新生が少なくなることも確認した。この遺伝子は人間にもある。
 統合失調症の発症には複数の遺伝子と環境要因が複雑に絡み合っていると考えられている。栄養も関係し、妊娠中に飢餓状態に置かれた女性から生まれた子供は、統合失調症を発病する危険性が2倍に高まることが知られているという。
 理研脳科学総合研究センターの吉川武男チームリーダーは「妊婦が適切な量の不飽和脂肪酸を食べることで、統合失調症の発症予防ができるのか研究を進めたい」と話している。【西川拓】 毎日新聞 2007年11月19日 11時00分

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