週一寺社めぐり

原則として週一回 神社仏閣を訪れる

大官大寺跡 山田寺跡 2010.05.21 Archives

2015年03月30日 | 神社仏閣

大官大寺跡  奈良県明日香村小山  百済大寺
  日本書紀、舒明天皇11年(639)7月の条に百済川のほとりに大宮と大寺を造った、そして、同年12月の条には百済川のほとりに九重塔を建てた、とあり、舒明天皇が建立したわが国最初の官寺である。この所在地を巡って様々な研究がされてきたが、1997ー2000年度までに実施された吉備池廃寺発掘調査の結果、発見された巨大な金堂土壇跡と塔土壇跡、出土瓦からこの吉備池廃寺が百済大寺であることが、現在最も有力な説となっている

                                 塔跡

 

山田寺跡 奈良県桜井市山田944にあった古代寺院。法号を浄土寺または華厳寺と称する。蘇我氏の一族である蘇我倉山田石川麻呂の発願により7世紀半ばに建て始められ、石川麻呂の自害(649年)の後に完成した。中世以降は衰微して、明治時代初期の廃仏毀釈の際に廃寺となった。その後、明治25年(1892年)に小寺院として再興されている

 雪冤碑 碑文は江戸時代の名筆(江戸三筆の一人)貫名海屋(ぬきなかいおく 1778-1863(安永7-文久3)の筆によるもので
雪冤と言うのは、無実の罪を晴らして、潔白を証明している

仏頭 (1187年)、興福寺の僧兵が山田寺に押し入り、山田寺講堂本尊の薬師三尊像を強奪して、興福寺東金堂の本尊に据えた。

 

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飛鳥の石造物 2015.03.27

2015年03月27日 | 神社仏閣

猿石 高市郡明日香村の梅山古墳(現:欽明天皇陵指定)西に隣接する吉備姫皇女王墓内にある奇石で、全部で4体ある

 

くつな石 「都塚古墳」から1kmほど斜面を上ったところに『くつな石』という石が祀られている。石屋が石鑿を入れると赤い血が流れ出し、傷ついた蛇が現れ、その祟りで亡くなったという伝説

 

 

 

益田岩船(ますだのいわふね) 

橿原市白橿町8  岡寺駅の西1km  橿原ニュータウンの一角。白橿南小学校の西の丘陵地。

白橿近隣公園にある 近隣には斉明天皇の墓と言われる牽牛子塚古墳も。飛鳥最大の謎の石造物。実は牽牛子塚古墳の未完成品

 

 

酒船石・亀型石造物 

 

 明日香村岡 近くに水を引いたと見られる土管や石の樋も見つかっていることから庭園の施設とも言われている 何らかの祭祀が行われた遺構と推定されるが定かではない。斉明天皇の両槻宮(ふたつきのみや)の関連施設ではとの説もある

 

弥勒石 飛鳥寺の南西の飛鳥川の東岸にあり、地蔵菩薩を思わせる形状をしている。高さ約2メートル、幅約1メートル。条里制の標石とも言われるが確かな用途は不明である。この石を拝むと下半身の病気が治るという伝説があり、現在は石を被う祠が建てられ信仰の対象となっている

 

 橘寺 二面石 三光石 境内にある高さ約1mほどの石造物で、左右に善相と悪相が彫られており、人の心の二面性を表現しているという

 

 

鬼の俎板・雪隠奈良県高市郡明日香村野口(鬼の)、明日香村平田(鬼の雪隠)にある花崗岩で作られた遺構

 

亀石 明日香村川原  いつ、なんの目的で作られたかは謎

 

牽牛子塚古墳 高市郡明日香村大字越 斉明天皇の陵墓である可能性が高まった

 

上居の立石 石舞台古墳から多武峰に行く道の途中にある 飛鳥東域の結界石と言う説もあるが、定かではない

 

石舞台古墳 

 高市郡明日香村島庄 埋葬者としては蘇我馬子が有力視されている 『日本書紀』の推古天皇34年(626年)5五月の条に「大臣薨せぬ。仍りて桃原墓に葬る」とあり、大臣は、蘇我馬子を指している

