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オーディオ彷徨録~JBL4331AからALTEC620A~

今までのオーディオの改良や音楽の遍歴に、今後の改善も紹介。いい音に繋がる方法を色々模索したことや、好きな音楽を紹介する。

フィニアス・ニューボーン・Jr ~ピアノ・ポートレイツ・バイ・フィニアス~

2017-07-28 19:41:47 | ジャズ
 今回は、ジャズピアノで若いころビル・エバンスより、キース・ジャレットより、アートテイタムより好きだったフィニアス・ニューボーン・Jrの ~ピアノ・ポートレイツ・バイ・フィニアス~についてです。彼にしてはテクを隠して、リラックスして弾いていますが、このソフィスティケーテッドな路線であと数枚残して欲しかったですね。

 ■1)アバウト、フィニアス・ニューボーン・Jr
 コアなジャズファンは知っていると思うのですが、フィニアス・ニューボーン・Jr について少し岡崎正通さんの表題アルバムのライナー・ノーツとウィッキペヂア(英語版)の力を借りて、■2)含め紹介します。
 フィニアス・ニューボーン・Jrは、1931年12月14日、テネシー州ホワイトビルに生まれた。ピアニストだった母親の手ほどきを受けてピアノを習い始め、ドラマーでバンドリーダ-でもあった父のバンドで初めてピアノを弾くことになったという。州立テネシー大学で音楽を学び、メンフィスのバンド、サンダース・キングなどに加わった後、50年にはライオネル・ハンプトンの楽団に参加、その後ウイリス・ジャクソンのコンボでも仕事をした。53年から軍隊に入り、除隊後はR&Bバンドを転々として、55年に自分のカルテットを結成、56年にニューヨークに進出した。ギタリストのカルヴィン・ニューボーンは弟で、音楽一家である。
 1960年3月16日、29歳のニュー・ボーンはセロニアス・モンクに代わって、ABC-TVシリーズの「春の夜の音楽」で「それはまあまあ」を演じた。フィニアスはその年ロサンゼルスに移り、コンテンポラリーレーベルのための一連のピアノトリオアルバムを録音した。しかし、いくつかの批評家は彼の演奏スタイルがやや容易である (rather facile)ことを発見し、彼はその結果として感情的な問題を引き起こし、ある期間カマリロ州精神病院への入院を余儀なくされた。彼はまた、彼のプレーを妨げる手の負傷に苦しんだ。
 フィニアスの後のキャリアは健康問題のため断続的でした。これは、1960年代半ばから1970年代半ばにかけて、彼が表に出なかったため過小評価されたことによる。彼は、1970年代後半と1980年代初頭に部分的にカムバックしたが、財政的な状況には効果がなかったようだ。フィニアスは1989年に肺の成長物の発見後に死亡し、メンフィス国立墓地に埋葬された。
  
 ■2)フィニアス・ニューボーン・Jrのピアニストとしての力量・印象・評価
 フィニアスは、始めその華麗なテクニックで人々を驚かせた。フィニアスのアイドルは彼自身によればバッド・パウエルだったと言うが、彼のプレイの中にパウエルの流れを汲むメロディアスなフレーズを認める一方、左手も最大限に用い、ピアノの機能を最大に生かしたプレイを行う中に、アート・テイタム(あのホロビッツもライブで聴きに来たという)の影響を認めないわけにはゆかない。その意味から、彼はオスカー・ピーターソンなどにも共通するテクニシャンということが言えよう。(3大ジャズピアノの超絶テクニシャンにテイタム・ピーターソン・フィニアスの3人を挙げる人が多い)つまり、彼は所謂パウエル系のモダンピアニスト、ケニー・ドリューやデューク・ジョーダン、ウイントン・ケリー、ソニー・クラークといった人達とは異なった面を持ったピアニストであり、両手をフルに駆使したピアニスティックな奏法、玉を転がすような速いパッセ-ジ、両手のオクターブ奏法による独特なユニゾン・ラインなどに、その特徴を見出すことができる。
 さて、彼は以上述べてきたようにテクニック面では卓越しているのであるがアドリブ・メロディやハーモニー感覚でも申し分のないものを持っている。”驚異的なインプロヴァイザ-であり、またハーモニーとリズム・センスの面でも充分に成熟したミュージシャン”と絶賛したラルフ・J・グリースンの言葉は、彼のテクニックがテクニックのためのテクニックではなく、豊かな音楽性と密着したものであることを物語っている。テクニックがあるとそれだけが先行してしまうミュージシャンが多いが、彼の場合はテクニックだけをひけらかすというようなことはなく、あくまでも表現に必要なだけのテクニックが用いられる。このアルバムで特に見受けられるテクニックを寧ろ抑制しているかのようなフィニアスのプレイは彼の表現力の高さを物語るものである。
 「フィニアスの全盛期には、3人の最も偉大なジャズピアニストのうちの1人でした。」と、音楽家でジャズ評論家でもあるレナード・フェザーは言った。
 オスカー・ピーターソンは、『私が年代順に、明解に私の後を追った最高のオールラウンドのピアニストを選ばなければならないならば、 ... 私は、フィニアス・ニューボーン, Jr.を挙げます。』と、言った。

 しかし、ネットでも色んな人が同様のコメントを残しているのですが、テクニックは超絶、スイング感も抜群、アドリブがカッコいい、パーカー・マイルスレベルの一部の天才にしか出来ない事ができる・・・つまりクリシェ(定番フレーズ)を感じさせない(これはフレーズの多彩さに加え、リズムに躍動感があるのもその理由か)という4拍子揃った天才にして、何故商業的には売れなかったのか?ということです。これは、ジャズの7不思議に入れてもおかしくない出来事と思います。不遇の天才といわれています。

 ■3)私の好きなフィニアスのアルバム
 これは、私が持っている12枚のアルバム以外にもあるし、どれが一番かなどとは言えない。好きな順番と言うわけではないが、やはり私はソニー・ロリンズでも名盤の誉れ高いサキソフォン・コロッサスより、若くてまだ恐れを知らない神が乗り移ったような24才位の作品(例えば、23、4歳の”モンク&ロリンズ”とか、24歳の”ムービン’アウト”とか25歳の”ワークタイム”)が好きなように、フィニアスは、SJゴールドディスクを受賞した”ハーレム・ブルース”やジャズピアニストの松本茜さんが恋したという”ア・ワールド・オブ・ピアノ”も勿論凄いのですが、”ピアノ・ポートレイツ・バイ・フィニアス”が、テクニックを敢て見せずに唄心たっぷりに弾いてくれるので今の所のお気に入りです。ルーレットに残した珠玉の宝石がもう一枚あり、”アイ・ラヴ・ア・ピアノ”ですが、力のいい具合に抜けたようなリラックスした上質な音楽をここでは聴かせてくれる。デビュー作の”ヒア・イズ・フィニアス”も若さゆえ少し気負っているところも含め大好きです。ルーレットの2枚は、さしずめトレーンで言えば、インパルスに残した珠玉の”バラーズ”と”エリントン&トレーン”に当たります。このアルバムのドラマーロイ・ヘインズのリーダーアルバム”ウィ・スリー”でも’58年に素晴らしいプレイを残しています。他のアルバムも凄い部分が一杯ありますので、後日紹介しますね。

