週一寺社めぐり

原則として週一回 神社仏閣を訪れる

正蓮寺大日堂(再訪)  2020.01.30

2020年01月31日 | 神社仏閣

正蓮寺大日堂 橿原市小綱町335  しょうこちょう) 近鉄大和八木駅から徒歩約15分 前回-2012.03.03 御朱印・依頼中
国指定の重要文化財です。建造形式は、桁行三間、梁行三間、一重、寄棟造、本瓦葺。もとは佛起山普賢寺と言われていましたが、明治の廃仏毀釈により普賢寺が廃絶することとなり、正蓮寺に管理が引き継がれました。

             大日堂

                大日如来   小窓から撮影 可

 

小綱町案内

         多聞天

         持国天

         十一面観音 文献より

 

 

 

 

 

 

 


 

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楠公寺  2020.01.22

2020年01月28日 | 神社仏閣

楠公寺 大東市大字北條北条2377−11 
1950年、妙春日祥法尼によって開山。 高僧によって開祖。 妙春日祥法尼は能勢の山中で日蓮宗の布教に精進していた頃、南北朝時代に活躍した楠木正成公の長男で武将の楠木正行公の御霊が現れ、「法華経で我が魂を鎮めよ」と告げられた。
 正成公は1336年、京都に向かう途中、北朝の足利尊氏を湊川で迎え撃って討死。 1348年、正行公は足利軍と戦い、高師直の軍と戦ったが四條畷で討死。 妙春日祥法尼は付近にある飯盛山に当寺を開山。 「楠公寺」という寺号は池田勇人氏によって命名。 本尊は鬼子母神、黒龍大明神。

 

                                                  内陣

                   木鼻

摂社             

                 狛

                摂社

               四条畷の町並み

      飯盛山史跡 石碑

 

 

 

            

 

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飯森山城址 2020.01.22

2020年01月27日 | 神社仏閣

飯森山城址  四条畷神社から登る
飯盛山城は、河内国讃良郡飯盛山(現・大阪府大東市及び四條畷市)にある日本の城跡。標高315.9mの飯盛山に築かれた日本の
城(山城)である。2017年(平成29年)4月6日、「続日本100名城」(160番)に選定された 
標高315.9mだが、初めからかなりの勾配で、(愛宕神社と同じくらいきつい) 休み休みで登った

                                     登山道入口

           四条畷の町

       左の道・楠公寺 右・山上へ

              腰曲輪  

 

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四条畷神社(再訪) 2020.01.22

2020年01月26日 | 神社仏閣

四条畷神社 四條畷市南野2丁目18番1号

四条畷神社は、1348年(正平3年)四条畷の合戦で死んだ南朝方の総師楠木正行以下24柱を祀る。1890年(明治23年)の創建で旧官幣大社。明治維新後、南朝称揚の時代風潮の中で、正行の父である楠木正成が大楠公として神格化され、その息子である正行も父の遺志を継いで、南朝のために戦い戦死したため、小楠公として崇められるようになった

 前回

              標柱

              社務所

           二の鳥居

          本殿

              本殿

         流造の本殿 側面と正面

             楠公慰霊塔

楠公慰霊塔*。豊中の山林で発見され、1991年(平成3年)に当社に寄贈を受け、移設

        御神木 大楠

 

        御妣神社 御祭神は「楠木正成」の夫人

 

楠木家家紋の菊水紋

            招魂神社

             神庫

        楠天神社 祭神 菅原道真 

 

 

 

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平岡八幡宮 2020.01.16

2020年01月25日 | 神社仏閣

平岡八幡宮  京都市右京区梅ケ畑宮ノ口町23番地
平岡八幡宮は、809年に神護寺の鎮守として、空海が大分県の宇佐八幡宮から勧請したのが起源とされています。
弘法大使空海が神護寺の守護神として、自ら描いた僧形八幡神像を御神体として創建された山城国最古の八幡宮です。1190年(皇紀1850)建久元年 文覚上人により再興される。1222年(皇紀1882)貞応元年 鎌倉時代初期
 上覚により再興され、 本殿を創建当時より一段下がった現在の地に移されたといわれています  パンフ

 

          参道

           手水舎

               拝殿

             本殿

             本殿

      平岡八幡弁財天(琴弾き弁財天)

            竹内社

           為し石

歌碑

          貴布弥社

            若宮社

         地主社

  鈴鹿野風呂 真開きの竜胆玉の如き晴れ

弘法大師が神護寺の守護神として自ら描いた僧形八幡神像を御神体として創建された山城国最古の八幡宮

 

 

 

 

 

 

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為因寺 2020.01.16

2020年01月24日 | 神社仏閣

(為因寺) (イインジ)右京区梅が畑奥殿町46  住職不在
https://kyotofukoh.jp/report657.html   
1221年中御門宗行(葉室宗行)の後室・戒光が公卿・西園寺公経が援助により、承久の乱で刑死した夫を弔う為に建立したとも、高山寺・明恵上人が妻妾救済の為に建立したとも言われています。その後廃寺になるが、再興され、華厳宗から浄土宗に改められました

 

