M.シュナウザー・チェルト君のパパ、「てつんどの独り言」 

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アルプス越えの旅 #2

2020-03-15 | エッセイ

 

 <アルプス越えの旅マップ>

 

  ザルツブルグ

<ザルツブルグ> 

 僕がザルツブルグに行きたいと思ったのは、どこかで見た静かなアルプスの山に囲まれた湖の風景でした。

 モーツアルト関係や、ドレミの歌で有名になった映画、サウンド・オブ・ミュージックの風景、ホーエンザルツブルグ城など、もちろん市内も一応歩きましたが、僕の本命はザルツカンマーグートへのドライブでした。

 ザルツブルクで今でも覚えてる事は、この旅で唯一予約していたザルツブルクのホテルでしたが、これがひどいホテルで値段は結構したのですが、住み心地の悪いホテルでした。50年経った今でも、悪い思い出の1つとして残っている残念なホテルです。ヨーロッパの田舎では、どちらかというと予約を入れないで、その場所で良さそうなホテルやペンションを探すというやり方がよさそうでした。

 今回の原稿を書くにあたって、ネットでいろいろ調べてみたのですが、見つけることができなかったザルツブルグの素晴らしいレストランのことを話しておきたいと思います。

 それはホウエンザルツブルク城の足元だったと記憶しているのですが、崖を削った崖下の空洞の中にある大きなレストランでした。そこではバンドも演奏しており、崖に沿って横長のレストランでした。音響効果もすごく良くかったと思います。残念ながら、名前と場所を検索しましたが、特定することができませんでした。どなたか、詳しい情報をお知りの方があれば、お教えいただければ幸いです。(早速、シュティフツケラー・ザンクト・ペーターではないかとの情報を得ました。岩窟を掘った店のようですから、間違いないと思います)

ザルツカンマーグート 

<ザルツカンマーグート>

 ここは紀元前1200年くらいまで遡るハルシュタット文明の地であり、青銅器時代に、すでに岩塩を商品として、他国と交易をした歴史が残っている特別の地域だったようです。

 ザルツカンマーグートですが、ザルツ(ドイツ語の塩)の名前が示す通り、昔から海のないオーストリアでは塩は岩塩でした。カンマーグートとは、貴族たちの領地の意味のようです。岩塩で儲けた長者が、いっぱいいたということでしょうか。オーストリアの名家、ハプスブルグ家の管理下にもあったという話もあります。この近くでは何百年も昔から、岩塩が掘り出されていたわけです。

<シャーフベルク登山鉄道>

 ザルツカンマーグートの中心は、なんといってもヴォルフガング湖でしょう。この岸にあるザンクト・ギルゲンからは、シャーフベルクへのアプト式登山電車がゆっくりと高度をあげていきます。それにつれて、視界が広がり、ザルツカンマーグートの湖水地方といわれる、山と湖の姿が現れます。素晴らしい時間でした。

 バート・イシュルと言う温泉のある小さな村を訪ねました。温泉プールもあり、人々はのびやかに休日を過ごしていました。

<ハルシュタット>

 日帰りの旅でしたから折り返し地点になるハルシュタットは、僕が思っていた美しい湖に抱かれた小さな村でした。この小さな教会では、骸骨がきちんと並べられて、祀られているのを発見しました。これがハルシュタット納骨堂。この村では、教会の墓地が狭いため、充分な土葬の土地を確保できないので、死んだ人を数年間、教会の墓地に土葬にし、その後、骨だけを取り出して残しておくということをやっているようでした。日本人から見ると、大変な葬式だなあ思います。

 これが、僕のザルツブルグを楽しんだ、大きなエクスカーションだったと思います。

 ザルツブルグでの食べ物には、特に記憶はありません。モーツアルトとその父の足跡をたどる歩きも、あまり感動は与えてくれませんでした。ザルツブルク音楽祭での混雑した狭い街というイメージだけが残りました。

<ホーエンザルツブルグ城>

 ザルツブルグの町のいい思い出は、ケーブルカーで登るホーエンザルツブルグ城の高台のテラスから見下ろした風景でしょう。今はユネスコ世界遺産に指定されたザルツブルグの旧市街の街並み、ザルツァッハ川とアルプスの山並みの眺めは美しいものでした。

 ここから、ミュンヘンまで、ドイツの高速道路、アウトバーンを体験します。

#3へ続く

 


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