 ■4)~ピアノ・ポートレイツ・バイ・フィニアス~
 LPのジャケットは以下です。

 如何にも、ピアニストのジャケットって感じしませんか?う~ん、カッコいい!前半に”岡崎正通氏の解説”を記載し、後半に私の感想を記載します。全曲お気に入りです。
 フィニアス・ニューボーン(ピアノ)
 ジョン・シモンズ(ベース)
 ロイ・ヘインズ(ドラムス)
 1959年6月17日、18日 ニューヨークで録音
 
 1. スター・アイズ 3:01
 ”ジーン・デ・ポールが’43年のMGM映画”アイ・ドゥード・レット”のために書いたナンバーで、故チャーリー・パーカーのフェイヴァリット・ナンバーのひとつでもあった。フィニアスはリラックスした雰囲気でメロディを綴っていくが、随所に並々ならぬ彼のテクニックを感じることができる。”

 リラックスしてGoodです。楽しそうに弾いていてご機嫌なフィニアス。テクを隠しても、隠しても裂け目から溢れ出ている、そんな感じ。このアルバムで一番好きかな。

2. ゴールデン・イヤリングス 3:24
 ”ジェイ・リヴィングストンとレイ・エヴァンスの作詞、ヴィクター・ヤングの作曲になるマイナー・キーの美しいメロディー。モダン・ジャズではなんといっても、黒人ピアニスト、レイ・ブライアントのトリオによる演奏が有名だ。ここではよりテンポを落して、バラード・スタイルの演奏になっているが、アドリブ部分はなく、ストレートにワン・コーラス、そしてもう一度ブリッジに戻ってあと半コーラスを弾いている。”

 哀愁を帯びたセンチなメロディ。これがフィニアス?と言う位しっとりしている。レイ・ブライアントのトリオのプレイに勝るとも劣らない。不要な飾りも排し、音数も少ない。マイルスの所で紹介したDUENDEの世界って感じなんです。

3. イッツ・オールライト・ウィズ・ミー 3:59
 ”コール・ポーターがミュージカル“カン・カン”のために書いた曲で、ジャズメンが好んでとりあげる曲。ソニー・ロリンズやアート・ファーマーとベニー・ゴルソンのジャズテットによる快演が残されているほか、ほとんどのヴォーカリストによっても歌われている名曲である。ロイ・ヘインズのラテン風なバックを伴ったテーマ提示につづいて、アップ・テンポによるフィニアスの、美しいアドリブがくりひろげられている。”

 超絶テクならもっと速く弾けるが、速さを抑えて一音一音を大切にしている。余り早いと情感が薄れる。洪水のように弾きまくるのはこの曲にはそぐわない。そんな彼の声が聞こえてきます。この曲は、ソニー・ロリンズのワークタイムのラスト曲で、私は超高速ブローに心酔していますが、フィニアスもどうして、良いではないですか!

4. 言い出しかねて  3:59
 ”バニー・ベリガンのテーマ・ソングとしても有名な曲。アイラ・ガーシュウィンとヴァーノン・デュークの作品だ。原メロディの美しさもさることながら、このような曲ではフィニアスのタッチの美しさが、ひときわ光っている。”

 ゆったりとした出だしで、変な飾りを排して、センスの良いアドリブを聴かせてくれる。スロー・バラードも煌めくような美しさがあるのがフィニアス。透き通った宝石を鏤めたというイメージ。

5. スイート・アンド・ラヴリー 3:36
 ”ハロルド・トビアス作詞、ガス・アーンハイム、ジェールス・ルメアー作曲の古いスタンダード・ナンバー。メヂアム・スロウ・テンポの演奏で、やはり原メロディーの美しさを、ストレートに生かしきった演奏だ。”

 リズムセクションに上手く乗って心地よいバラードを聴かせてくれる。そんなに崩してはいないが、さり気ないアドリブのセンス、隠れたテクは光る。ハイ・キーの使い方が、目映いばかり。しっとりとしたエンディング。

6. ジャスト・イン・タイム 2:27
 ”ベティ・カムデンとアドルフ・グリーンが作詞、ジュール・スタインが作曲したもので、56年のミュージカル“ベル・イズ・リンギング”のなかのナンバー。アップ・テンポの演奏で、ファッツ・ワーラーのようなスタイルを真似したり、ブレイク・リズムを用いたりして、華麗なフィニアスのテクニックが楽しめる演奏になっている。”

 これは、アップテンポの本来のフィニアス。超絶テク炸裂と言いたいところであるが、それでも少し抑えている。リラックスしてご機嫌にスイングしているフィニアスは、本当に素敵です。軽いノリで軽妙にアドリブしている。ドラムのスティックやシンバルの相槌も効果的。最後、繰り返しの後、コミカルにエンディング。憎いアレンジですね。

7. キャラヴァン 3:45
 ”デユーク・エリントンとファン・ティゾールの共作になるおなじみのナンバー。エキゾチックなこの曲を、フィニアスは見事に彼のスタイルのなかに消化しきっている。”

 スイング感満載のプレイでベースに乗ってサーフィンしているようにピアノを泳がせる。気合の入ったアドリブは変幻自在。ドラム・ベースとの息もぴったり。3人で会話しつつ、特にベースとは上手く会話している。突然のエンディングも粋。

8. フォー・オール・ウィ・ノウ 4:17
 ”カーペンターズのヒット曲に同名のものがあるあ、こちらはサム・M・ルイス~J・フレッド・クーツの古いナンバー。ナット・キング・コールの名唱でもよく知られるスタンダード・メロディを。フィニアスはしっとりとしたタッチで、やさしく歌いあげてゆく。”

 ゴージャスにリリシズムに溢れるアドリブをスローにつま弾く。ブリリアントリーそのもの。

9. フォー・レフト・ハンド・オンリー 4:08
 ”アルバム唯一のフィニアス・ニューボーンの作品。マイルスの“ヴァイアード・ブルース”に似たメロディを持っているが、タイトル通りフィニアスはこれを、左手だけで弾いてみせる。メディアム・スロウのむずかしいテンポだが、フィニアスはグルーヴィな雰囲気をよく出しており、彼の豊かなテクニックを物語る一作になっている。”

