日記

Hajime

2010年07月24日 | Weblog
静まり返った海の上を滑るように走りだした水上飛行機は、
その後、しばらくの間水しぶきを上げたかと思うと
少しの揺れもなくただまっすぐに空中へと浮かび上がった


周りの海や森の方が勝手に動いているように感じたのは、
とても小さなセスナだったので、外の風景があまりに近かったからだと思う
月並みだけれど、とても早くて飛ぶこと以外に何も感じないような鳥になった気分だ

大きく空中で旋回した時にはもう随分と街は小さくて、
眼下には島々とそれを縫う黒々とした海が広がっている


重たげな深い色がアーキペラーゴ(多島海)をさらに穏やかに見せている

「この辺りの水深は120フィート(約50m)くらいかな」

ヘッドホンから操縦士の声がする
海岸と呼べるようなところはほとんどなく、水際ぎりぎりまで木々が迫っている
ヘッドホンからエンヤが流れてくる
こっそりと音量を下げてひとりで眺めに没頭したのは、
その演出が恥ずかしいからに他ならない

目的地のミスティ・フィヨルドまでは多雨林と海が続き、
時折池が点在しているかと思えば河口が見え
気が付くと平坦な林が巨大な森になり
森は山となって気が遠くなるほど遥か先まで連なっている



ミスティ・フィヨルドはケチカンの東約50kmにある広大な国立公園だ
切り立った断崖が続き、崖の上から直接海に滝が落ちているのが見える
さっきまで気が遠くなりそうだと思っていた山々の中へとやってきたのだ

複雑な地形の間を縫って飛行を続けていると、
操縦士が下の海を指さしてゆっくりと高度を下げ始めた
そしてそのまま私の乗ったセスナは、誰もいない静かな海へと着陸した

セスナの足(水上飛行機の下の細長い着水部分)に立ってみると、
上空から見下ろすフィヨルドの全体像とは違って、目の前の切り立つ岸壁はまさに迫りくる勢いを感じる
ここではあまりに自然が近い
そしてすぐ足元に底の見えない海がある
ただ深く、ただ黒いだけのその場所はとても不安定な世界だった
けれどもそれは逆に、この世のどこかに安定した場所などあるのだろうか、とさえ感じられるような場所だった


機内に戻ろうとする時、
一瞬セスナの足のずっと下の方で大きなクラゲが流れているのが見えた
そしてまたクラゲはずっと底の方に沈むように姿を消した





ケチカンに戻ると、午後はゴムボートで別の多雨林と河口へ向かうことにした