Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

卒業。

2006-03-25 | 徒然雑記
 式は好きじゃない。退屈だからだ。
大学の入学式で僕は始終寝ていたし、会社の入社式は必要書類を貰ったあとでさっさと早退してしまっていた。年に100人以上が入社する大企業では、まだ顔も名前も覚えられていない一社員の挙動なんて誰も気に止めない。

決して覚えることも歌うこともないであろう校歌、まずもって会話を交わすこともないであろう学長や専攻長、社長に会長。そして記憶に留まることのないであろうその冗長とした祝辞。名前も知らない隣席の人間との不愉快で密接な距離感。
それらのものがなくとも、僕は子供の夏のように濃密な学生生活を送ったし、人並みの愛社精神を持って人並み以上の時間と集中力を仕事に費やした。
不足は、なかった。

 仕事はかなりきついけれども面白かったし、評価も給料もそれなりで、何より上司と部下に恵まれた。一日24時間のうち半分以上を過ごす職場としては、居心地は悪くなかった。
だから、新設される修士課程に行ってみないかとの友の呼び掛けに対して僕はすぐに首を縦に振ることができなかった。斬新すぎる未知の分野への挑戦、自分の年齢と2年間の空白という冒険。順調であればまだ先の長い僕の人生の舞台。

一ヶ月の熟慮のあと、僕は修士課程の試験を受けた。
それまで受験したことのあるあらゆる試験とは異なり、何故だか僕は妙にのびのびと問題に向かい、嬉々とした笑顔で面接を済ませた。教授と思しき人々はまるで付喪神のような愛らしさと品格とを備えており、試験会場に似合わぬウハハという妖怪じみた越境的笑顔で僕を虜にしたからだ。


 彼の地で偉大なる半妖集団とともに過ごした2年間のうちに、僕の犬歯は生え変わり、僕の耳は自在にぱたぱたと動かせるようになった。どうやら僕も半妖の仲間入りを果たしたらしい。それは俗世を離れた僕にとって喜ばしきことではあれ、不快なものでは決してなかった。
しかし、規定の期日を過ぎてしまったら、僕は戻らねばならない。

半妖にまみれた卒業式。
僕らにしか解せないことばを用い、僕らにしか読めない歴史を共有し、僕らにしか見えない虚空の道で未来を繋ぐ。
そして、あの場所へ戻るため、見事に育った犬歯を隠して僕は虚空の天守を降りる。「僕らのことば」を忘れないようにと願いながら。


式は、案外悪くない。
既に僕はあの式での祝辞や儀式を覚えていないけれど。

しかし、たとえあの天守の記憶が薄れても、僕の犬歯は鋭いままだ。