 三位一体となったプレイ。スインギーでブルージーなアドリブ。静かなエンディングも良いです。

10. チェルシー・ブリッジ 3:45
 ”ビリー・ストレイホーンが41年に書いた曲で、キャラヴァンと並んでやはりエリントンの代表的なナンバー。原曲のレイジーなムードを失うことなく、キラリと光るものを感じさせてくれるフィニアスのプレイが見事だ。”  

 ブルージーなゆっくりとしたテーマよりスタート。ゴージャスで宝石を散りばめたようなハイキーのフレーズ。リラックスしたフィニアスの紡ぎだすメロディは本当に美しいと思う。

 ■5)共演者について

 ジョン・シモンズ(ベース)
 ’18年生まれで、スイング~モダンまで幅広いレパートリーをこなす優れたベーシスト。
 ロイ・ヘインズ(ドラムス)
 ’28 年生まれで、’40年代は、レスター・ヤングやバードとプレイし、’50年代はサラ・ボーンのレギュラードラマーを務め、その後セロニアス・モンクのカルテットに参加した。その他、ジャズジャイアンツ(トレーン・マイルス・エリック・ドルフィ-・チック・コリア等)との共演は多数。彼の趣味のよいバッキングは、このアルバムにはうってつけである。尚、彼は’58年暮に自身のトリオでフィニアスを迎えて”ウィ・スリー”という名盤をプレスティッジに残している。

 ■6)録音について
 ’59年としては、良い方と思うが、ピアノに焦点が行き過ぎて、ドラム・シンバルのマイクヴォリュームが小さすぎるような気がする。

 ■6)YOU TUBE
 フル・アルバムが現在は上がっています。YOU TUBEのタイトルの最後は1958年になっていますが、1959年の間違いと思います。
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デイブ・ブルーベック・カルテット~タイム・アウト~

2017-05-03 22:40:59 | ジャズ
 今回は、デイブ・ブルーベック・カルテットのタイム・アウトの話です。この中の”Take Five”は、余りにもポピュラーで、ジャズファンでない一般の方でも知っているような曲ですので、敢えて紹介することもないかもですが、ライナー・ノーツによると、”ジャズを聴いてみようという人にとっては、通過儀礼のような一度は通らなくてはならないアルバムが本作なのだ”とあるので、取り上げて見ます。

 ■1)アバウト デイブ・ブルーベック
 先ずは、ウィッキペディアから紹介。
 ”デイヴ・ブルーベック(Dave Brubeck、:David Warren Brubeck、1920年12月6日 - 2012年12月5日)はカリフォルニア州コンコード出身のピアニスト。ウェストコースト・ジャズの代表的なピアニストとして知られる。
 母親から受けたクラシックのトレーニングの跡と即興のテクニックが特徴。ダリウス・ミヨーに師事していた時期もある。また彼の作品では4分の5拍子など、ユニークな拍子を持ったものが多い。長年のパートナーにアルト・サックス奏者のポール・デスモンドがおり、彼作曲の"Take Five"(’59年Time Out収録)が代表曲となる。
奇しくも誕生日前日である2012年12月5日に、コネチカット州ノーウォークの病院で死去[1]。91歳没。”

 これに続いて、ウィッキペディアにはディスコグラフィーがありましが、123アルバムも残しています。彼のポイントは、特徴として、実験的ジャズの中でも最も有名で変拍子を上手く使うということと、同じ白人のポール・デスモンドとは馬が合ってコンビを長年組んだということと、クラシックの音楽をベースにしたアドリブが上手かったということです。ウェストコースト・ジャズの代表的なジャズマンとしては、やはり同じ白人でアレンジャーのジェリー・マリガンが思い浮かびますが、その”ナイトライツ”も大好きですが、ブルーベックの”タイム・アウト”もいいですね。

 ■2)デイブ・ブルーベック カルテット
 アルト(As)のポール・デスモンド。ブルーベックより4歳年下で’40年代終わりに知り合って’50年にブルーベックのトリオに迎えられ、デイブ・ブルーバック・カルテットが誕生し、67年の解散まで一緒に活動し連れ合いのようなものだった。流麗で丸い音が特徴のデスモンドのAsであるが、彼は”タイム・アウト”の作曲者である位で、優れた作曲者でもある。’56年にドラムス(Ds)にジョー・モレノを起用したことも、変拍子ジャズには大いに貢献した。モレノは、’28年生まれで、視力が弱かったが聴覚とリズム感に優れており、独学でDsをマスター。’52年にNYに出てからは、スタン・ケントン楽団等を渡り歩いて、’56年にブルーベック・カルテットに入ってからは、’67年までカルテットに留まった。彼がいたからこそ、”タイム・アウト”でも、その正確なドラミングとしなやかなエモーションに支えられてブルーベックやデスモンドが自在にプレー出来たと言われている。ダウンビート誌で’62年~64年までポールウイナー。ベース(b)のジーン・ライトは、’23年シカゴ生まれ、’58年にカルテットに迎え入れられてからは、’67年まで、イブシ銀のようなプレイを見せた。タイム・アウトは、この4人の顔が揃い、息が合い始めた頃の作品であり、だからその若々しさが音楽の隅々から感じられる。クラシックも習得し若いから実験的なことにも果敢にトライ出来たんですね。

 ■3)~タイム・アウト~’59年6月~8月録音 パーソネルは、上記■2)参照。
 私の持っているLPとCDを下記。ジャケットデザインが抽象画でピカソ的ですね。

 アマゾンのキャッチコピーで紹介。
 ”ジャンルを超えて親しまれる永遠の名曲「テイク・ファイヴ」、プログレッシヴ・ロックにもヒントを与えた「トルコ風ブルー・ ロンド」をフィーチャーしたジャズ界屈指のベスト・セラー・アルバム(全米ヒット・チャートで最高2位を記録)。めくるめく変拍子とポップなメロディ・ラインが心憎いほど見事に調和した、ブルーベック・カルテットの黄金時代を象徴する大傑作。ポール・デスモンドのサックスも、こよなく美しい。”

 「トルコ風ブルー・ ロンド」は、ロックにも影響を与えたんだ。実験的ジャズの中でも最も著名というだけあって、色々影響していたんですね。また、全米ヒット・チャートで最高2位を記録したということで当時の人気がうかがえます。また、前も言っていますが、ハードバップ全盛期’57年~59年にクール系ですがこのアルバムも録音されています。

 ■4)タイム・アウトの各曲
 何と言っても、3曲目の”Take Five”が有名ですが、私は2曲目の”ストレンジ・メドウ・ラーク”の、ピアノとアルトの美しい詩情の交換を聴くのと、3曲目の”Take Five ”の緊張感溢れるドラミングを体感するのが楽しみです。

(Take Five のみデスモンドで、他はブルーベックのオリジナル)

