地蔵講を変革していかねばと、
思っている間に今度は
町会長にも選ばれました。
これはいい機会です。
町会のいろんなことに
対応していく中で、
地蔵講の運営を考えたら
どうすればいいかという相談を
いろんな機会ごとに
地蔵講のあり方を複雑にしている彼らに
ぶつけていくことができたのです。
しかしこれはかなり心の負担でした。
ずっとずっと心にその問題が
ひっかかっていたのですが、
自分に言い聞かしたのは
ここで焦ってはいけないということです。
ここで焦ると
また同じ意見のぶつかり合いに
戻ってゆくのは目に見えています。
じわじわと、うるさく執拗に
とりくんでいかなくてはなりません。
ミセスにねえ、今はこうして
地蔵講に取り組んでいるねんというと、
え~そんなうるさいことやってるの
とメちゃんこ驚かれましたわ。
でももう引き下がれません。
地蔵講もこうしていかなくちゃと、
あちこちでしゃべりまくってきました。
そんなときに、大きな変動が起こりました。
新型コロナの問題です。
これを乗り越えていくのに、
地蔵講として考えていくことは
いっぱいありました。
おにぎりは配れないよなあ、
みんなで食事会はできないようなあ、
供物のやり取りもできないよなあ。
ましてや、総会も開くこともできなよなあ。
と、いろんな問題が起こっています。
そんな中でも、できることはすべて行いました。
書類で会計報告をし、
意見をすべてあつめました。
本番の地蔵講のお参りも、
ちゃんと僧を呼んで、
お経をあげていただきました。
地蔵は大事なんだよという気持ちを
表す必要もあろうと考えたのです。
もちろん参加者の感染防止にも
全力で取り組みましたよ。
新しい地蔵講の流れも
すべて書類で作成し、
講の皆さんへ伝えてきました。
地蔵そのものがわれらを
守ってくれるんだということも、
口を酸っぱくしていってきました。
で、どうしよう、こうしようと
うるさがたに説明することで、
高齢者の意見も溶けてきたような
きがします。
対コロナというところで、
乗り越えられない問題も
いっぱい出てきたというのが、
いい方向に浸透してきたのです。
ああ、もう今やなあ、
みんなを動かすのはと決意し、
こちらの思惑を細かく調整し
彼らにぶつけていったのです。
もちろん隣村との話し合いも
事前に行いました。
近所の二村の考え方はどうなのかと
意見交換もしてきました。
地蔵の担当者が、
昔子供会で野球などをしてきた
人々だったので、心底話し合えたのが
良かったです。
意見をもって1軒ずつ回りました。
それで結局みんなが納得するなら
ということになってきたのです。
チャンスです。
若い人たちには、
また議論するかもしれないから、
意見言ってなあと言い含めて
総会を開いたのです。
欠席者は会長一任ということで、
先月末の御岳山から帰ってきて
最初の日曜日に総会を開いたのです。
結果はというと、
こちらの思惑通りに進みましたね。
若い人たちは、これでいいんだと
拍手をしてきましたが、
彼らはどれだけ根回しをしてきたかは
知らないんですね。
高齢者の方々も将来の負担を考えたら、
やむなく皆さん賛成してくれたんだと、
含ませて総会を終えました。
ま、何はともあれ
地蔵講10年の懸案はようやく
動き始めたわけです。
だからなお一層ここで失敗してはいけませんね。
これでよかったと思えるように、
今月末23日の地蔵盆を
成功させなくてはと、
まだまだいろいろと
策を練っているわけなのです。
我が街には地蔵が5体あります。
町の北側の端っこに置かれていて、
なんとドイロンが子供の時から
そこにたたずんでいます。
それに対して毎日お詣りしている
というわけでもないのに、
そこにあることは
ずっと心の片隅にありました。
知らず知らずのうちに
守ってくれているんですね。
近所に住んでいる年配の方は
いろんな話を伝え聞いています。
昔の流行り病もこの地蔵さんが
村人を守ってくれたとかいうのは、
長老たちからよく聞く話です。
じゃ、新型コロナも、
病人は出たものの、犠牲はでなかったと、
今の僕らは伝えますかねえ。
なのでそんな地蔵さんも、
とても信じる人は毎日地蔵の前で
深く頭を下げています。