 

 

 

 

 

飛鳥坐神社 明日香村大字飛鳥字神奈備708 子孫繁栄の陰陽石

 

豊浦の立石 甘樫坐神社境内(明日香村大字豊浦字寺内626)にあり「盟神探湯(くがたち)」の神事はこの立石の前で執り行われる

 

飛鳥資料館・石人像

飛鳥資料館

飛鳥資料館

飛鳥資料館

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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丹生川上神社 下社 2013.10.17 Archives

2015年03月25日 | 神社仏閣

丹生川上神社・下社  2013.10.17 奈良県吉野郡下市町大字長谷1-1
天武天皇の時代の白鳳4年(676年)、「人声聞えざる深山に宮柱を立て祭祀せば、天下のために甘雨を降らし霖雨を止めむ」との神託により、丹生川の川上に雨水の神を祀ったのに始まると伝えられています。

 

                                二の鳥居

  

                           牛石と蛙石

 後醍醐天皇句碑手水

                               産霊石

                                     拝殿

 

                           本殿への階段

                                 本殿

                                本殿内

                                  庫裡

               多羅葉

                                 鶏舎

                      道の反対側に祭られている神社

 

 

 

 

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丹生川上神社 中社 2013.11.14 Archives

2015年03月25日 | 神社仏閣

                                   丹生川

                              拝殿

                             拝殿内

              絵馬-祈雨祈願の黒馬と止雨祈願の白馬の絵馬

                                 御神木

                      本殿への階段

                      本殿への階段

                                  本殿

                                本殿

                                   東殿

                                 西殿

                         丹生川上神社摂社・重文

                         丹生川上神社摂社・本殿

                          丹生川上神社摂社・本殿

                               摂社の摂社

                                 夢淵

                              石灯籠・重文

                               吉野離宮跡

                              丹生の真名井

                                なでふくろう

 

 

                               蟻通橋

                                     

                         木霊神社・本殿

 

 

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丹生川上神社 上社 2013.11.13  Archives

2015年03月24日 | 神社仏閣

丹生川上神社 上社   奈良県吉野郡川上村大字迫869-1
明治政府により、色々な経緯があり上、中、下社とされた。大滝ダムを建設する際に現在地に移築されています。その際の調査では、平安時代の祭祀跡が発見され、非常に古い歴史を持つ神社であることが推測されています

 

                                 眺望

 

                                   拝殿

                                   末社

                                 手水

                                  御輿

                                 斎場跡

                           ご神木の杉の樹の幹

                      鎌倉や江戸時代の礎石

 

 

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石上神宮 末社神田神社 石上神社 Archives 2012.04.07

2015年03月23日 | 神社仏閣

石上神宮 奈良県天理市布留町384
物部氏の氏神で武器庫の役目をしていた。
七枝刀-『日本書紀』には七枝刀との記述があり、4世紀に百済から倭へと贈られたものとされる

 

 

                          楼門

                                   楼門

                               割拝殿・国宝

                        摂社出雲建雄神社 本殿

                             摂社出雲建雄神社

                      摂社出雲建雄神社 本殿

                           布留高庭

    

 

神田神社  所在地;天理市杣ノ内町 石上神宮・末社
 五穀豊穣や悪霊退散を祈る祭りで 大和の夏祭りの先駆けとして古くから親しまれている

                               社殿

                                

 

 

石上神社 天理市瀧本町483 
祭、創建由緒等不詳。・石上宮の元宮という傳承もあるが根拠はなく不明。・明治時代に廃絶した義淵を開祖とする桃尾山蓮華王院龍寺の舊境内に鎭座。
・空海もこの地に縁があるようで、金光明四天王王護國寺秘密傳法院(東寺)境内にも石上社があり、この分靈とも考えられる

