ローザンヌマラソンの撮影のためにスイスに飛んできました
飛行機の中でワインのアルコール消費活動にいそしみ
久しぶりのラヴォー地区は遥か丘の上まで葡萄の葉が色づき
私は自転車をこいでは丘を駆け上がり、風を切りながら下っては時に階段で自転車を担いで行ったり来たり
そしてワインメーカーでテイスティングという名の下にアルコールの消費活動にいそしみ
対岸に山脈の稜線を望む秋のレマン湖の相変わらずの爽やかさ
を思い返しながら夕食時にレストランでワインによるアルコール消費活動にいそしみ
ローザンヌの街をぶらついて
昼間のレストランでも言うに及ばずワインによるアルコール消費活動に集中かつ専念し
アルコールに次ぐアルコールによって疲れた胃もたれを沈めるためにさらなるワインを注ぎ込むループそしてリフレイン
マラソン当日はカメラを持って16km以上ランナーと一緒に秋晴れのマラソンコースを駆け抜けました
給水所にはワインも出ていて......
冷たい白ワインうめー
おお、写真を撮らねば
しかしワインを飲まねば
いやしかしほろほろに酔いながら道路の真ん中でぶどう畑をバックに写真を撮る心地よさよ
酒飲みのカメラマンランナーもっと飲め!
アレー!フォトグラファーアレー!
アレー!アレーアレー!
という沿道の声援を背に
ファインダーをのぞきつつ葡萄畑に差し込む日差しを相手に絞りと画角を探るエロさは格別でありました
口の中に広がる小さく丸い葡萄のその一粒一粒の恵みに感謝しつつランナーと並走かつダッシュの繰り返しです
おおむね電車移動を想定していたのだけど、最後は結局コースの終盤31km~ゴールまでの10kmを酔っぱらいながら走りました
4時間目安のランナーが私を追い抜き
4時間30分目安のランナーたちも過ぎ去り
5時間、5時間30分のランナーたちと一緒に走っていると
額に汗を光らせ、自分が走る10m前を見つめてうつむきながら淡々と走っている初老の男性ランナーがいました
私たちはしばらく湖沿いを並走し
なだらかな登り坂を言葉も交わさずお互いの息づかいを聞きながら走りました
ピエロの衣装を着たハイテンションランナーが私たちを追い抜き
その光景に初老の男性ランナーと顔を見合わせては微笑み合い
鮮やかに紅葉した大きな銀杏の木の下で痙攣した彼の足をほぐし
手をとりながらまたしばらく走り
彼が歩き出すと私は先に行くという合図をして、手を振ってひとりゴールに向かって先を急ぎました
彼もまた微笑んで右手を振りました
彼は首から下げた紙切れをずっと左手に握って走っていました
ひときわ賑わうゴールの撮影をしていたら、ずっと遅れてさっきの初老の男性ランナーがゴール手前まで戻ってきました
険しい表情で、痙攣した足をかばうようにしながらも一歩、また一歩とゴールに近づいてきます
ゴールの瞬間、一点を見つめてうつむきながら走っていた彼がゴールゲートを見上げ
そのもっとずっと上の空を見上げながら、首からぶら下げた紙を握りしめ、両手を空に振り上げてゲートをくぐりました
ゴールの横のフェンス越しに車いすに乗った彼の妻とおぼしき女性が彼の名をよび、
ふたりはフェンスに手をかけながら互いの指を握りしめ合い
そして彼の妻は
「Je crois en vous. 私は必ずあなたがゴールすることを信じていたわ」
と言い、彼は優しく妻を見つめていました
「おめでとう。疲れた?」
と聞くと
「ありがとう」
と言って彼は握りしめた一枚の写真を広げて見せてくれました
「私の息子はマラソンが好きだったんだ」
それからまた「私は私の家族を愛している」と言いながらフェンスに寄りかかり奥さんに微笑みかけました
にぎやかな雰囲気の中で、よく晴れたマラソン大会のひとこまでした
時が止まったような気さえした満ちた瞬間だったけれど
次々とゴールしてくるランナーたちの波の中、手を振って私たちは別れました
甘いとか辛いとか、強いとか弱いとか人の心の持ちようなんてその時によって変化して当然だし
だとしたら一滴のワインの澄んだしずくのようにこぼれるささいなその一瞬に多くの事柄が詰め込まれている気がします
その瞬間にこそ、私が知る由もないその人のこれまでの時間や人となりを想像させてくれる味わい深さがあったりします
見渡せばゴールには何千人ものランナーと仲間や家族がいて、きっとそれぞれにマラソンを走る何らかの秘めたことがあるのだろうなぁと思いながらカメラを向けます
私は酔っぱらってぐだぐだになりながら、またそこに落ちているランナーそれぞれの瞬間にむらむらしながらファインダーを覗き込みました