ハブ ア ナイス doi!その2

2024年。今年はどんな年になるかなあ。とりあえずしっかり遊ぼう。
日々のこと、つらつらと書きます。

高校生の頃に走った道を2

2021-08-07 20:53:39 | ウォーキング

城の一番内側のお堀の周りには
グルリンと道がついています。

高校の頃はよくこの道で
長距離走のマラソンをしましたねえ。



ここはその道の南側の道です。

その後ちょうどこの道を泉州マラソン
(当時、千亀利マラソンといわれてました)
で走った時に、テレビでアップで
写ったのが忘れられないなあ。

そこから見たお城がこんな感じです。



目の前に石垣がありますよねえ。
山岳部の連中はボランティアで、
ロープにたれながらこの石垣の
清掃をやっていましたね。
まあ今やったら高校生に
そんな危ないことは頼まないやろなあ。

そしてこの道のお城と
反対の側にあるのが五風荘です。



財閥の寺田氏が岸和田城の
新御茶屋後に造営した大邸宅です。



今は五風荘というお名前で
予約する食堂になっています。

建坪は300坪で、
そのうちに行ってみたいなあ。
節のない木を使った柱、
屋久杉の天井、規格外の大きさの
建具なんかで飾られた豪華な建物で、
岸和田市指定の文化財であります。

ここの案内板には、
「五風荘には客人をお茶でもてなす
機能と寺田家の居住域機能があり、
ハレとケの空間が建物内に表現されていた」
と書かれてあります。

ハレとケの空間て何?て思っていたら、
たまたま読んだ新聞の天声人語に
「ハレとケの空間」のことが書いてあり、
びっくりしましたねえ。

簡単に言えば、非日常と日常の空間
という意味だそうです。
そんな雰囲気が五風荘内に
あったのでしょうねえ。
知らんけど・・。

この春に町会長になってから、
ここの会社の役員が
よく家を訪ねてきますので、
今度予約していってみようかなあ。
きれいなところで豪華な
ご馳走を食べる時間・・
あ、コロナの時期じゃない方が
いいですねえ。

そんなことを考えながら、
ちょっと高校の正面の方にも
周ってみましょう。



ああ、きれいになっていますねえ。
が母校というととても懐かしいのですが、
一緒に息子のPTAをやった友達が
ここの校長先生をやったという話から、
一気に聖地ではなくなってしまったなあ。
(^^)

さあでは蛸地蔵の駅の方に向かって行きます。
あ、蛸地蔵の由来はもう
何回も書きましたね。

たこに乗って海からやって来た英雄が
出てきますねえ。
高校の頃、この話を聞くたびに、
近所のタコ焼き屋さんの
坊主頭のおっさんを連想して
笑っていたのを思い出します。

いろんな思い出が、
ほかの思い出と交差していきますねえ。
五風荘の横を通り、
壁の隙間から内部の庭をのぞいたりしながら、



静か住宅街を抜けていきますと、
南海本線の蛸地蔵駅に到着します。



駅から高校までのこの直線は、
山岳部のトレーニングの
最終競争区間でした。



駅はというと、
ここはステンドグラスが有名ですし、



建屋の隅々に昔の家具風雨の部品が
今も残っています。



ついでに言えば、ホームの建屋も
古い線路なんかを使った
特徴的な建物なんです。



踏切のところから
ちらっと見ていきましょう。
また帰りにここで降りるから
その時でいいのかもしれませんがね。

さあでは歩いて行く方を見てみますと、
旧道ですねえ。



水の流れにでも沿って
道がついていたんでしょうねえ。



そんな道を進んでいくと
南上町の自治会館に出ってきます。



もう50年前くらいの記憶なんですが、
昔はここにビリヤード場が
あったような気がするんですがねえ。
学校帰りにたまに立ち寄って、
ビリヤードをした記憶が
あるんですけどねえ。
また別の建物だったんでしょうか
とか考えながら過ぎてゆきます。



なおも旧道が続きますねえ。

続く

コメント
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