部活日誌

部活動(ひとり文楽部)の記録など

2013年12月鑑賞教室

2013-12-17 | 文楽
■12月鑑賞教室

【団子売】

 解説・文楽の魅力

【菅原伝授手習鑑】

  寺入りの段
  寺子屋の段

   【配役表】





さてさて、今年最後の日誌は鑑賞教室。

なんだか貸切日が多いのか、今まで以上に席が取れず慌てました。
鑑賞教室なんだから、おばさんはすっこんでろ、初心者優先なんじゃボケ!と言われたら、おっしゃる通りですね申し訳ございません、と謝るしかない。
しかし、寺子屋好きとしてはそこをなんとか、端っこで小さくなってますんで、と潜り込ませてもらいました。

『団子売』では、Bプロの始さん、清志郎さん、勘市さんの杵造がとってもよくて、なんだか胸がぐっと詰まってしまいました。なんということでしょう。

何度も言いますけど、この曲を聴くと懐かしいような切ないような気持ちになるのは、やはり私の前世が団子売りだったのではないかという疑惑。ハエとかゴキブリとかナメクジだった可能性も捨てきれませんけども。


『寺子屋』では、津駒さんの松王と千代にまんまと泣かされました。
もうねー、この話は寺入りから自動的に私の涙袋が開栓することになってるんですけどね。なぜだろ、Aプロでは不思議と開かず。
寺入りの靖さんもよかったけど、Bの希さんの小太郎、
「かかさま、わしも往きたい」の後追いのところなどていねいに気持ちが伝わってきて、ぐっときましてね。
勘彌さんの千代の後ろ髪引かれてる感じがまた切なくて。
勘彌さん、なんだかいつもより動きがはっきりしてませんでしたか。いつもぼんやりしてんのか、とかそういうことではなくてですね、なんて言ったらいいのかな、クールからホット、上品から情熱、みたいな変化。
今まであんまりちゃんと見てなかったからかな(オイ

松王、源蔵はAの玉女さん、和生さんのが私の好みなんですが、それはなぜかといいますと、この話もなん回もしてますけどね。
綱大夫(現・源大夫)清二郎(現・藤蔵)、後半を津駒・寛治、人形は松王玉女、千代文雀、源蔵和生、戸浪勘壽の時の寺子屋でこれでもかと泣かされたあの感動が忘れられなくてですね。いまだにそこから抜けられないのですねー
綱さんの源蔵戸浪の苦悩と、寛治さん、文雀さんのいろは送りの残像がなかなか上書きされないのです。思い出しても泣けるくらいに!それなのにその時の席がガラガラで!こんなにいいものを見に来ないってあんたらバカだよ大損だよ!
という記憶と共に植え付けられてしまっているのでした。



えーーっと。
何の話してたんでした?

りょーじさんのキムタクのモノマネ「ちょ、待てよ!」が全然似てなかったって話?
あれ、勇気あるよねりょーじさん。私には出来ないな。



・・・いや、そんな話でなくてね。

とにかく。

この公演が私の文楽納めでした。
今年も一年間楽しませてもらいました。

終わってから今年を振り返って三業大賞選考会を開いたのですが、すぐに脱線して結局今年も結論出ず。

もう、若手会の野崎の靖さんか、若手素浄瑠璃の熊谷陣屋の清丈’さんでいいんじゃね?
と自分だけの結論を押し付けて今年の部活日誌を締めくくりたいと思います。
いいよね。わたしが部長ですから。ひとり部だけど。




2013年12月公演

2013-12-16 | 文楽



■12月公演

【大塔宮曦鎧】(おおとうのみやあさひのよろい)
 
  六波羅館の段
  身替り音頭の段

【恋娘昔八丈】

  城木屋の段 
  鈴ヶ森の段
    


   【 配役表 】


【大塔宮曦鎧】

本公演の方は何と言っても明治29年(1892)より121年ぶりの復活上演という「大塔宮」に注目。

といっても、1回目に見たときは、うーーん… ぱっとしないねぇ、という印象しか私にはなく。
が、再見する内に時代物らしさ、キャラの面白さが伝わって来て、よくできているなぁと気付くという。
ごめん、遅くて。

『六波羅館の段』では、常盤駿河守範貞(玉也さん)が斎藤太郎左衛門利行(勘十郎さん)相手に、
「(後醍醐天皇の若宮の母)三位の局にわしゃほの字、「恋という大病」に罹ったった!」
と色ボケなことをくどくどと語っています。

あの、玉也さんが! でれでれと! 
なんということでしょう… 
しまいには局の香の残る浴衣に頬擦り擦り…

見損なったよ、玉也さん!(ちがいます)

しかし相手の斉藤太郎左衛門という爺さんは、己を捨てて先の戦で名をなしたのですが、それをいくら誉めそやされようと、おだに乗らぬ一徹な爺さん。

そんなカタブツ爺さんに恋だの惚れただの惚けたことを言うもんだから、爺さん、我慢ならず
 「聞いてられっか、わしゃ帰る!」
と呆れかえるのですが、その気持ちよっくわかります、斉藤殿。
そのくらい、範貞のアホウのほの字ぶり、鼻の下の伸びっぷりと思ってください。
対する太郎左衛門は「妓夫(ぎゅう)とやら、もうとやら」とかダジャレもぴりっと光る侮れない男。