心の支えになっているわけですね。
「いつも何を願っているの?」
なあんて聞いたりしませんが、
地蔵に向けて頭を下げている姿からは、
お願いオーラが出ているような
気がします。
そんな地蔵はやはりだいじに
しないといけませんね。
村では地蔵講を組んで、
この地蔵を守っていこうとしています。
地蔵堂をよく見てみると、
おやじの頃からの名前を彫った
石が並んでいます。
代々みんなで大事にしてきたんですね。
その地蔵講の会長を、
いまはdoironが努めているのです。
さてその地蔵講なんですが、
実は今はとても大きな問題と
向き合っています。
後継者が入ってこないのです。
年に一度の地蔵盆の集まりなんですが、
これまではその一日の取り組みが
とてつもなく巨大だったのです。
昔は村の女のひとが多く
集まっておにぎりを握っていましたし、
地蔵講の面々は立派な料理を食べて、
宴会をしていたのです。
そしてその費用は、
今年から地蔵講に入る人、
村でいう「頭夜」の負担になっていました。
地蔵講に入会するだけで
すごい負担だったんです。
それは今の世、少しずつ改善されてゆき、
おにぎりそのものを買う
といった方式に縮小していったのです。
が、ある時に問題が起こりました。
地蔵講に入るだけでこんなに
負担していくというのは
おかしいんじゃないか
という声が上がったのです。
じゃ、このことについて議論しよう
となったのですが、いくら議論しても
昔からの風習を変えていこう
ということにはならなかったのです。
頭夜の負担は相変わらずのまま、
月日は流れてゆきました。
でもねえ、もうそのままでは
若い人の入講は全く進まず、
地蔵講の存続そのものにも
影響を与え始めているのです。
で、そんなときに会長に
選ばれたのがdoironだったのです。
いやあこれは大変です。
若い人の意見とそれに対する
老人の意見を調整して
いかなくてはなりません。
さてどうしていこうかと悩みました。
少し長い時間をかけて
問題にぶつかっていく必要があろう
と考えたのです。
これからの講の将来的なことを考えたら、
若い人の意見を取り入れていく
必要があると考えています。
そこでまず、高齢者の意見を
述べる人々を顧問として
残すことにしました。
相談していく機会を残したのです。
あ~あ、彼らを顧問に採用したら
大変だぞという、
周りの声が聞こえてきます。
続く
ちょっと今日は大事な会議の日でした。
我が町では、毎年3月末に
自治会の総会を行いますが
それが今日だったのです。
公民館に集まって今年度の事業報告や
会計報告を行います。
まあ事前にこの内容も相談役にも
話してありますし
会計報告は会計監査をしといてもらいます。
お決まりの流れですが、
実はこれがとても大変重要な作業です。
村の重鎮に説明しながら
今、こんなことを考えてんねんと
説明をしておき事前の
承諾をえておくのです。
新しく就任した会計さんは
何でもない話でうまいことしゃべりますねと
とっても感心してはりました。
はあ、半分口だけの会長ですから。
この重鎮とのやりとりのおかげで
3年間くらい悩んでいた出来事が
やっと思った風に動き出すので
今回はもう思いのほか大満足です。
またこの辺の動きはどんどん進めて
行かないといけませんね。
そのあとは今年の事業報告です。
人事案件はないので
後1年間は頼りないですが
進めていきますと申し述べて
さりげなくやりたいことを言っておきます。
そうしてあの時に言ったからということで
思ったように勝手に進めていくのです。へへ
大きな混乱もなく、総会は終了。
あと1年がんばりますかね。
小豆島から今日帰ってきました。
行く前にいろいろ
地元の相談事があって
心がざわついていましたが
かなり癒されてよかったです。
きょうのブログはそんな相談事の
ことについて書いておきます。
・・・・・
年度末になって、各種団体が
年度の報告を総会を開いて行う
予定になっています。
その総会の開催の前に
事前にいろんな相談に来ます
中でも新たに取り組んだことが
どうなったか、
あるいは会計的にきついこと、
まあこれが多いのですがね。
そしてついに一つの団体が、
もう解散することを告げてきました。
