TAMAちゃんダッシュ

愛犬タマとマル民の私の毎日です

新カテゴリ生まれました

2006-05-02 | 今日のツッコミ
ならば!いっその事新カテゴリにしてしまえという事でやっちゃいました。
カテゴリ名は今日のツッコミ

5月2日はお昼のワイドショーから。

服役を終えて出所してきた戸塚ヨットスクールの戸塚校長がテレ朝のワイドスクランブルに生出演。司会、コメンテーターとともに討論するという事だった。教育論、精神論、西洋思想、逆に東洋思想。詳細は割愛させていただくが何らかの話から
「東洋思想でいくと戸塚校長はどのような域に達しているのですか」とふると
「如来は無理ですが菩薩天子の格はあります」と豪語していた。

菩薩天子って…聖徳太子とかに使っていたことは聞いたことがありますが…戸塚校長、あなたはそんなスゴイ人なのでしょうか。そして自分で自分のことを菩薩天子だと言ってのけるなんて…

今日のツッコミは
「菩薩天子かよ!」でした。もう殆どサマーズかダチョウ倶楽部状態です。

討論の議題は体罰は教育なのかというものだったのだが…弱いものを傷つける体罰を教育とは呼べないと管理人は思っています。親が教育できないから変わりに厳しく教育することで殺人にまで繋がる。それを果たして教育というのかどうか。弱者である子どもに対してではなく人生の先輩として親への教育(教育のヒントいうほうが妥当)も同時にすすめていかなくてはならなかったのではないでしょうか。


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12 コメント

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Unknown ()
2006-05-03 13:01:43
あの人も、インタビューに答えるときは「体罰教育が是か非か」というカテゴリーに縛られすぎで、是だと考えるなら、どこからが教育でどこからが暴力なのかというボーダーラインに関する哲学はあるのかしら? という感じです。ま、僕は戸塚ヨットスクールの存在すら知りませんでしたけど。

でも、僕が小中学生の頃とか、体育教師はバンバン生徒を殴ってましたし、瑠葉など僕の親世代が子どもだった頃もきっとそうだったわけで、そういうふうに教育された人間が体罰に関して考えたら、それはもう、その人の中で是と非のどちらかに意見が偏ってしまうのは仕方ないのかもしれません。そして体罰を受けたことのない世代がどのように考えるか云々なんとかかんとか。
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この人 (hinahina)
2006-05-03 13:54:28
んーーーーー?

この人てっきりこの世から居ない人だと

思ってましたわ

まだ居たのね

マスコミが取り上げるからねーー



体罰も度を越えると体罰じゃあ

無くなりますね

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Unknown (てっちゃん)
2006-05-03 16:21:29
人は殴られると痛いものだ、は、自分が殴られてみないとわからないのも事実。コントロールされた暴力というものは、ある程度是認したいと思いますね。危ないからと刃物に触らせないと、あとで大怪我します。



私も青少年教育の一環にたずさわるもの。若いときは確かに頭をゴツン(そのうち、お尻にしましたが)だとか、「そこに立ッとれ!反省するまでしゃがんではいかん!」なんてね。今は現場から離れていますが、何でもかんでも暴力反対は、やはり、やりにくいようですよ。余談ですが、人間の頭、ゴツンぐらいではなんともないですよ。脳髄は頭蓋骨と脳液に二重に保護されているので…暴論ですが、ナイーヴになりすぎ?



といっても戸塚ヨットスクールは、あれは論外だなあ。あそこまでやっちゃ、いけません。
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私も・・・ (みかんず)
2006-05-04 22:14:30
この人がテレビにでてきたときは

ものすごく驚きました。

そのうえ、またヨットスクールをやるんですって?

誰が通わすんでしょうね。

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軽ちゃんへ (瑠葉)
2006-05-05 08:12:26
私は軽ちゃんの親世代ですって~(泣)

多分それよりは幾分かは若いと思いますよ。(強調)



体罰を受けたのちその後、何かしら成果があがれば

それは教育になり得るかもしれませんが

戸塚のあれは明らかに行き過ぎです。

教育とは何かをしたままではなくその後のフォローの方が大切だと思っています。

死んでしまってはその後何もできないですから。
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hinahinaさんへ (瑠葉)
2006-05-05 08:27:51
そうマスコミも話題がないと取り上げますが

一時期世論を騒がせた事を記憶しています。

おっしゃるように行き過ぎた体罰は教育ではありません。
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てっちゃんへ (瑠葉)
2006-05-05 08:43:27
ナイフの使い方を教えられたてっちゃんの教育はよくわかります。バーチャルな世界の中にあってはそういうことを教えていかないと人の死すら現実ではありませんものね。

ただ前述したようにやはりフォローをする言葉とか教育が必要でしょう。身をもってその場で理解する人もいればそれだけでは足りないものもいますから。



戸塚は明らかに行き過ぎです。

弱く逆らえないものに対してイジメを行った挙げ句殺してしまったのでは話になりません。



久しぶりに教育を語るの記事になってしまいましたね。
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みかんずさんへ (瑠葉)
2006-05-05 08:44:56
確かに誰が通うのでしょうか。

全く考えを悔い改めることもなかったようですし。

テレビ見ていてよくわかりました。



別の教育姿勢に目をやることはできないのでしょうか。
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ボーダーライン (のんけん)
2006-05-06 10:07:09
ボーダーラインはこんな感じじゃないでしょうか。



“体罰を加える側からみたら教育

 体罰を受ける側から見たら暴力”



言葉にすれば簡単ですが、互い溝を埋めることは

日本海溝を埋めるよりも難しいと思います。
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Unknown (saint)
2006-05-06 11:38:09
「躾け」「教育」「戸塚校長」を一緒にして考えない方が良いような気がしますが。

なぜだめなのか理解できない年に理屈を説明しても無駄でしょうし、理解できるであろう年齢に達してからでは遅すぎることも多いです。

これは「躾」であって教育とは別のものだと思います。「躾」による体罰は一方的な暴力とは別のものです。そこを一緒にしてしまうと躾の出来ていない人間が社会に溢れてしまうということになりかねません。(ってなってるか(笑)「躾け」あっての教育であり、そのための道徳教育だったと思うのですが、もう道徳なんて授業は存在しないんですよね。



ちなみに英国ではレストランやホテルに犬は入店、同席あるいは宿泊が可能ですが子供は入店や宿泊が不可能な施設がたくさんあります。

それは犬は躾が出来ていなければ外に出てきませんが、子供は躾が出来ていなくても出てきてしまうからです。また寄宿学校などではある程度の体罰は未だに存在しています。じゃあイギリス人はみんな変になっているかというとそうではなくて、立派なジェントルマンになっている人も沢山います。



それと戸塚校長は別の話ではないかと思います。彼の行為=体罰否定は物事の一部を見て全体を否定する行為に他なりません。責められるべきは彼個人と彼の行為であるべきだと思いますが。

厳密に言えばスパルタ教育と知って子供を送り込んだ親の責任は?よく自分自身で調べもしないで送り込んだ親の責任は?彼を増長させてしまった原因と責任は?など問題の本質は彼個人だけに留まりません。



すんません。ちょっと気になったので。

あまりまとまっていませんが。
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