■メイン写真
愛宕スキー場跡付近から見た地蔵山は、モヒカン頭だ!
■今回のコース
越畑バス停→芦見峠→地蔵山→愛宕山三角点峰→愛宕山→月輪寺→月輪寺登山口→
清滝バス停
M社の登山ツアーで、京都の地蔵山と愛宕山をガイドしてきた。
表参道の長い長い階段道がどうも苦手という人も多い愛宕山だが、「裏愛宕」の地蔵山から
縦走すれば、豊かな自然の中をほとんど階段ナシに歩ける。まあ、距離は長いけど。
JR山陰本線・八木駅からバスに乗り、越畑で下車。
バス道を少し戻って、阿弥陀寺の前を通って農道を行くと、じきに人家はなくなる。
獣除けゲートを通り、タカノツメの黄色を楽しみながら芦見峠へ。
地蔵山へ続く尾根道に転じると、名残の紅葉が目を楽しませてくれた。
越畑スキー場があったころの小屋の残骸か。鉄鍋や茶碗などが今も散乱している。
コナラやシバグリなどが多い、幅広い尾根を登っていくと、近くの木にナメコをみつけた。
アセビの純林に変わと傾斜が緩くなる。朽ちかけた金網に沿って行くと、西向宝庫地蔵が
現れる。この地蔵は昭和42年に安置された。地蔵山は、もちろんそれ以前から地蔵山と
呼ばれている。
すぐに地蔵山の山頂に到着。京都第5位の高峰で、一等三角点の山。
京都に8カ所あるらしい一等三角点の中では最高標高だ。今は展望はない。
旧国鉄のマイクロ波反射板。周囲が平に開けているので、ここで昼食をとった。
ちなみに40年以上前は、地蔵山からこのあたりを含め、ルートが一見して分からないほどの
ミヤコザサのブッシュだったが、今は背の低いアセビが主体だ。
樒原(しきみがはら)からの道との出合には、なかなか迫力の杉が立つ。
旧愛宕スキー場跡を経て、愛宕山三角点に寄り道。
地蔵辻を経て、白髭神社直下の斜面から、愛宕神社の直下に出る。
愛宕神社に到着。
云わずと知れた火伏の神。全国約900~1000もある愛宕神社の総本社。
お参りして、御朱印を求める人、火の用心のお札を買う人、それぞれにご利益を願った。
愛宕神社は、もとは白雲寺という修験系の大寺院だったが、明治の神仏分離令で神社に
衣替えした。
そもそもの由来は、大宝年間(701年~704年)、役行者と、白山の開祖・泰澄が
朝日峰に神廟を建てたのをはじめ、天応元年(781年)、慶俊僧都と和気清麻呂が中興し、
白雲寺を建立したという。
下山も、表参道の階段を避けるべく、月輪寺へと下る。月輪寺も、かつての「愛宕五坊」の
ひとつであるが、現在は残念ながら、ちょっとさびれている。
境内には天然記念物のシャクナゲのほか、法然と親鸞が「承元の法難」で流罪となる前に
九条兼実とここで会い、別れを惜しんだ際に手植えした桜(これも天然記念物)もある。
境内のはずれには、かなりの樹齢のカエデもある。幹の内部は空洞だが、枝はまだまだ元気だ。
急坂を下り続け、登山口に到着。あとは舗装林道を歩き、清滝バス停へ。
バス停の手前で、この日いちばんの紅葉を見つけた。
愛宕スキー場跡付近から見た地蔵山は、モヒカン頭だ!
■今回のコース
越畑バス停→芦見峠→地蔵山→愛宕山三角点峰→愛宕山→月輪寺→月輪寺登山口→
清滝バス停
M社の登山ツアーで、京都の地蔵山と愛宕山をガイドしてきた。
表参道の長い長い階段道がどうも苦手という人も多い愛宕山だが、「裏愛宕」の地蔵山から
縦走すれば、豊かな自然の中をほとんど階段ナシに歩ける。まあ、距離は長いけど。
JR山陰本線・八木駅からバスに乗り、越畑で下車。
バス道を少し戻って、阿弥陀寺の前を通って農道を行くと、じきに人家はなくなる。
獣除けゲートを通り、タカノツメの黄色を楽しみながら芦見峠へ。
地蔵山へ続く尾根道に転じると、名残の紅葉が目を楽しませてくれた。
越畑スキー場があったころの小屋の残骸か。鉄鍋や茶碗などが今も散乱している。
コナラやシバグリなどが多い、幅広い尾根を登っていくと、近くの木にナメコをみつけた。
アセビの純林に変わと傾斜が緩くなる。朽ちかけた金網に沿って行くと、西向宝庫地蔵が
現れる。この地蔵は昭和42年に安置された。地蔵山は、もちろんそれ以前から地蔵山と
呼ばれている。
すぐに地蔵山の山頂に到着。京都第5位の高峰で、一等三角点の山。
京都に8カ所あるらしい一等三角点の中では最高標高だ。今は展望はない。
旧国鉄のマイクロ波反射板。周囲が平に開けているので、ここで昼食をとった。
ちなみに40年以上前は、地蔵山からこのあたりを含め、ルートが一見して分からないほどの
ミヤコザサのブッシュだったが、今は背の低いアセビが主体だ。
樒原(しきみがはら)からの道との出合には、なかなか迫力の杉が立つ。
旧愛宕スキー場跡を経て、愛宕山三角点に寄り道。
地蔵辻を経て、白髭神社直下の斜面から、愛宕神社の直下に出る。
愛宕神社に到着。
云わずと知れた火伏の神。全国約900~1000もある愛宕神社の総本社。
お参りして、御朱印を求める人、火の用心のお札を買う人、それぞれにご利益を願った。
愛宕神社は、もとは白雲寺という修験系の大寺院だったが、明治の神仏分離令で神社に
衣替えした。
そもそもの由来は、大宝年間(701年~704年)、役行者と、白山の開祖・泰澄が
朝日峰に神廟を建てたのをはじめ、天応元年(781年)、慶俊僧都と和気清麻呂が中興し、
白雲寺を建立したという。
下山も、表参道の階段を避けるべく、月輪寺へと下る。月輪寺も、かつての「愛宕五坊」の
ひとつであるが、現在は残念ながら、ちょっとさびれている。
境内には天然記念物のシャクナゲのほか、法然と親鸞が「承元の法難」で流罪となる前に
九条兼実とここで会い、別れを惜しんだ際に手植えした桜(これも天然記念物)もある。
境内のはずれには、かなりの樹齢のカエデもある。幹の内部は空洞だが、枝はまだまだ元気だ。
急坂を下り続け、登山口に到着。あとは舗装林道を歩き、清滝バス停へ。
バス停の手前で、この日いちばんの紅葉を見つけた。