1 Blue Rondo A La Turk = トルコ風ブルー・ロンド    9/8拍子(時々4ビートに)
 9/8拍子のスリリングなイントロ後は、アルトのリードでテーマを回していくが、ピアノに変わって再度アルトのテーマに。時々、途中に4拍子が挟まれるスリリングな展開。4ビートのリラックスしたパートと9/8拍子の緊張したムードの対比が面白い。私は、4ビートの方が落ち着いて聴けるので好きですが。
 
2 Strange Meadow Lark = ストレンジ・メドウ・ラーク    4ビート
 このLPの中で一番お気に入り。ピアノの華麗なイントロでスタートし、ソロピアノ?と勘違いさせる程、ピアノの美しいメロディが続き、2分過ぎからアルトがテーマをとってミディアムテンポの優しいトーンのアーバンなアドリブを聴かせる。ソロがピアノに変わって、これも抑制の効いたアドリブをリラックスして楽しんでエンディングに。ブルーベックと、デスモンドの詩情が軽快に交換される。

3 Take Five = テイク・ファイヴ          5/4拍子
 ドラムスとピアノをバックにアルトがお馴染みのメロディでイントロをスタート。アルトのテーマを少し聴いてから、ピアノリズムで、ドラムスのソロが、スネアーとバスドラを上手く組み合わせて、しばし叩くが、これが素晴らしい緊張感溢れる聴き所で私はモレノのドラミングも聴きたくてこのアルバムを聴きます。アルトに戻ってエンディング。

4 Three To Get Ready = スリー・トゥ・ゲット・レディ    3拍子
 4、5曲目もキュートなワルツ。ソロは、アルトからピアノへ。静かな上品なワルツである。最後は、アルトがピアノと掛け合ってエンディング。
 
5 Kathy's Waltz = キャシーズ・ワルツ          3拍子
 ピアノのスローなイントロ。4曲目よりは、少し快活で、ソロはアルトからで、テイク・ファイヴでのようなリラックスしたアドリブを聴かせ、ピアノに変わってこれもスイングするメロディをしばし奏してエンディング。

6 Everybody's Jumpin' = エブリボディ・ジャンピン    6/4拍子
 アルトより始り、ピアノとの掛け合いを経て、アルトのソロをしばし楽しむ。ミディアムテンポの軽快なアドリブを聴いて、ソロ回しが、ピアノ~ドラムス~アルトと回って、最後はピアノでエンディング。
 
7 Pick Up Sticks = ピック・アップ・スティックス      6/4拍子
 ピアノのイントロからテーマへ。次は、アルトのミディアムテンポのテーマから、ピアノへ移って、フェードアウト。

 ■5)その他のデイブ・ブルーベック カルテットの作品
 この”タイム・アウト”では、ウェストコースト・ジャズのクール系で纏めていますが、”デイブ・ブルーベック カルテット アット カーネギーホール”という1963年2月のアルバムでは、熱いジャズを聴かせてくれますので、ギャップに驚きます。この、NYライブでも判りますが、当時の人気は凄かったということです。YOU TUBEにも上がっています。
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ソニー・クラーク ~クール・ストラッティン~

2017-05-01 00:22:40 | ジャズ
 今回は、ソニー・クラークの”クール・ストラッティン”の話です。

 ■1)アバウト ソニー・クラーク
 先ずは、ウィッキペディアから、ソニー・クラークの紹介です。
 ”ソニー・クラーク(Sonny Clark、1931年7月21日-1963年1月13日)は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州出身のジャズ・ピアニスト。主にブルーノートから作品を発表した。
 4歳でピアノを始める。ハイスクール時代には、ピアノの他にヴィブラフォンも演奏していた。1951年には西海岸を拠点に音楽活動を開始。1954年1月、ビリー・ホリデイのケルン公演に参加。
1957年、ニューヨークに移りソニー・ロリンズと共演。同時期にブルーノートと契約し、いわゆる「1500番台」のシリーズから、何枚かのリーダー・アルバムを発表。代表作として挙げられるのは、ジャッキー・マクリーン(as)やポール・チェンバース(b)等が参加した『クール・ストラッティン』(1958年)。とりわけ日本で人気が高く、ジャズ喫茶で頻繁に流された。しかし、本国アメリカではヒットに結びつかず、ブルーノートの創設者アルフレッド・ライオンは、日本から本作の注文が殺到したことを不思議に思ったという。
ソニーはサイドマンとしても重宝され、リー・モーガンの『キャンディ』やデクスター・ゴードンの『ゴー!』等、多数のアルバムに参加した。
1963年1月13日、ヘロインの過剰摂取により31歳で亡くなる。”

 上記のように、1/25にアップしたリー・モーガンの”キャンディ”に参加していましたね。また2/7にアップしたブラウニーの所でも紹介したように、ジャズマンのトランぺッターには、夭折した人が多いですが、ピアニストにも居たと言うのが、ソニーです。3/11にアップしたカーティス・フラーのブルースエットの最後でも”57年から59年は、ハードバップのスター達が色んな相関関係を持って、新たな60年代に向かって進化をし始めた躍動的な時代”と言いましたがこのLPもその最中の58年に誕生しました。しかし、彼は、63年1月に亡くなっているので志半ばというところですね。【合掌】

 ■2)私の持っているソニー・クラークの作品
 私の好きな、ソニー・クラークのLPは、下記です。

 ”クール・ストラッティン”が右ですが、いかにも”イカシタおスマシ歩き”のキャリアウーマンが歩いているお洒落な写真です。タイトル文字も闊歩してます。左は、ソニー・クラークトリオというLPでSJのゴールドディスクです。こちらは、イタリア人のミノ・チェレッティという画家の絵ですが、少しグロテスクなピアニストです。彼の亡くなる3年前の作品ですが、死を予言するかの絵です。両方共大学のセブンレコードで買ったので約40年前です。

 ■3)ソニー・クラークの”クール・ストラッティン” (1958年1月5日録音)
 如何にも日本人好みなんですね、国内盤ブルーノートの中で一番売れている作品だそうです。アマゾンのキャッチコピーを参照して紹介。
 ”迸るファンキー・ジャズのエッセンス。ジャズ史上空前の大ヒット・アルバム。
《アーティスト》ソニー・クラーク(p)、 アート・ファーマー(tp)、ジャッキー・マクリーン(as)、ポール・チェンバース(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)、ベースとドラムスは、マイルスのザ・リズムセクションですね。
 スリット入りのタイト・スカートを履いたキャリア・ウーマンらしき女性がさっそうとマンハッタンを闊歩しているジャケットもカッコいいが、演奏もこれまた最高にカッコいい。ジャズに限らず音楽には、その時代の空気を真空パックして後世に伝えるタイム・カプセル的効用があるが、1958年録音の本作を聴くと、即座にあの時代にタイム・スリップできる。なにしろこのアルバムには、これぞハード・バップ、これぞファンキー・ジャズといった空気が充満しているのだ。
 なにがいいといって、まずソニー・クラークのオリジナルが泣かせる。覚えやすいメロディのタイトル曲で聴く者の心をぐっとつかみ、マイナー・ムードの<2>でダメ押し。この2段攻撃はすこぶる強力で、あっという間にその世界に引き込まれてしまう。アート・ファーマー&ジャッキー・マクリーンをフロントとする2管クインテットは、ハード・バップ時代の王道といえる編成。そして、そのマクリーンの泣きのアルトが情感たっぷりで、これまた素晴らしい。(市川正二) ”