以前からその話はあったのですが、
こうすればどうやろとか、
やめるにしてもこんなことは
しといた方がいいよとか、
アドバイスとかをしていました。
その結果、やっぱり続かないだろう
ということで、総会で解散を
図るということになっていたのだ。
時代だねえ。
昔の人はとても熱心に取り組んでいたのに、
まあ解散かあ。
もう止める方法もないし、
後始末どうしょうと
今度その会長さんと、
酒飲んで話しをすることになりました。
団体でなにかをしょうとしてもねえ、
今は個人が他人のことで
時間を取られたくないという
意識が強いねえ。
団体は嫌がられる。
何が原因かなあ。
そもそも団体となると世話人を
決めないといけないしなあ。
役にあたるのが嫌という人も多い。
そもそも個人の楽しみというのが
多彩になってきたというのも
あるからなのかもしれません。
小豆島で地域の活動をたくさん
見てきました。あんなふうに
みんなで楽しく過ごしていける、
そんな村づくりも進めなくてはなあ
と思ったりしている今日この頃です。
我が家の地域、つまりわが町会の地域では、
家庭用のごみは戸別収集です。
一か所のごみ収集場所に集まって
ごみを捨てる方式ではありません。
毎週火曜日と金曜日に家庭用のごみを
外に出しておくと一軒ずつ
ごみ収集車が持って行ってくれます。
これはとてもありがたいのですが、
何故かごみ収集は早朝に行われます。
我が家の当たりでは毎朝6時半くらいに
収集に来るようです。
まあ大体、5時半には起きているので、
曜日を忘れていなければ、
きちんと持って行ってもらえます。
ちなみに、ごみを出すのは我が家では
doironの仕事です。
朝起きて一番にごみを出します。
まあこれが仕事をしていなくて、
曜日の感覚が薄い自分にとっては
曜日を確信させるありがたい日常作業です。
「ああ、ごみ出しに曜日の感覚を
失わずにおれるなあ」と
思っていたのですが、
ふとそのことが、自治会活動としては
有効な手段につながるなあと思ったのです。
たまに朝に近所を歩いてみます。
火曜日と金曜日は皆さんきっちり
ごみを出しておられるのですが、
一軒だけゴミの出ていない家があります。
あれ、今日はごみが出ないのかな。
高齢の一人暮らしだから
そんなにごみもないのかなあ。
それとも寝過ごしたりしているのかなあ
とか思いながら、何日か分けて
確認に行ってみることにしました。
けっきょくまあ、とびとびの感覚ですけど
一か月近くごみが出ていないようです。
これはいかんと思って、
隣の人に確認すると、
先日救急車で運ばれて入院している
ようだとのこと。
やっぱりね。
このことからゴミ出しが
安否確認につながるぞ
ということを確信しました。
一方、こんなこともありました。
doironより5歳くらい上のおっさんが、
大きな家に一人で住んでいます。
その人の名前を仮にAさんとします。
我が家のちょうど前に住んでいる人です。
正月に久しぶりに集まった役員さんと
軽く公民館でビールを飲んでいると
一人が「この頃Aさんを全く見ないけど、
倒れたりしてないやろなあ」と
言い出したのです。
これにはしっかり答えられました。
「いや、大丈夫やで。
たまにごみを出しているのに
出会ったりするし、毎回ちゃんと
ごみ出されているよ。だから大丈夫やろ」
と答えておきました。
まあ町会員ではあるものの、
余り外に出てこないので
そういう感覚を抱かれているのかもしれません。
でもごみでちゃんと安否確認は
しているよとみんなで情報を交換しました。
もうひとつこんなこともありました。
その家のおばちゃんは、
何回かごみを出す曜日を間違えています。
それが最近頻繁にあるようなので、
もしかしたら認知が始まっているのかもしれん
という情報も聞いたことがあります。
これはちょっと要注意ですね。
みんなで気を付けてみておきましょう。
こうして毎日定期的に行われているごみ収集が、
結構安否確認や情報確認の手段に
なったりするよなあと
役員で意見交換できたのは、
なかなかいいことでした。
ビールの席もいいもんです。
気になったらまずごみ確認。
我が町会ではこういう姿勢を
大事にしようと思ったりしています。