穴太寺 (あなおうじ あなおじ)亀岡市曽我部町穴太東辻46 西国21番
天台宗の寺院。山号は菩提山 本尊は薬師如来、札所本尊は聖観世音菩薩。西国三十三所第21番札所。「あなおおじ」「あのうじ」「あなおうじ」と読まれることもあり、「穴穂寺」「穴生寺」とも表記された。(1450年)成立の『穴太寺観音縁起』によれば(705年)、文武天皇の勅願により大伴古麻呂が開創したとされるWikipedia
仁王門
本堂
本堂
内陣
外陣
多宝塔
庭園
地蔵堂
念仏堂
掛け仏
手水舎
錦絵
円王院庭園
聖観音菩薩
身代わり観音
鎮守堂
参考 京都浪漫TV
石塔寺 滋賀県東近江市石塔町860 今まで見たことのない、石塔、石仏、五輪塔の夥しい数に圧倒された
開基・聖徳太子 山門の入口に「阿育王山」の額が掛かっており、特異な形態をした三重石塔がそびえ立ち、その数に圧倒される。広場一帯を、8万4千もの石塔があるという五輪塔や石仏の群が埋めつくしている。三重石塔は、奈良時代前期の作とされ、三重石塔としては日本最古・最大のもので重要文化財。屋根は緩く膨れており、塔身は縦長、一番下の塔身は二枚石を合わせ、上部の安定をはかっている。三重塔東側の五輪塔2基とその横にある宝塔も、国指定の重要文化財。
山門
本堂からの158段の石段
石塔・石仏
司馬 遼太郎 「最後の石段をのぼりきったとき、眼前にひろがった風景のあやしさについては、わたしは生涯忘れることができないだろう 塔などというものではなく、朝鮮人そのものを抽象化された姿がそこに立っているようである。朝鮮風のカンムリをかぶり、面長扁平の相貌を天に曝しつつ白い麻の上着を着、白い麻の朝鮮袴をはいた背の高い五十男が、凝然として異国の丘に立っているようである。
★「石塔寺へ最初に行ったのは、ずいぶんの前のことだが、あの端正な白鳳の塔を見て、私ははじめて石の美しさを知った。朝鮮にも、似たような塔はあるが、味といい、姿といい、これは日本のものとしかいいようがなく、歴史や風土が人間に及ぼす影響を今さらのように痛感した」~白洲正子
奈良前期・重文
重文、左:鎌倉後期、右:南北朝
石造宝塔・鎌倉後期
教林坊 近江八幡市安土町石寺1145 平日は休み 600円
創建 (605年)聖徳太子により開かれたと伝わり、石窟に祀られた伝聖徳太子作の石仏「赤川観音」を本尊とする。寺名は林の中で太子が説法したことに由来するとされ、境内を真っ赤に染める紅葉の名所および巨石を用いた桃山時代の庭園で知られている 2014.09.10 訪れたときは平日だったので休み 総門だけ撮影して帰った
大悲殿
パンフ
総門の紅葉
前回撮った写真
総門内側から
書院
書院入口
書院
書院
書院 三階
三階にある大黒様
掛軸庭園
書院内
中門
薬医門
薬医門
本堂
本堂
本堂
なで佛
金剛力士
金剛力士
地蔵菩薩
秘仏 願掛不動明王
十一面観世音菩薩
十一面観音
本堂正面
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