                                磐座

                           本殿

                               本殿

                                神社横の川

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霰松原 止止呂支比売命神社 2015.03.21

2015年03月21日 | 神社仏閣

霰松原--住之江区安立二丁目11---大阪市住之江区安立(あんりゅう)付近にあった松原—
この付近は江戸時代中期まで、海岸線であった。そして白砂青松の名勝地で、松風が霰を吹きつけるように響いたのでこの名があるという。その有様は万葉集にも収録されているが、江戸時代に入って大和川付け替え工事や新田開発により、海岸線が移動し景観が一変してしまった。碑の前の道は紀州街道で、高麗橋東詰の里程元標を起点に、堺筋を南下、和歌山に至っている

      

 

   

天武天皇の第4子の長皇子(ながのみこ)が、ここでこの歌を詠んだことから霰松原と呼ばれるようになった

 

                             

 

止止呂支比売命神社  大阪市住吉区沢之町1-10-4
とどろきひめのみこと--創建年代は不明。しかし、延喜式にはその名の記載がある。社名のトドロキとは当時の境内にあった橋の名前。
(1221年)後鳥羽天皇が、当社境内松林内に行宮を立てて以降、若松宮あるいは若松神社と言われる。それ以前は、住吉大社の摂社(奥の院)とされていた。

 後鳥羽天皇行宮跡

 

                               手水舎

                          拝殿

                              本殿

                                本殿

                              本殿

本殿

稲荷社

   

                                    黒長社

御輿庫御輿

 

                       天水分豊浦命神社

                        天水分豊浦命神社

                                御神木

 

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百済寺 2010.08.10 Archives

2015年03月20日 | 神社仏閣

百済寺 広陵町百済1411-2
寺は三重塔と小さな本堂を残すのみで、隣接する春日若宮神社によって管理されている
伝承によれば、この寺は聖徳太子建立の熊凝精舎を引き継いだ百済大寺の故地であるという 百済大寺とは、7世紀前半に創建された官寺で、再度の移転・改称の後、平城京に移転して南都七大寺の1つ大安寺となった。『日本書紀』(639年)7月条に舒明天皇が「今年、大宮及び大寺を造作らしむ」と命じた旨の記事があり、大宮と大寺は「百済川の側(ほとり)」に造られたという この百済大宮と百済大寺の所在地を広陵町百済に比定する説は古くからあり、江戸時代の(1681年)成立の地誌『和州旧跡幽考』も当地を百済大寺の旧地としている  Wikipedia

  • 本堂-大織冠(たいしょくかん)と呼ばれ、談山神社から移築したものと伝える。

  百済野の萩の古枝に春待つと居りし鶯鳴きにけむか(山部赤人)

              春日若宮神社

                    拝殿

 

 

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四国八十八ヶ所 第15番 国分寺 2015.03.16

2015年03月18日 | 神社仏閣

第15番 国分寺 徳島県徳島市国府町矢野718-1
741年聖武天皇が発した国分寺建立の詔により諸国に建てられた国分寺の一つ。寺伝では行基が自ら薬師如来を刻んで開基し、聖武天皇から釈迦如来像と大般若経、光明皇后の位牌厨子が納められたと伝わっている

 

山門

 

本堂 彫刻鐘楼と本堂

大師堂

                                  庫裡

                               地蔵堂

                           七重の塔心礎

 

淡路ハイウエイの花 

 

  

  

 

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四国八十八ヶ所 第14番常楽寺 2015.03.16

2015年03月18日 | 神社仏閣

第14番 常楽寺  徳島県徳島市国府町延命606番地
寺伝によれば、弘法大師がこの地で修行をしていた際に、弥勒菩薩が多くの菩薩を連れた姿を感得した。そこで霊木に弥勒菩薩を刻み堂宇を建立して本尊として安置したという。空海の甥に当る真然僧正が金堂を建立、祈親上人が講堂、三重塔などを建立し七堂伽藍の大寺院となったと伝える。

本堂

 彫刻

薬師堂

地蔵堂

地蔵堂内部

岩船地蔵尊

流水岩の庭園

       

  

イチイの木  

あららぎ大師 撮り忘れNETより借用

 

 

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