そこに登場する、三位の局と若宮を預かる永井右馬頭(※ながいうまのかみ、と聞くとついついウマ面の長い顔を思い浮かべますが、そんなことはありません)
の妻・花園(和生さん)。

この花園、めっぽう気が強いおなごです。

一徹爺さん・太郎左衛門に一歩も引かぬ芯のある女。和生さんの真骨頂ですね。
「置いて貰お埃が立つ!」だの「年寄りの云い損ないは見苦しい」だの、口でも負けてませんが、
若宮の首を討ちに行こうとする太郎左衛門を、ちょっと待て、と長袴を後ろから踏んづけてびりりと破くわ、太郎左衛門の被っている烏帽子を引っ張って、太郎左衛門、帽子のあご紐でぐえっと首締められるわ。
それはそれは、負けない女。
ここのやりとりはとても面白いところでした。

太郎左殿、そんな花園に負けたフリをしてあげたんだろな、と後になれば思うのだけども。

このように、発端ですでに各人の人物造形がしっかり伝わってきて、物語に入りやすいのでした。


『身替り音頭の段』

ここでは、音頭、踊り、が文字通りポイント。
まず、若宮・局に音頭をやれとせがまれ、
 「えええ!? こ、これは迷惑千万!」
と慌てて断るも、渋々踊り始める右馬頭。
その右馬頭を遣うのは玉女さん。

玉女さんが… 
踊ってる…!  

ちがうちがう。 あくまで右馬頭が踊ってます。右馬頭が踊ってるのですが。
ついついニヤニヤしてしまうのはなぜでしょう。

そして若宮の首を討ちに太郎左衛門が現れると、村の子供たちと若宮、鶴千代(若宮の身替り。右馬頭・花園の息子)がいくつも下がる灯籠の灯の下で輪になって踊り始めます。
そこの音頭の調べと灯籠の薄明かり、子供たちの揃いの浴衣、いじらしい浴衣の肩上げ腰上げ、我が子の首を討たれるか否かを固唾をのんで見守る花園。
幻想的かつ息をのむシーンです。

薄暗いのでうっかり寝てしまいがちですが、現にうつらうつらしましたが、
それダメ。ぜったい。

そこで、一徹爺さん・太郎左衛門は自分の孫をいつの間にか踊りの輪に混ぜて、若宮の替りに首を討つのでした。
若宮の身替りの鶴千代、そのまた身替りの孫・力若丸。
力若を討った後の太郎左衛門の嘆きが痛みとなって観客の胸にも迫ってくるところです。
「今の音頭を引導にて、魂冥途の鳥となり、父よ母よと呼ぶついでに
 こりゃ、祖父をも呼んでくれよ」
と伏して泣く一徹爺さん。
そんな爺さんを勘十郎さんが勘十郎さんの勘十郎さんであるための!

何言ってるかわかりませんが、とにかく、勘十郎さんの太郎左殿は素晴らしかったってことですね。

この演目は、いずれまた再上演されることでしょう。
私が予言します。
根拠は特にありませんけども。
あるとすれば、子供の浴衣とかせっかくたくさんお揃いのを作ったのにもったいないんじゃないかなー、って。

いや、そういうことでなく。
携わった方々のご苦労も報われたであろう見事な舞台だったと思います。

ぱっとしねーとか言ってたのは誰だ。
オレだ。ごめん。




【恋娘昔八丈】

珍しく舞台が江戸。
縄で縛られ身悶える清十郎さん、じゃなくて、主人公・お駒。
番頭・丈八(簑二郎さん)のチャリがめっぽうイキイキ。

以上3点が見ものの演目でした。

他はどうなんだ、なんかないのか、と聞かれますと





・・・・・・・




小一時間考えましたが、

・喜蔵(玉志さん)の「オットサ、アこう申せば、マ何とやら」ネタ
・馬! 最後、馬が出てくる!

しか思い出せませんでした…

いやもうこれは、緊縛のお駒を見るもんだ、それ以上のことは求めない。
でいいんじゃないでしょうか。
ダメですか?

お駒がそれはそれは嗜虐美溢れて、マニアでなくとも垂涎ものでしたね。
それでいてイヤらしくないは清十郎さんだからでしょう。

最後はハッピーエンドで大団円。
特に後を引くことなく劇場を後にできるのでした。めでたしめでたし。

え。褒めてるように聞こえませんか?