 

宝篋印塔・高山寺に連なる形の宝篋印塔(重文)で、我国の宝篋印塔中 最も古い様式を示す             宝篋印塔(重要文、鎌倉中期 1265年、花崗、高さ 210Cm)

「文永二年(1265)乙丑(きのとのうし)、八月八日建之」と刻まれている

                                       全体像

 

善妙大明神 京都市右京区梅ケ畑奥殿町  為因寺の横の道を山に登ったところにある
https://kyotofukoh.jp/report356.html 

創祀は不明。「善妙」という名は「義湘大師」とともには高山寺に所蔵されている国宝『華厳宗祖師絵伝』に描かれる。

 善妙は中国の唐の時代に、港町に住んでいた長者の娘であった。新羅から仏教を学ぶために来唐した義湘が、その港町で乞食をしているとき、善妙は義湘に憧れ、恋心を伝えた。しかし、義湘はそれを断り、その淫心を諭した。善妙は恥じ入り、道心を起こす。やがて、義湘帰国の時、善妙は義湘のために用意した仏具を海に投げ入れ、自分の入水した。善妙の想う心は昇華し、その身を龍と変えて義湘の航海を守ることになる

  『華厳宗祖師絵伝』は高山寺中興の祖と言われる明恵上人が発案し、制作されたもの。承久の乱で未亡人になった武家の妻を栂尾にかくまい、彼女たちに善妙の物語を説いて、救済を願ったとされる。また彼女たちのために、蓮華谷に善妙寺という尼寺を建てた。蓮華谷は善妙大明神から谷を挟んで東北にあたり、寺と大明神との関係性がうかがわれる。

              Kyotofukoh より

 

 

 

 

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神護寺 TVより

2020年01月23日 | 神社仏閣

神護寺

唐から帰国した空海が、弘仁3年(812年)11月、12月、弘仁4年(813年)3月に、高尾山寺(後に神護寺に改名)で行った結縁灌頂の控えで、儀式に参加した200名弱の名前が書かれており、先頭には最澄の名前がある

           神護寺

 遺跡本山   ゆいせき本山とは、お大師さまに特にご縁のあるお寺のこと

            神護寺 開基

 

神護寺和気氏の氏寺で、もと高雄山寺と言った。この高雄山寺と神願寺(じんがんじ)という寺を合併したのが神護寺なので

             護王神社

                狛亥

                空海

          板堀大師像・重文

八幡神の加護により国家鎮護を祈念する真言の寺、神護寺 

 

 

 

 

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神護寺(再訪)  その 2 2020.01.16

2020年01月21日 | 神社仏閣

神護寺   京都市右京区高雄町5  拝観料 600円   楼門 修理中

              持国天

         増長天

 

              十二神将と四天王(右端の二躯):室町時代                   

             五大虚空蔵菩薩坐像(国宝・平安時代

          五大虚空蔵菩薩像のうち蓮華虚空蔵

                                      五大堂

                 大師堂

              多宝塔

              毘沙門堂

毘沙門天立像 文献

                                            明王堂

         扁額

         明王堂 不動明王

              地蔵院

                龍王堂

      本尊:薬師如来立像(国宝・奈良~平安時代)

 

    薬師如来立像  郷土の文化財より

            薬師如来  郷土の文化財より

      伝源頼朝像 伊豆で文覚上人と会っていた

  神護寺の再興につとめていた文覚上人

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神護寺(再訪)  その 1 2020.01.16

2020年01月20日 | 神社仏閣

神護寺   京都市右京区高雄町5  拝観料 600円 

高野山真言宗遺迹(ゆいせき)本山の寺院で、山号を高雄山と号する。本尊は薬師如来、開基は和気清麻呂である

御朱印 500円

 

 

 

 

                                               高尾橋

 

 

 

 

                 茶屋

               茶屋

 

                 楼門 修理中

          

                       前回参拝時の楼門

                 増長天

                   持国天

 

                    唐門

                 和気清麻呂公御廟

                  清麻呂公御廟

 

 

875年(貞観17年)に鋳造されたもので国宝 

 序詞(じょことば)を橘広相、銘文を菅原是善(菅原道真の父)、揮毫は藤原敏行の手による銘文が刻まれている。
 序、銘、書のいずれも当代一流の者によることから「三絶の鐘」と称された

             不動明王

              金堂への階段

 

                 金堂

 

 

                金堂

            蟇股

 

 

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西明寺(再訪)  2020.01.16

2020年01月19日 | 神社仏閣

西明寺 京都市右京区梅ヶ畑槇尾町1  拝観料 500円

 

 

指月橋

                                      石垣

 

清滝川橋を渡った所の大灯籠 

 

 藥井門 現在の伽藍は1700年(元禄13)桂昌院の帰依により再建

                  本堂

本堂

               本堂 廊下

             釈迦如来

              愛染明王

                    客殿

                庫裡

             聖天宮

歓喜天

              層塔

  

     アショカ王の石柱 小松寅吉

             インド文字

              庭園

                庭園

             心字池

        コウヤマキ 樹齢700年

 

             宝篋印塔

 

 

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