 ■4)”クール・ストラッティン”の各曲 …4曲とも素晴らしいので、捨て曲は無いです。

1. クール・ストラッティン (ソニー・クラークのオリジナル)
 2管のスローなキャットウオークチックなテーマが流れた後、ピアノソロになるが、淡々としているが上品なアドリブセンスが光る。次に、ファーマーのソロになるが、ブルージーなアドリブは粋なアーバンアトモスフィア。ともすれば、パラパラになりやすいがここでのファーマーは58年のハードバップの真っ最中の熱気を感じる。続くは、マクリーン。彼も同じくリラックスした中にも余裕綽々のアドリブを聴かせてくれる。ここで、ソニーのご機嫌なアドリブが戻ってくるが、前半のより少しエモ-ショナルさを増したファンキーなアドリブになっている。そして、チェンバース、これはお約束のいぶし銀プレイ。弓から指のベースで、最後は2管のテーマに戻りオーソドックスな王道のエンディング。

2. ブルー・マイナー (ソニー・クラークのオリジナル)
 この曲がこのLPで一番好きです。これぞ、ハードバップの名演。2管のアンサンブルでファーマー主導のイントロがスタート。先ずはマクリーンのソロになるが、彼のリーダーアルバムより乗っているのではないかという位のソウルフルな所謂泣きのマクリーンを聴かせてくれる。次は、ファーマーでこれも抒情的な陰映に富んだアドリブを聴かせる。更にクラークのソロ、ファンキーでスイングするアドリブを聴いてから、チェンバースの堅実な指のベースを聴いて、2管のテーマに戻り、最後はピアノで粋なエンディング。

3. シッピン・アット・ベルズ
 曲調がスクラップルフロムジアップルに似てませんか?ドラムスの後2管のアンサンブルでイントロがスタート。直ぐに、ピアノでのミディアムテンポのスインギーなアドリブになる。続くは、マクリーンの軽快なアドリブ、ご機嫌なテンポで止めどなく乗りに乗ったアイデアを披露。それに続くファーマーも同じく軽快だ。アドリブアイデアも多彩で流麗。ここから短いソロ回しを、チェンバース(弓⇒指)~マクリーン~ファーマー~クラークと交換して、最後は2管のテーマに戻ってエンディング。

4. ディープ・ナイト
 ブルー・マイナーの次に好きな曲。ピアノのイントロでソロもクラークから。これもスインギー。ミディアムテンポのアーバンな雰囲気。そっから、ファーマーの陰映を帯びた華麗なアドリブへ。同様、マクリーンも影のあるシャープでエモ-ショナルなアドリブ。続いて、クラークのアドリブに戻って、これまたスインギーで乗り乗り。ドラムのソロも途中で入って、ピアノに戻ってエンディング。

 ■5)ソニー・クラークトリオ
 もう一枚のソニー・クラークトリオも、これは全曲オリジナルで固めていますので、彼の作曲の才能も楽しめて、私は、8曲目の”ソニア”と、7曲目の”マイ・コンセプション”がお気に入りです。又、ローチ(稀にチェンバースとの)との4バースもお約束ですが楽しめます。尚、”マイ・コンセプション”は、ソロピアノなので彼の音楽に対する考え方を偲べます。別のソニー・クラークトリオでは、彼のスタンダード曲が楽しめます。

PS.普段は、CDで聴いていますが、+2が欲しいです。
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LAフォア ”家路”

2017-04-13 15:55:30 | ジャズ
 今回は、LAフォア(4)の”家路”についてお話します。

 ■1)アバウト LAフォア
 LAフォアは、’74年に、まるでそれまでのモダンジャズカルテットと入れ替わるようにウエストコーストの4人のスター・ジャズメンによって結成されたグループです。アルト・サックスのバド・シャンクは、そのクール&インテリジェント&優しいブロウ・スタイルで、チェット・ベイカーやジェリー・マリガンとともにウェストコースト・ジャズの全盛期を彩ったスター・プレイヤー。またドラムスのシェリー・マンも、モダン・ジャズの黎明期から多くのセッションに参加し、繊細さと大胆さを併せ持ったパフォーマンスで白人ジャズマンの地位向上に大きく貢献した大立て者です。そしてベースのレイ・ブラウンは東西海岸を股にかけその名をとどろかせた斯界の第一人者。ソフトで堅実でありながら懐の深い彼のプレイは、まさにジャズ・ベース最良のモデルといってもいいでしょう。
そもそもL.A.フォア結成のきっかけは、ギタリスト、ローリンド・アルメイダとアルトサックスのバド・シャンクが50年代に組んでいた双頭グループのアルメイダ・カルテットのリユニオンだったのですが、そういう事情を差し引いても、アルメイダのこのユニットにおける音楽的ウェイトの重さは計り知れません。ブラジル・サンパウロ出身ならではのサンバで育った感性の躍動とサウダージ。カンファタブルなスイング感とハーモニー・ワーク。リスナー・フレンドリーな音楽性。……知名度という点では先の3人に一歩譲るアルメイダですが、もし彼がいなかったらL.A.フォアがこれほどのオリジナリティを発揮することはなかったでしょう。54年に既に”ローリンド・アルメイダ・カルテット”というLPをリリースして、ジャズとブラジル音楽の融合を、ボサノバが58年にジョビン&ジルベルトコンビがリリーズする4年も前にやってのけているのです。
 では、そんな4人が集まって生み出されるのはどういう音楽か。一言でいうなら、それは、「エレガントなサンバ・テイストを伴った室内楽的ジャズ」ということになるでしょう。普通、カルテットはピアノがあるがそれがLAフォアでは、ギターになっているので、非常に軽やかなサウンドになっている。それに加え、ウェストコースト・ジャズの持ち味であるクールな趣味の良いアレンジと、洗練の極みともいうべきインタープレイから成るその音楽は、あるいはジャズに崇高な精神性やエモーションの発露、濃厚なブルース・フィーリングを求める人には物足りなく感じられるかもしれません。だからベストセラーではなかった。しかしだからといってL.A.フォアのジャズが音楽的な野心や誠実さに欠けるわけではまったくなく、それどころか、意匠を凝らし、技術の粋を尽くしながら、誰もが楽しめるジャズを作り出そうとするその態度には、オールスター・グループには珍しい位の真摯ささえ感じられます。
 ドラムスは、創設時は、チェック・フローレンスで、間もなく、彼は抜けて、シェリー・マンに変わった。4名には、夫々の役割があり、アルメイダは譜面管理、シャンクは会計、ブラウンはマネージャー、マンは、パブリシティを担当。77年後半には、マンに変わり、ジェフ・ハミルトンがドラムスになった。”家路”は、シェリーマンによる最後の作品になった。

 ■2)LAフォア は、ロサンゼルスフォーなのか?命名の由縁は?

