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知らない世界へ帰りたい(日本探求)

自分の祖先はどんなことを考えていたのか・・・日本人の来し方、行く末を読み解く試み(本棚10)。

「秘境・秋山郷 マタギの里の恵み」

2017年05月06日 15時43分29秒 | 震災
秘境・秋山郷 マタギの里の恵み
BS朝日、2014.12.30放送

「苗場」と言えば、私にとっては「スキー場」です。
四半世紀前の若かりし頃、四駆に乗って何回も行きました。
当時のスキー場ではユーミンの曲が定番でしたね。



苗場山というのは頂上が平らであることを初めて知りました。
夏になると山頂が尾瀬の湿原のようになるそうです。



番組はその苗場山の西側にある「秋山郷」のお話です。
秋田のマタギが住み着いてその技を継承している秘境。
はじめに住み着いた「大秋山村」は、天明の飢饉で8棟全体が餓死し、村が消滅したという壮絶な過去を背負っています。

若者が集まるレジャー施設「苗場スキー場」のすぐ近くに、こんな秘境が隣り合わせに存在していることを知り驚きました。

現在(2014年放送時)、小学校には生徒が3人しかいません。
秋山郷の将来は如何に?

<番組概要>
 新潟県との県境に位置する長野県栄村・秋山郷。周囲を苗場山(2145m)と烏甲山(2038m)に囲まれ、およそ半年間、2mを超える雪に覆われる豪雪地帯です。ここには、厳しい環境を生き抜くための知恵と習俗が、今なお連綿と受け継がれています。“マタギ”と呼ばれる猟師たちは、森に熊を追い、山菜・川魚・きのこなど様々な山の神からの授かりものを享受しながら、自然の営みの中で暮しています。
 民宿「出口屋」を営む福原和人さんは、栄村で現在7人しかいないマタギのひとりです。父、故・直市さんはマタギ衆を束ね、多くの熊を仕留めた名人でした。そして息子の弥夢(ひろむ)くん(7歳)もまた「マタギの心」を受け継ごうとしています。番組では、秋山郷の暮らに1年間完全密着し大自然に寄り添いながら生きる姿を追いました。


気になったのが、ナビゲーターの服部文祥という人物。
肩書きは「登山家・文筆家」とありました。
よくこの手の番組では、昔の有名人やお笑いタレントが案内役になりますが、ちょっと雰囲気が違う。
“野生”を感じさせる目つき。
そしてマタギの話に入り込んで同化してしまう知識もあります。

検索してみたら・・・「サバイバル登山家」として有名な人でした。
なるほど。
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