天の森だより

おもうこと・心のままに

ふれあい

2012-03-18 | ひとりごと・おもうこと

きのうの復興支援のつづきみたいなかんじだけれども

ボランティアで 整体師さんやアロマテラピーのひとやいろんなボディーケアのひとたちが

被災地で心身ともに疲れ果てたひとたちのもとへ足を運ばれていたようすを 去年映像でみたことがある。

技術があればもちろんだけれど そうでなくっても ちょっと手や肩にふれて暖めてあげたりさすってあげたり

自然にそういうことをしている一般のボランティアのみなさんも多くおられたとおもう。

ああ いいなあ すばらしいなあって おもった。

 

先日 仲正雄さんの講演会に行かせていただいた時に 東北でライアーを奏でて回ったときのことを

ちらりとおうかがいした。被災者を支援する現地のボランティアの方々に向けての演奏は 

音が吸い込まれていくようだった。 と。

 

そのとき思い出した。いままで何度か病院で演奏させていただく機会があったけれど

わたしはいつも患者さんのうしろに立って聞いて下さってる付き添いのご家族とか看護士さんたちと

なんだかつながっていた気がする。そしてみんなで 患者さんを包み込み 患者さんはその

みんなのあたたかさに包まれていった そんな感じがその会場にはあった気がする。

ふれあい、、、ってよく使われる言葉。みんなが大事だよっておもっていること。

でも少し 今の世に足りないこと。

 

 

 

 

 

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復興支援

2012-03-17 | ひとりごと・おもうこと

あの震災から一年が過ぎた。こんな書き出しできっと多くの方がいろんな想いをネットでも書いていらっしゃるのだろう。

去年は直接震災で被害を受けていない方々にも いろんなことが津波のように 放射能のようにやってきて

つきつけられて こわされて 体験して 耐えて やり直して あたらしく出直して 選び直して

そんな年だったように思う。

わたしは チャリティーコンサート というものはできなかった。いただいた演奏のおはなしも

被災者の支援に という意向があると 心がすすまなかった。誤解されることもあったかもしれない。

現地にも行けなかった いや 行かなかった。

どうして? ミュージシャンはたいていこういうことがあるとまっさきに

「わたしたちにできることは音楽をとどけること」と お金の採算などぬきにして行けるときにはいくし

チャリティーコンサートも参加する方が多いのかもしれない。

でも とにかく 一度もできないままに1年がすぎてしまった。

 

わたしに何ができるのだろう。。。そんなこと考えることではないのだろう。

そういうことって、身体が先に動くはずだから。ではどうしてわたしは「復興支援に関するイベントや行動」に

参加しなかったのだろう。

今 そのことをもういちど自分に問うて見ている。

 

あの吉本隆明さんが亡くなったとニュースで流れていて 「ーーー文学や芸術は心細いものだからーーーー」と........

ある会話での吉本さんの言葉が わたしの心に焼きごてみたいにじゅーっときて どきっとした。

そうして涙がでた。私の演奏が芸術かどうかなんてのは もちろんこのさい問題ではないんだけど 

その言葉に反応した自分に出会った。

すると なんだか安心した。

全然なんのことやらわからないよーと思われるかもしれないね。

出口がみつかったのだ。

出た訳でもないけど とりあえず かすかに 「ひかり」がみえたのだ。

少しずつ流れ始めている自分の中のあたたかいものが やっと外へ向かって出たがっている気がする。

わたしは私なりの「こころぼそいもの」 をしっかりかかえて  

やっぱり歩いていく。

 

 

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感じて表現する、、、以前ワークショップで思ったこと

2012-03-09 | ひとりごと・おもうこと

感じることや 表現することに 年齢や性別や学歴や技術は関係ない。

と 基本的に私は思っています。

もちろん 役に立ったりすることはあります。でも 邪魔をすることもある。

間違わずに楽譜どおり歌えたり 美しく音程がとれたりすることはすばらしいことでもあります。

でも  でもですよ。

感動 というものは 不思議なもの 正直なもので

なんだかわからないけど こころが揺さぶられたり 涙がでたりするものがありませんか?

もし そんな経験があるのなら

感じる心がある。ということです。問題は表現。

感じることを 素直に表現できる人は 意外に少ない。

それは 思い込みや観念のフィルターがそうするだけの話。

私がわたしの声を持っているように あなたにはあなたの声がある。

あのひとにはあのひとの

かならず それぞれのいのちの「声」があるんです。その声で愛する人に愛を

こどもさんに 絵本やうたを。おはようを おやすみを。

それができる瞬間が増えることは 自分が自分を生きる手助けになる。

と 思っています。

声にはそのひとの状態がでる。

よそいきの声が悪いのではないですよ。

たとえば いらっしゃいませー の仕事の声が 心が伝わる仕事バージョンの声に変わるというか

よそいきのあなたも素敵!と思わせる声。

それは 作っていくのではなく 壊してすててゆくのです。何を?

それは人によって違いますが たいていはやっぱり 生まれてからずっとすりこまれてきた

あたりまえの顔をしてあなたのこころに居座っているものです。

 

 

 

 

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音に答えるように

2012-03-05 | ライアー

ライアーも いろんなタイプの音があって

同じ楽曲でもライアーを持ち替えると 弾き方も歌い方も

変わってくるからおもしろいですね

先日はじめて ゲルトナーのアルトライアーだけでコンサートをさせていただきました。

むむむ ちがいますぞ やはり。長年ソプラノライアーだけでやってきたので

わかっていたし 練習もやりましたけど。それでも まだ思うように弾けません。アルト初心者~!!

おもしろいです。もっともっと弾きたい。

弾き語りはライアーとの一体感が命。もっとこのライアーの音を知りたい。

いっしょに呼吸をするように演奏できるように 歌えるようになりたいなあーって 思いました。

どんどん経験を重ねたい。今年は演奏の回数を増やしたいです。

聴いてくださったみなさん。また感想とかきかせてくださいね。



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春はそこまで

2012-03-02 | 日々の暮らし

最近 ついに 「こたつ」というものに 入る喜びと 出るつらさを(笑) 体験するようになりました。

お客様が来られたときくらいしか使っていなかったのですが

座椅子 を買ったのがきっかけで もう ワタシのモノのようになってしまっています~。

ここで 本を読むしライアーも弾くしで いやあ あったかいですね もっとはやく使えばよかった

今日は暖かかったです。炬燵に入ると ストーブなしでも大丈夫でした。

今年は梅の花も開花が遅れているようでしたが ウグイスはやっと鳴き始めました。

雨の日があったり風がいつもと違う方向から吹いたりするのは

季節が変わっていくしるし。

 春ですよ。でていらっしゃいな。 ウグイスがさそいます。

うう でも やっぱり コタツからでるのって えいやっ! て感じかな。

 

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