床だけコンサート2013

2013-12-01 | 文楽

文楽三味線の魅力Vol.1  床だけコンサート2013


 






Vol.1プログラム 1.オープニング 2.三味線トーク 3.素浄瑠璃 新口村の段より 4.冬八景


「『床だけコンサート』って、「人形コンサート」てのはありえないわけで」
とのっけから呂勢さんのツッコミが入っていた通り、わたしも、床だけなら素浄瑠璃の会でいいんじゃないの?
と思っておりましたが、単なる素浄瑠璃の会というよりも、三味線をメインとした催しで、三味線好きにはとっても楽しいひとときとなりました。


まず、オープニングはシンから燕三、宗助、清志郎、清馗、寛太郎、清公の三味線六挺によるメドレー。木遣音頭が最初でしたかね。
もうここだけでもちょっと、うーん、鳥肌が立つほどステキ(はぁと)、となりますね。
そもそも三味線持つと男前度2割増しくらいになると思いませんか。紋付で既に2割上がってるので、どんだけ盛ってるんだと思うのは私だけでしょうか。

そして、「2.三味線トーク」です。

お題は燕三さんから「師匠にどのように叱られたかエピソード」というもので、宗助さん曰く、事前にまったく打ち合わせなし、いきなりのフリだそうで。
それでも皆さんトークが達者で大いに笑わせてもらいました。

宗助さんは団六時代の寛治師匠とのお話で、厳しく叱責された思い出を(笑)
清志郎さんは清治さんのお人柄のにじみ出る「わからないやつはそれまで、はいおしまい」という突き放され方を。
清馗さんは「同じく」と一言w
寛太郎さんは、呂勢さんいわく「孫だからそこまで言える、普通は遠慮してなかなか…」というところをご披露。
今日は「大きく弾け」次の日一所懸命稽古して大きく弾くと「小さく柔らかく」と言われ、どっちやねん、と。
すると師匠は「三味線というものは人によって何通りもの弾き方がある。日によって弾き方も変わるもんや」と理不尽なことを言われて、
「とまあ、このように、芸云々、稽古云々というよりも、師匠の理不尽に耐えるのが弟子のつとめでございます」
というオチで盛り上がりました。
清公さんの清介さんのお話では涙出たね。
清介さんは怒鳴ったりとかそんなことはなくよく教えて下さる師匠だそうですが、その教え方が
「こう、もっとこう、ぬるっと!バチをこうしてな、ぬるっと!
 もっとぬるっと、ローション塗ったみたいにぬるっとした感じ、わからんか?」
って… 
わかるかい!ww
「針金をな、こう剥がして芯とこをこう、ギギーーッとがーーっと、した感じや」
とか…
呂勢さんが「長嶋監督のような師匠で(笑)」と言う通り、清介さんの口調まで頭に浮かんでくるようで、死ぬほど笑ってしまいました。

燕三さんは、急遽師匠の代演をすることになった時(春日村、大夫は住さん)初日まで3日で覚えなくてはいけなくて、寝ずに稽古をしたけれでも、どうしても不安で師匠に電話して
「師匠、譜を見て弾いてよろしいでしょうか」
と頼むと、ひと言
 「ア・カ・ン!」(ガチャン!)
で、それでもなんとか初日を迎えて譜なしで弾き始めると、裏で聞いていた師匠は
「これは譜を見て弾いてるんちゃうか」と疑って、表に回って舞台を確認されたそう。
そこで譜面なしで弾いている弟子を見て、演奏が終わって盆が回るとそこに師匠が立っておられ、「よう覚えたな」と涙をボロボロと流された、という、最後はぐっと胸の詰まるいいお話で終わりました。

こういう、お師匠さんとのエピソードを聞かせてもらうのは本当に嬉しいですね。
特に、普段なかなか言えない、ブラックな部分とか…

休憩後、3.素浄瑠璃 新口村の段
呂勢・燕三さんの新口村は勢いとパワーあるそれに聞こえましたね。
会場の音響のせいもあったかもしれませんが、孫右衛門もパワフル、という。
それでも、「ああ、今じやない!」のところでたまらず飛び出す忠兵衛の姿や、最後の
「その藪をくぐるなら、切株で足突くなー」で、傘をすぼめて泣き顔を隠す孫右衛門の様子がありありと浮かんできて、ぐっとくるのでした。

そして、最後は 4.冬八景
浄瑠璃の中の冬景色を描いた部分をメドレーで。

1.源氏烏帽子折「伏見の里の段」より
2.伊賀越道中双六「岡崎の段」より
3.染模様妹背門松「質店の段」より
4.奥州安達原「袖萩祭文の段」より
5.中将姫古跡の松「中将姫雪責の段」より
6.信州川中島合戦「輝虎配膳の段」より
7.心中天網島「大和屋の段」より
8.花競四季寿「鷺娘」より

聞いていてわかったのは、岡崎の糸車の部分と、袖萩祭文、大和屋、くらいでしたかねー
久しぶりに清志郎さんの胡弓が聞かれて得した気分。

こうして並んで弾いてもらうとそれぞれの音の違いもちょっと拾えたりして。
硬水と軟水に分けると、燕三さんは硬水、寛太郎さんは軟水だなー、とか。
なんで水やねん、と言われましてもいやただなんとなく、としか言いようがないんですけども。
あと、バチの持ち方とか。これまた素人がそれ見てどうすんねん、と言われましても、いや、ただなんとなく。としか言いようはございません。


以上、思いがけず、というと失礼ですね、思った以上に楽しい会でした。

「Vol.1」「「床だけコンサート」をシリーズ化しました」とあるので、今後も続いて行くものと期待しています。
来年もぜひ、お待ちしております。