オーディオ彷徨録~JBL4331AからALTEC620A~

今までのオーディオの改良や音楽の遍歴に、今後の改善も紹介。いい音に繋がる方法を色々模索したことや、好きな音楽を紹介する。

7月について

2018-08-03 17:00:58 | 日記
 今年の7月は、暑かった。今でも暑いが、西日本の豪雨も凄かった。また7月といえば、ジョン・コルトレーンの命日がありましたね。

 ■1)西日本豪雨
 近年、夏の暑さは異常です。その高温にも影響されているのか、異常気象が多い。熱帯で起こるような豪雨が最近多いように思う。地球温暖化が影響しているかもしれない。私は、人類は、戦争やバイオハザードのようなウイルスで滅亡するのではなく、100年後位に温暖化の末に海面が上昇して陸地が殆どなくなって、尚且つ50度位の気温になって滅亡するのではないかと思う。
 先月の西日本豪雨については、7/30時点で亡くなられた方は、225人、未だに行方不明の方も11人おられるとのこと。私も何かできることは無いかと考えたが、この年で、ぎっくり腰を持っているので、ボランティアに行ったとしても役に立たない。仕事もあるので、時間も中々とれない。嵐のメンバーが、1億円も寄付をされたということであるが、当方も額は少ないが寄付を赤十字社にしました。

例年は、故里納税で返礼品を楽しんでいるのですが、今年は返礼品という気にもなれず。何かのお役に立てれば嬉しいのですが・・・

 ■2)コルトレーンの命日
 7月17日は、コルトレーンの命日でした。1967年5月7日、ボルチモアで最後のコンサートを行った後、7月17日、肝臓癌で亡くなっています。既に 51年も過ぎているのですね。もう半月も経ったが、今日は、お気に入りの”スタンダード・コルトレーン”と”ラッシュ・ライフ”と”ブラック・パールズ”と”ラウンド・ミッドナイト”でも聴いてみるかな。

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今日は、鶴見緑地へ

2018-05-11 15:27:27 | 日記
 今日は良い天気なので、クーちゃんの散歩を兼ねて鶴見緑地へバラ園を見に行きました。犬の散歩もできて、自宅から車で30分位で行けるので便利です。

 ■1)入り口~大池まで
 北西の駐車場へ停めたのですが、バラ園へは、中央第一駐車場の方が近かった。入ると案内板が。

 バラ園は、右の上の方です。直ぐに乗馬苑があります。

 馬が居ますね。写真を撮っている私の後側に競技(練習)場があります。
 これを超えると、パークゴルフ場がありました。

 そこからは、ヨーロッパの各国の庭園ブースを通ります。ここは、オーストリア。
 モーツアルト?がヴァイオリンを弾いている黒い像が。

 次は、フランスです。クーちゃんも早く行こうとリードを引っ張ります。

 バラ園に近づいたところで、山のエリアの案内板が。ここは、現在地を見ると大池の近くです。


 ■2)バラ園 3800m2、310品種、1400株あるそうです。
 やっと、バラ園に入りました。ピンク系のバラが綺麗。今はバラが満開。眩しくて目が…

この真っ赤なバラも綺麗です。

 奥に大きな風車が。

 風車をバックに。赤と黄色のマリーゴールドがいいですね。

 ブルー紫のネモフィラとのコントラストもいいな。

 バラ園の中に5月のイベントの案内板。

3色のバラとクーちゃん。眩しそう。


 3)帰り道
 帰り道は、アジア・アフリカの庭園ブースの道を通りました。マレーシアのブース。

 近場で犬が散歩できて、駐車場も1時間半で400円と安かったし、今日はとっても有意義な散歩ができました。色んな犬とも出会えたので、クーちゃんも満足です。
 
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京都小旅行 ~模型見学~

2017-12-23 09:46:21 | 日記
 前回、松尾大社の少し北にあるてんぷら”松”さんでのサプライズな昼食を載せましたので、今回はその席で隣におられた親戚の方に五重塔を作っていると言う話を聞いたので、その後にそれを見せて頂いた話です。

 ■1)お住まい
 お住まいは、日本三沢の一つにも数えられる広沢の池の西です。広沢の池と言えば毎年12月には池の水位を下げコイを収穫する鯉揚げが有名ですね。989年(永祚元年)に遍照寺の建立にあわせ庭池として本堂の南に造営されたとも云われて云るので歴史は古いようです。てんぷら”松”さんから車で10分位で着きました。もう仕事はリタイヤされていますので、悠々自適の毎日を過ごしておられます。広沢の池の東側には、タモリさんもブラタモリ#36で入った石室のある 「大覚寺古墳群」の狐塚古墳などなど、京都の隠れた古墳スポットがあります。