 この質問を、70年代後半のコンコードジャズフェスティバル中に、アルメイダにインタビューで日本人が質問したのをFM放送でオンエアーしていた(勿論テープに残っています)。その時の彼の説明は、こうだ。”1952年からアルメイダ・カルテットをシャンクらと結成した。その後、ビッグな2人(この2人は、ロリンズの名作”ウエイ・アウト・ウエスト”のベースとドラムス)が入ってきたので、その頃からはその名は、(ビッグネームの2人に気を使って)使いたくなくなった。LAは、単にロサンゼルスの事ではない全てのものに匹敵する。”(真実は何なのか?と問われて)”真実は、受け止められる方の思うように受け取ればいい。”  とのことで、英語で聞いてみても、判ったような判らないような禅問答の答えでした。普通、LAは、ロス以外ではないでしょうとは思うのですが、彼は何が言いたかったのでしょうか?”LAは当たり前だろう”というのを婉曲に言った?・・いや、きっと、ローリンド・アルメイダ・4と揶揄されていることを知っているので、”その話を私に言わすの?”と暗に言いたかったのでしょう。

 ■3)LAフォア ”家路” イースト・ウインドレーベル ’77年9月29、30日LAにて録音

 これを初めて聴いたのは、確かジェットストリームだったうように記憶している。(ひょっとしたら、NHKのFMだったのか、確かテープに録音したはずだが、無くなっている)5曲目の”恋の料理法”が、アルメイダのオリジナルだが、これにノックアウトされた。何と粋なスイングする曲なんだと直ぐにLPを買い求めた。でも引越しなのか何なのか原因は判らないが無くなってしまった。このLPと同時に”亡き王女のパヴァーヌ”も買ってSonyのDUADテープにバックアップで録音したものは、残っているが、LPは両方なくなって、最近CDで買いなおした。下記写真で下の左が、”家路”右が、”亡き王女のパバーヌ”です。上の真ん中のテープが、この2枚のLPのバックアップテープ。

この2枚のCDのレーベルは1975年にスタートした日本が世界に誇るジャズ・レーベル、イースト・ウィンド。従って、日本人が選曲しており、”家路”は、プロデューサーの伊藤潔、伊藤八十八両氏で、そこに愛のロマンスと恋の料理法がアルメイダにより追加された。アレンジは、全てアルメイダが担当。一聴すれば、”スコアに書かれた”部分が多い事に気付かれると思う。実際に、2曲目、3曲目の出る前には、譜面をめくるような音が入っている。

 ■4)家路の各曲
 ①家路
 スローテンポのフルートがギターの伴奏でテーマを奏でる前半と、後半のアップテンポのアルトサックスの妙をお楽しみください。どちらも上品なアドリブで、全員のハーモニーの一体感を感じられます。
 ②朝日のようにさわやかに
 フルートの緊張感に満ちたイントロが流れる。おやっと思っていると、シェリーマンのドラムスが絡んできて、暫しのイントロを楽しんだ後にあの御馴染のテーマが来る。少しじらされているなと言うフィーリングを楽しむ。しかし、その後のフルートの軽やかなスイングするテーマが心地よいので、しばしそれによ酔って下さい。
 ③グリーンスリーブス
 フルートのイントロとベースの寄り添い、暫しの沈黙の後ギターによるテーマがミディアムテンポで流れる。それが、ボッサテイストで、続くフルート~ベースも同じテイストでアドリブを軽やかに流す。そして、フルートに戻って荘厳なエンディングに。
 ④昔はよかったな
 ドラムのイントロの後、アルトによるテーマからスタート。御馴染のテーマをシャンクがのどかにアドリブしていく。後半は、ドラムスとの4バースもお約束のごとくやってくれてエンディングに。
 ⑤恋の料理法 (RECIPE OF LOVE アルメイダのオリジナル)
 これが一番のお気に入りです。百回以上聴いています。最初のベースとトライアングルとの掛け合いのイントロもアレンジが粋。その後のフルートのテーマも軽快でスイング感満載。随所にトライアングルがいいスパイスを与える。そこで、アルメイダがボッサの香りを漂わせミディアムファーストのグルーブ感一杯のアドリブをフレージングする。続くは、ブラウン、これも軽やかなプレイだ。フルートが戻ってきてボッサの香りのスイング感溢れるアドリブを繰り出す。この世界観というか、ハーモ二ーは何たる世界、他の曲とは一線を画す境地を見出している。最後は、またベースとトライアングルとフルートとドラムスが交互に現れる。このアレンジが粋、参りました。最後のジャーンというトライアングルの連打のような楽器(これは何?)でエンディング。
 ⑥愛のロマンス
 ギターの名曲をアルメイダが美しくソロで弾きます。これを聴くと、ナルシソ・イエぺスを思い出します。
 ⑦ジャンゴ
 ベースのイントロが荘厳にしめやかにスローで流れ、それに呼応するようにギターがテーマを続ける。これも華麗で流れるよう。その後、ベースソロに移るが、これも上品なテイストに溢れるスイングするベースを聴かせる。すると、ベースに先導されたフルートが、粋なテーマを颯爽とアドリブする。それから一瞬のギターの絡みを経てフルートが続けてから、エンディングに入る。荘厳な低音のチェロをバックにフルートが鈴?の音を交えた後、荘厳に終わる。これが⑤の次にお気に入りです。

 ■5)その他のLAフォアのアルバム
 先にお話したように、”亡き王女のパバーヌ”も同様素晴らしいです。両アルバム共にYOU TUBEに上がっています。こちらも、クラシック1曲+ボッサの香りのジャズ6曲と”家路”と似た構成です。クラシックのジャズアレンジは”家路”は、前半スロー、後半アップテンポでしたが、”亡き王女のパバーヌ”は、最初アップテンポなフルートで始まって、後半は、スローなギターとなるので構成としては逆ですね。まあ、その後は、また速いパッセージのフルートで〆るのですが。”亡き王女のパバーヌ”の残り6曲は、ボッサの香りが、”家路”のものより強いので、ボサノバ好きには、こちらが合っているかもです。上の写真の右上のテープA面は、LAフォアの”ジャスト・フレンズ”で、B面は、”LAフォアの”79年モントルージャズ・フェスティバル”のエアーチェック分です。左上のテープは、A面が、マッコイ・タイナーの”THE GREETING”で、B面がLAフォアの”ウオッチ・ホワット・ハプンズ”です。
 ”ジャスト・フレンズ”は、表題曲が、ボッサのテイストが効いて良いです。ギター~アルトが、軽快でクールなアドリブを展開。
 ”79年モントルージャズ・フェスティバル”は、”HAMMERTONES”(ジェフ・ハミルトンのオリジナル)のフルートが聴き所で、軽快にスイングするベースソロもソフトだが乗りは抜群。
 ”ウオッチ・ホワット・ハプンズ”は、”サマータイム”が良いです。フルートとギターのカノン風イントロは、正にボッサです。軽快そのもの。これぞ、アルメイダサウンド。フルートが秀逸でギターがそれを上手くサポートしています。

