![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/10/26dd7d6dbcca3cc85ad7a13a691a04d0.jpg)
■メイン写真
石踏の段跡から、うっすら残る雲海と向山連山を望む
■今回のコース
興禅寺駐車場→(ゆるやかコース)→石踏の段跡→黒井城址(城山、猪ノ口山)→
西の丸跡→兵主峠→千丈寺山→大野峠→塞ノ神→興禅寺→興禅寺駐車場
※下見時の模様は、「ここをクリック」!!
遊山トレッキングサービスの登山教室では毎年、「干支の山」に登っている。
今回は、猪ノ口山の別名をもつ黒井城址(城山)へ。らくちんの行程である。
黒井城は明智光秀ゆかりの地。
当時の城主・赤井氏は、波多野氏と組んで光秀軍を挟み撃ちにして破った
「赤井の呼び込み戦法」などの勇猛ぶりが伝わる。
ん?赤井さんの黒井城??
ともあれ2020年に予定されている大河ドラマに向けて、地元の期待値も高そうだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/98/592feb30ff40b58274b976f826d9b4c0.jpg)
登山口では、「急坂コース」と「ゆるやかコース」を選べる。この日は「ゆるやか」で。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/c4/1ea5dd3e5196a61043b7f67d1d4b81eb.jpg)
赤い山門が建つ石踏の段跡へ。ここで急坂コースと合流する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/b0/01c587322f1cf1c84be20b75002a4c5f.jpg)
石踏の段跡には古い石碑がある。側面・背面に漢文で、城にまつわる歴史が
彫られている。
いつのころの仕業か不明らしいが、石碑の「光秀」の部分が削られている。
このことが最近、地元の地方紙で報道されたと、毎日のようにこの山に登っていると
いうおじさんが教えてくれた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/68/4e95e47558fd266c83c523afc961e29c.jpg)
猪ノ口山の山頂に到着。絶景、絶景。
この時期の名物、雲海はもはや消え去ろうとしていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/52/2d4a86e13f538702561f9caaa1588c68.jpg)
竹田城跡には負けるが、この城跡にも石垣が残されている。
自然の石の形をできるだけ活かして組み上げた、野面積みの工法である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/ef/f723777bf3c0726b6bdd3906c31fa162.jpg)
西へ尾根筋をたどる。
いきなり固定ロープが張られた急坂が現れる。
難攻の城だったことがよくわかる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/e9/9d7504b5dd189611425ec2d83b8845ed.jpg)
西の丸跡を経て、千丈寺山へ。ここも砦の跡らしく、平坦にならされている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/c9/3c1ceca50ca48225682db9e400513d28.jpg)
短いが、ロープが張られた滑りやすい急坂を下れば大野峠だ。
この日の行程はコンパクトに。大野峠から下山する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/4c/94e35e7257eb930ec60b0139ff058ee8.jpg)
帰路、平時の下館(しもやかた)として使われていた興禅寺に立ち寄る。
寺というが、堅固な堀と山門は威圧感たっぷり。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/ad/c63b1858878189cda95d973dd0e86711.jpg)
なお、赤井氏の滅亡後、黒井城主となった斎藤氏の娘が、のちの春日局である。
だいぶ前の大河ドラマでは大原麗子さんが主演し、その時期に、興禅寺の横に
休憩所ができたらしい。
※初心者から楽しめる遊山トレッキングサービスの登山教室は、「ここをクリック」!!
石踏の段跡から、うっすら残る雲海と向山連山を望む
■今回のコース
興禅寺駐車場→(ゆるやかコース)→石踏の段跡→黒井城址(城山、猪ノ口山)→
西の丸跡→兵主峠→千丈寺山→大野峠→塞ノ神→興禅寺→興禅寺駐車場
※下見時の模様は、「ここをクリック」!!
遊山トレッキングサービスの登山教室では毎年、「干支の山」に登っている。
今回は、猪ノ口山の別名をもつ黒井城址(城山)へ。らくちんの行程である。
黒井城は明智光秀ゆかりの地。
当時の城主・赤井氏は、波多野氏と組んで光秀軍を挟み撃ちにして破った
「赤井の呼び込み戦法」などの勇猛ぶりが伝わる。
ん?赤井さんの黒井城??
ともあれ2020年に予定されている大河ドラマに向けて、地元の期待値も高そうだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/98/592feb30ff40b58274b976f826d9b4c0.jpg)
登山口では、「急坂コース」と「ゆるやかコース」を選べる。この日は「ゆるやか」で。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/c4/1ea5dd3e5196a61043b7f67d1d4b81eb.jpg)
赤い山門が建つ石踏の段跡へ。ここで急坂コースと合流する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/b0/01c587322f1cf1c84be20b75002a4c5f.jpg)
石踏の段跡には古い石碑がある。側面・背面に漢文で、城にまつわる歴史が
彫られている。
いつのころの仕業か不明らしいが、石碑の「光秀」の部分が削られている。
このことが最近、地元の地方紙で報道されたと、毎日のようにこの山に登っていると
いうおじさんが教えてくれた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/68/4e95e47558fd266c83c523afc961e29c.jpg)
猪ノ口山の山頂に到着。絶景、絶景。
この時期の名物、雲海はもはや消え去ろうとしていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/52/2d4a86e13f538702561f9caaa1588c68.jpg)
竹田城跡には負けるが、この城跡にも石垣が残されている。
自然の石の形をできるだけ活かして組み上げた、野面積みの工法である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/ef/f723777bf3c0726b6bdd3906c31fa162.jpg)
西へ尾根筋をたどる。
いきなり固定ロープが張られた急坂が現れる。
難攻の城だったことがよくわかる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/e9/9d7504b5dd189611425ec2d83b8845ed.jpg)
西の丸跡を経て、千丈寺山へ。ここも砦の跡らしく、平坦にならされている。
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短いが、ロープが張られた滑りやすい急坂を下れば大野峠だ。
この日の行程はコンパクトに。大野峠から下山する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/4c/94e35e7257eb930ec60b0139ff058ee8.jpg)
帰路、平時の下館(しもやかた)として使われていた興禅寺に立ち寄る。
寺というが、堅固な堀と山門は威圧感たっぷり。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/ad/c63b1858878189cda95d973dd0e86711.jpg)
なお、赤井氏の滅亡後、黒井城主となった斎藤氏の娘が、のちの春日局である。
だいぶ前の大河ドラマでは大原麗子さんが主演し、その時期に、興禅寺の横に
休憩所ができたらしい。
※初心者から楽しめる遊山トレッキングサービスの登山教室は、「ここをクリック」!!