 ■2)作品
 これは話に聞いて想像していた以上でした。先ずは、話に出てきた 仁和寺の五重の塔です。これは余りに見事だと、太秦警察署の所長室に半年間展示されたようです。

 扉等も全て本物と同じく開いたりするのです。次は、右に清水寺の三重塔を

 これを材料の木から作るとのこと。次は、伏見桃山城です。この下にある桃山高校に私は通っていました。

 次は、金閣寺です。壁に金箔を貼れば良いのにと言った所、それは難しいとのこと。奥様が昔その仕事もしておられたが、この壁等には難しいと言うことです。左側に出っ張った所にはベンチ・長腰掛も作っておられます。
 引き戸も全て開いたりしますし、下の写真の開いた扉の奥に見えるのは仏像の台です。

 仏像までは作っていないとか。右側の引き戸も開いてみました。

 軒を下から覗くと、

 垂木がリアルです。夜のライトアップ。幻想的な夜のムードです。

 幻想的な金閣寺です。屋根も真直ぐではなく本物と同様のスロープを作っています。

 次は、銀閣寺。屋根が4面中2面がこれからです。後1ヶ月くらいで完成するようです。

 銀閣寺の屋根の完成している面と、左は、大リーグのサイン入りボールの置き台を作られた。


 私のオーディオなんかは足元にも及ばない優れものでした。製作期間は、1個につき1年を超えるということで、最初7から8回位は現地に行って見てから、図書館等で図面等資料を探してから制作に入るとのこと。入念な準備も必要なんでしょう。この日はサプライズの連続で感動の一日でした。
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京都小旅行 ~昼食~

2017-12-21 22:43:22 | 日記
 12/17(日)に京都の親戚へ御呼ばれに行ってきました。その話です。

 ■1)先ずは、嵐山のてんぷら ”松”さんで昼食
 ここは、ぐるナビでも出てくるお店です。創作料理ですが、毎回趣向を凝らしていて同じものは無い。しかも美味しいです。昼食のコースを親戚が予約してくれました。先ずは、甘酒に丹波栗が入っていましたが写真は忘れました。次は青唐とタラの白子と白身のてんぷらです。キノコソースが何ともいえない淡い味を出します。器は、北大路魯山人で、裏に”ロ”が刻まれています。

 次は、お刺身。左の鮪も美味しかったが、手前の鰹が抜群、ミカンのジュレが良い味を引き出します。

 次は、桜海老のスープです。今桜海老?と思ったのですが、少量獲れるようです。桜海老の味噌をスープにしているよう。

 次が又まろやかな味がとろけるアナゴと蛸サンショのバラ寿司です。これ美味いです。サンショがぴりりと効きます。すだれの上は季節物の山茶花です。

 次は私のお気に入りの湯葉です。これのさらっとして奥深い味が堪りません。ソースは蟹と蟹味噌。器の下に敷いている”塩”は、下のお皿が熱で割れないように敷いているのだとか。湯葉にふりかけてはいけません。

 次は屋号の揚げたてのてんぷらで写真のナスの他は、薩摩イモ、蓮根、カマスと続きます。

 次は、おうどん。細めんに卵味の出汁がマッチします。これもお気に入り。

 最終は、アイス。何と、ホウジ番茶味です。ちょっと他では味わえません。

 +1で”はったいこ”のまぶした”みたらし団子”(すみません食べた後のフォークですが)とハイビスカスとブルーベリーのハーブティです。

 あー、美味しかった。いつもサプライズの味わえる創作料理です。

 ■2)お店はこんな感じです。

 横に座っていた親戚のMさんが五重塔を木とかを自分で買ってきて作っているという話を聞きましたので、この後見させてもらいました。次回はその話をしてみます。
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隈研吾先生との集い ~ジェフリー・バワを敬愛される先生を囲んで~

2017-11-16 23:05:14 | 日記
 今日、知り合いの方にお誘い頂いて、隈研吾先生を囲む会に行ってきましたので、その話です。

 ■1)隈研吾先生について
 隈研吾先生と言えば、建築界では今や時の人で、少し前に話題になった、東京オリンピックの為の新国立競技場の設計者と言えば誰もがお判りになると思います。写真の真ん中でこちらを向いている女性の右に座っておられるのが先生です。