 ■6)”ローリンド・アルメイダ・カルテット”というLPのリリース年は、54年?
 ネットのCDジャーナルでは、”サンパウロ出身のギタリスト、アルメイダがバド・シャンクを加えたグループでブラジル・ナンバーを演奏した54年作品。ボサ・ノヴァ以前に行なわれたジャズとブラジルの融合は画期的だった。”ということで、54年になっている。しかし、”亡き王女のパバーヌ”のライナーノーツでは、”53年のパシフィック・ジャズ盤ローリンド・アルメイダ・カルテット(別名:ブラジリアンス)”となっている。どちらが正しいのか、お知りの方おられたら教えて下さい。


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ギュンター・ノリス ~別れの曲/クラシック・リラックス~

2017-04-05 15:57:35 | ジャズ
 今回は、少し珍しいかと思い、ギュンター・ノリス ~別れの曲/クラシック・リラックス~の話をします。これを初めて聴いたのは、大学生の時、午前零時から始まったFM大阪の、”ジェットストリーム”という番組でした。城達也さんが司会をしていたあの優しいナレーションに癒されたのを思い出します。そこで、これがかかって、そのサウンドの斬新さにビックリ!し、特に4曲目のイタリア奇想曲にノックアウトされました。
先ずは、ギュンター・ノリス の紹介から。
 ■1)アバウト ギュンター・ノリス (Gunter Noris、又はGünter Noris、Günter M. Noris、Günter Maier)
 ギュンター・ノリスは、1935年6月5日(ふたご座)生まれ。ジャズピアノの名手で作曲家でもあり、ドイツポピュラー音楽界のスターだった人で1965年~80年ごろ全盛期だったと思います。そのサウンドの厚みには、感服しました。1980年頃は、ギュンター・ノリスの曲が、どこのダンス競技会へ行っても掛かりましたという位ダンス音楽界では知られていたようです。彼は、バイエルン国立音楽院のレオンハルト教授のマスタークラスで学んだピアニスト。ベルリンのアメリカ地区放送局(RIAS)のダンス音楽やウエルナー・ミューラー楽団のピアニストとして活躍すると共に、自分のトリオを持ってモダン・ジャズを演奏し高い人気を博した。オスカー・ピーターソンと、ビル・エバンスをアイドルとしていたということで、誠に趣味の良い、上質なアイデア豊かなアドリブを聴かせてくれます。ウエルナー・ミューラー楽団の来日公演で、1966年と68年に来日もしています。2007年11月7日(享年72歳)没。合掌。

 ■2) ギュンター・ノリス・トリオ(本アルバムでも参加)
 ベースのジャン・ワルランとドラムスのハインツ・ニューマイヤーは、前の作品の”モーツアルトモダン”でも好演したノリスの僚友で、ワルランはベルギーのブリュッセル生まれ。ベルギー国立音楽学校に学んだヨーロッパのベーシストの代表格の一人。サッチモや、エリントンのヨーロッパ公演にも参加し、長い間レディケ5重奏団で活躍した。ハインツ・ニューマイヤーは、ベルリン国立歌劇場の打楽器奏者でしたが、モダンジャズドラマーの始祖ケニークラークを知って、ジャズ界に入りました。

 ■3)ハンス・ゲオルグ・アルルト・ストリングス
 別れの曲/クラシック・リラックスで共演しているが、ハンス・ゲオルグ・アルルトは、ベルリン音楽学校で、マックス・シュトラウベにヴァイオリンを学び、1946年からベルリンの放送局でヴァイオリン奏者兼指揮者として活躍。その後、RIASのダンス楽団を指揮し、1958年に自分のオケを組織し、洗練された演奏で有名になった。

 ■4)ギュンター・ノリス ~別れの曲/クラシック・リラックス~キングレコード発売GXH1004(ロンドンレコード)
 これは、ドイツポピュラー音楽界の2大スター、ジャズピアノの名手ギュンター・ノリスのトリオとムード音楽の指揮者ハンス・ゲオルグ・アルルトとの共演による大変楽しいクラシック名曲アルバムです。
 ジャズによるクラシックの名演といいますと、仏のジャック・ルーシュによる”プレイ・バッハ”とか、スイスのピアニストのジョルジュ・グルンツのバロックのジャズ化とかオイゲン・キケロの一連のアルバムとかが浮かぶと思いますが、ギュンター・ノリスもそれらに勝るとも劣らないくらい良いアルバムを出しています。その系統で、先ず上記”モーツアルトモダン”を第一作として出し、2作目に出したのが、この”別れの曲”です。昭和44年3月に一度日本で発売されて、好評を得たものです。この作品では、馴染深い数人の大作曲家のポピュラーな名曲を取り上げ、前作のトリオ演奏での手法を変え、アルルト指揮のストリングスとの共演によりぐっとリラックスしたポップ・ジャズ、或いは、イージー・リスニング・ジャズとしての表現に素晴らしい魅力を発しています。ソニー・ロリンズで言えば、”サキソフォン・コロッサス”に相当すると言えば、ジャズファンは聴かずとも判って頂けると思います。編曲もノリスです。これがCDになっていないのは、極めて残念です。あれば、即買いますが、待っていられないので、LPからPCでMP3にその内落とします。とにかく、演奏している本人が楽しくて堪らないという感じで弾きまくっています。

 ■5)別れの曲の各曲
 LPのジャケット写真を載せます。



 ①別れの曲 フレデリック・ショパン
 言わずと知れた、ショパンの名曲です。ピアノのための”12の練習曲”(作品10)の第三番目ホ長調が原曲で1833年出版。ショパン自身が、このような美しいメロディーは、生涯に書いたことがないと語ったと言うことですが、生前に語った言葉としては少し変ですね。別れの曲というのは、1934年に、ジャン・セルヴェ主演で、ショパンの青春を綴った映画”別れの曲”のテーマとなって以来、この曲のタイトルとなった。演奏は、オケとピアノでロマンティックにテーマを唄ってスタート。それからロック(8)ビートに変わり、ピアノソロがスイングし出す。ストリングスとピアノがメロディーを交換しながら進行していく面白さが堪らない。

