昨年の暮れ近く、2017年のカレンダーを買う目的で、有楽町から銀座へ歩いてみた。目標は2丁目のイトー屋だ。大体、毎年、ここでリビングのカレンダー、二か月カレンダーを買うことにしている。それと、高橋の手帳がセットだ。
<イトー屋>
二か月先までわかるカレンダーは、もうせん、結構たくさんあったのだが、最近は探してもなかなか見つからない。横浜の有隣堂をチェックしたことがあるが、品ぞろえが貧弱だった。そこで、気晴らしを兼ねて銀座まで足を延ばすことにした。
有楽町についたのが11時過ぎで、昼飯の時間でもあったので泰明小学校の前を歩いて、僕の好きな蕎麦屋に向かった。この店は、元は銀座7丁目にあったのだが、最近、5丁目に移った。だから初めての店。グーグルを片手に店を探すが、なかなか見つからない。外堀通りを超えるはずはないのだが、手前には見つからない。仕方がないので、外堀通りを渡ってみる。
しかし、これがすばらしい発見のきっかけだった。
蕎麦屋は、本当にわかりにくい所に入り口があった。看板も貧弱で、見過ごすのは当たり前。なんとかたどり着いて女将に文句を言ったら、申し訳ありません、建物の構造が…と返ってきた。仕方がないかと、つぶやいた。心の中では、この店は、あまり喧伝したくないという気持ちもあった。うまい、鴨せいろは健在だった。久しぶりにせいろを食べた。これが僕の大好物。7丁目の店では問題だった喫煙も、新店舗では昼飯時は禁煙になって、居心地はよくなっていた。
蕎麦を食べて、先程の発見の話に戻ると、外堀通りを超えて、交詢社通りを銀座・中央通りに向かって進むと、右手にギャレリー・タメナガ(為永画廊)がある。その窓に「ルオー展」とある。最初に見たときには、エッと驚いた。でも、その時は蕎麦屋の方が大切だったったから、後回しにした。何しろ、お腹がすいていた。そして、鴨せいろに、心は奪われていたからだ。
人心地がついて、銀座の中央通り(昔は中央なんて言わなかった)に向かって歩いていく。そしてルオー展の看板を見る。なんと本当にルオー展をやっているようだ。僕は結構、東京の展覧会の情報を見ているけれど、ルオー展なんて、どこにも書いていなかった。半信半疑だった。しかし、ルオー展だった。
<ルオー1>
人気のない画廊に入るのは、ちょっと緊張する。いわんや、初めての画廊だから余計だ。僕が入った時には、他に客はいなかった。店には、女性一人と男性二人の店員がいた。ちょっと、高級感のある画廊だった。女性の店員に、ちょっとみせてくださいと声をかけて、最初の部屋の絵を見始めた。
<ルオー2>
すばらしいルオーの油彩だった。奇妙なことに気が付いたの少し経ってからだった。絵の表題のプレートの下に値段がついていた。えっと驚いた。見ると、500万ほどの値がついていた。驚いた。ここは売り絵の画廊だったのだ。しかも、ルオーの作品を50点以上集めている。こんな贅沢は経験がないし、こんな展覧会が開かれているなんて知らなかった。
まあ、場違いなところに足を踏み入れたのが分った。僕のような、ジーンズで、ふらりと立ち寄るような店ではなかったのだ。高級車で乗り付け、店員がすっ飛んできて、ご機嫌を伺うのが当たり前のような店だったのだ。おそらく、客には、前もって、パンフレット等の資料を送って、購入を勧めていたのだろうと思う。
<ルオー3>
僕にはルオーは買えそうにもないが、ルオーの絵が好きなことは間違いない。親父が一時期、ルオーにはまって、濃厚なマチエールをクトーを使って作っていたことを思い出す。僕自身も、汐留のパナソニック美術館を訪ねて数点のルオーの館蔵品を二回ほど見ている。絵を買いそうにもない客には、店の責任者も、店員も寄っては来ない。場違いな画廊に入り込んだわけだ。こちらは逆に、マイペースだ。
<パナソニック美術館のルオー>
この展覧会は素晴らしかった。こんなにルオーを一堂に集めたことは、日本ではないことだろうと思う。一枚一枚、楽しんで観た。見慣れた絵もあった。まったくルオーらしからぬ若い時代の絵も集めてあった。
男性の店員に、絵は撮らないから、展覧会の紹介パネルを写真にとっていいかと尋ねたら、丁重に断られた。でも、絵はタダで楽しめた。画廊にしたら、どうでもいい客だったのだろう。僕が入って絵を見ていたら、ウインドー越しにそれが見えたのか、やはり、高額な絵は買えそうにない中年の女性が入ってきて、ちょろりと見て、すぐに出て行った。やはり、ルオーの看板に惹かれたのだろう。
<ギャラリーと僕>
どちらにしても、楽しんだわけだ。稀有な機会でもあった。わかりにくい蕎麦屋さんのお陰でもある。後で調べたら、エコール・ド・パリ派の絵を1960年くらいから、パリで買いつけ始めたのが、この画廊の誕生になったようだ。パリと大阪に支店がある。
目的のイトー屋は、数年かけた改装で、店の雰囲気ががらりと変わっていた。店に入る前から、感じが悪かった。正面の真ん中にガラスの壁があって、お客の入り口は、その左右にある。お客は、左右の狭い入り口から頭をかがめて、店に入ることになる。もっと残念だったのは、中に入ると、改築前は上層階まで吹き抜けの空間が客を迎え入れてくれたのに、その吹き抜けが無くなって天井が頭上に迫っていた。前だったら、2階から、3階から、1階も見え、人の目線の揺らぎがあった豊かな空間だったのに、それをダメにしていた。見通しが悪いから、開放感がないのだ。がっかりだ。イトー屋の長年のファンとしては、この改造は完全な失敗に見えた。
狭い3階で二か月カレンダーを物色して、番号を控えて、引き換えカウンターに足を運んで、商品を受け取り、高橋の手帳を購入して、遅いエレベータを不機嫌に待って、そそくさと店を出てきた。これで、また一つ、僕の楽しい店が銀座から消えた。
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P.S. クレジット情報
ルオーの絵は、1、2、3は、為永画廊のHPからの借用です
4は、汐留、パナソニックピュージアムで買った絵葉書です