 先生は、’64年の東京オリンピックの代々木競技場を見て、建築家を志したとのことですので、東京オリンピックと縁があるんですね。実は、お年は当方とほぼ同年齢ですが、体格はご立派で185cm位はありました。東大工学部を出て、建築家になられたのですが、国内外の建築の賞を数多く受賞されており、慶応や東大の教授をされて、ご自分の設計事務所もされているスーパーマンのような方です。その忙しさの一端は、下記のようなエピソードでも判ります。
 最近と思いますが、次に設計する予定のスリランカのホテルの候補地を見に行った時のこと。先ずは、ブラジルから日本に帰国され、翌日スリランカへ飛んで候補地を見学して、翌日日本へ帰国して、直ぐにパリへ飛んだとのこと。いやはや、当方ならもたないと思います。

 ■2)会場と道中
 上の写真は、銀座プレイス 9Fのラウンジセイロンタイムという所です。新幹線でグリーンで行きました。

PCでWiFiを楽しもうと思っていました。グリーンならWiFi位はあるだろう思ったのですが、アクセスポイントが沢山あるのですが、フリーで入れるのがありません。JRの係員に聞いたら、予め無線LAN事業者への契約が必要とのこと。

あーそーなんだ。とがっくり。グリーン車ならフリーのWiFi位はサービスしても良いのでは?少し調べたら、もし契約して使っても、1人で2Mbpsではなく共有で2Mbpsですから複数人で使ったらなおさら遅くなる。新幹線のWifiは決して速くないのでパケット容量に余裕があるならWifiは諦めましょう~。 何て書いていました。余り期待できないですね。しょうがないので携帯の小さな画面でネットを見ていました。やはり競争が無いところに良いサービスはないのかも?

 ■3)神楽坂 『石かわ』 さんの料理
 今日のお楽しみは、もう一つありました。ミシュラン三つ星の名店 神楽坂 『石かわ』 さんからお弁当がケータリングされました。石川秀樹さん自身もお見えになっており最初挨拶されました。お品書きは、以下。

 中は、

 当方は、グルメではありませんが、黒毛和牛が出汁の沁みこんだ良いお味で美味しかったです。その他も勿論美味でした。かに寿司も薄味ですが柔らかな美味しさがあります。うなぎやウニも優しい味です。基本的には京風の薄味と感じました。シャンパンは、銘柄は忘れましたが、イタリアの良いやつだそうです。狭い空間への盛り付けにも、世界観というか、わびさび~おもてなしの心を、感じます。
 尚、■1)で紹介した次に設計する予定のスリランカのホテルにも、『石かわ』 さんが入るとのこと。

 ■4)隈先生のお話~ジェフリー・バワを基点として~
 先ずは、建築の歴史から。
 20世紀初めに起こったのは、工業社会の近代建築。これはコルビュジェとかミースに代表される、箱っぽい、単純で早く建てられる物。例えば、オフィスビル・工場・公団住宅・マンションのような物には好適。しかし、20世紀後半になると、それでは寂しい。もっと自然と一体となったような建築が良いと云う方向に変わってきた。これが、’70年万博の頃。曲面とか柔らかさを重視するようになった。
 その代表が、ジェフリー・バワ。彼はスリランカに生まれたことが、良かった。スリランカは、英国と関係が深く、また仏教国で気候も温暖。裕福な家に育ち、英国へ留学する。最初、建築を学ばなかったことが幸いした。建築教育の悪い面ー厳しくプレッシャーをかけるーという経験をせずに、大切なのは人間の生活であると言うことを知ってから、独学で建築を学んだことが、後に周囲を生かした、主張しない建築を生み出した元になった。隈先生は、これを”負ける建築”と呼んでおられる。最初は、理解されなかったが、切っ掛けはアマンホテル。バワからインスピレーションを受けた、エイドリアン・ゼッカは、アマンというリゾートホテルチェーンを創造した。アマンは、世界のホテルのあり方を変え、アマン革命と呼ばれる革命を成し遂げた。これは、’90年代よりリゾートホテルを変える動きとなった。バワ~アマンという流れは、ホテルのみならず住宅の作り方自体にも、また住宅の定義にも影響した。従来は、リゾートホテルとは、ヨーロッパの豪華な屋敷のイメージだったが、パワ~ゼッカは、バリ島の民家のスタイルを採った。これが価値観の転換となった。つまりパワは、英国とスリランカの良いとこ取りをしたのである。

 まあ、普段は聞くこともない建築の話も聞け、『石かわ』 さんのお弁当にも舌鼓を打って、至福のひとときを過ごせました。
 最後に、先生のサインも頂きました。右に写っているのが、ジェフリー・バワ。彼も大柄です。
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