 ②アルルの女 より前奏曲 ジョルジュ・ビゼー
 ビゼーの人気組曲”アルルの女”から前奏曲です。この組曲は、仏の文豪アルフォンス・ドーデーの戯曲”アルルの女”の劇中音楽として1872年に作曲したものから纏めたもので、第一組曲に収められた前奏曲にはには、古いプロヴァンス地方のクリスマス民謡”三人の王の行進”が使われていることもおなじみです。ノリスは、マーチ風の”三人の王”のメロディをストレートに奏し、ストリングスとのリピートを経てアップテンポの華やかなスインギーなアドリブに入る。

 ③シューベルトのセレナード フランツ・シューベルト
 シューベルトは、1828年に亡くなりましたが、この年にシュターブの詩によって作曲したもので、この年に作られた他の13曲と共に翌年”白鳥の歌”と題する歌曲集に収められて出版されました。英語詩によるポピュラーソングも作られています。どうかすると、耳に慣れすぎたと言われるかもですが、ノリスは意表をついた仕上げをしています。テイク5のイントロにおやっとおもったら、この曲を4分の5拍子のジャズにアレンジしています。快いユーモアを感じられる見事なアレンジぶりで、ウキウキと弾むスイングの楽しいこと請け合いです。

 ④イタリア奇想曲 チャイコフスキー
 チャイコフスキーが1879年末から弟のデモストと行ったイタリア旅行が刺激となって作曲されたオーケストラ曲で彼が耳にしたイタリアの民謡のメロディが消化されているようです。云わば、イタリアのロシア人というような楽しい作品。この曲が一番のお気に入りです。
先ずは、ストリングスが第一部の有名なメロディを壮麗にプレイし、これをイントロとしてノリスのトリオが第四部の喜びに満ちた明るい南イタリアの太陽を思わせるメロディを使ってキビキビとしたジャズ・ワルツのプレイを展開。バックのストリングスの流れるような動きとは対照的にノリスはダイナミックにスインギーなソロを弾きまくる。

 ⑤トロイメライ ローベルト・シューマン
 原曲は、独ロマン派の大作曲家ローベルト・シューマンのピアノ小品集”子供の情景”の第七曲。ぼんやりと何かを夢想している子供を描いた名曲で、1838年の作品。ノリスは原曲に忠実なテーマでスタートし、やがてジャズ的にフェイクしたフレーズの面白さを見せていく。しかし、バックのストリングスを含め全体としては、美しい原曲を尊重したロマンティックなムードに徹した好演です。

 ⑥アニトラの踊り 『ペール・ギュント』より エドゥヴァルド・グリーグ
 ノルウェーの作曲家グリーグの作品。イプセンの詩劇 『ペール・ギュント』のため1875年に作曲した音楽による”第一組曲”に収められているもので、ペールがアラビアで遭った酋長の娘アニトラの踊りの音楽です。原曲は、ゆるやかでエキゾティックな4分の3拍子ですが、ノリスは、これをやや速いテンポのジャズワルツとし、エモーショナルにご機嫌なスイングを伴いプレイしている。

 以下、B面

 ①舞踏への勧誘 ウエーバー
 ウエーバーがピアノ曲として1819年に作曲し、後にオーケストレーションされて更にポピュラーとなった名曲。ベニー・グッドマン楽団のテーマ曲”レッツ・ダンス”の原曲です。これは紳士熟女のエレガントなダンスの曲だったが、ノリスは途中から趣向を変えボードビルとタップダンスの音まで加えて見せる粋なアレンジをしている。

 ②ハンガリー舞曲 第五番 ヨハネス・ブラームス
 ヨハネス・ブラームスが、ハンガリーのジプシーの音楽によって作った全4巻21曲のピアノ連弾曲の一つ。1869年出版。これもオーケストレーションされて更にポピュラーとなった名曲。ピアノとストリングスのユニゾンによるメランコリックなプレイでスタート。直ぐにミディアムテンポのスイングするピアノに移る。ピアノとドラムのチェイスやテンポチェンジが洒落てます。

 ③家路 ~『新世界交響曲』より ドヴォルザーク
 チェコの大作曲家ドヴォルザークがアメリカに招かれ、ニューヨークの音楽院で芸術校長をしていた時に作曲し1893年に初演された交響曲。ノリスが弾く第二楽章ラルゴのメロディには、歌詞がつけられ家路となり、又”ウォーク・ウィズ・ミー”という黒人霊歌もある。演奏は、アイドルとしていたピーターソン的な好演です。

 ④ハンガリー狂詩曲 第二番 フランツ・リスト
 ハンガリー生まれの大ピアニスト・大作曲家のフランツ・リストの代表的なピアノ曲。ジプシー音楽の影響を受けたハンガリーの民族音楽を代表するチャルダッシュの面白さを十分に表したラプソディックな名曲としておなじみの名曲。ここではノリスが、彼独特のセンスで消化し、ジャズによるラプソディに仕上げている。スタートは、原曲通りの”ラッサン”から始まるが、ミディアムテンポのスイング感がジャズ的で、ノリスのイマジネーティブなアドリブは、見事。後半はお約束のスリリングなアップテンポとなり、ベース・ドラム・ピアノ・ストリングスの渡り合いの妙が素晴らしい。エンディングもこれでもかのアレンジがありスマートに終わる。

 ■6)ノリスの他の作品
 これは、70年代後半にエアーチェックしたテープですが、以下です。

 左は、A面が、”四季”(これはYOU TUBEで聴けます)で、B面が”バッハ(トッカータとフーガ ニ短調)”とジャック・ルーシュトリオ、
中央がA面が、”ノリスのビートルズ”、B面はビルエバンス(これもジェットストリームから)、
右は、A面が、”ノリスのブランデンブルグ”、B面は、高橋達也と東京ユニオン+中本マリ、です。

 ■7)ジェットストリームについて

 初代パーソナリティーの城達也(あのタモリさんも話術の師と仰いだとか)さんの柔らかい上品な声のナレーションをまた聴いてみたいと思います。

 レター・メンのミスターロンリーをバックに、あの、名調子でこの台詞と音楽を聴いてから寝るのが、最高の贅沢でしたね。

”遠い地平線が消えて、
ふかぶかとした夜の闇に心を休める時、
はるか雲海の上を音もなく流れ去る気流は、
たゆみない宇宙の営みを告げています。
満点の星をいただく はてしない光の海を
ゆたかに流れゆく 風に心を開けば、
きらめく星座の物語も聞こえてくる、
夜の静寂の、なんと饒舌なことでしょうか。
光と影の境に消えていったはるかな地平線も瞼に浮かんでまいります。

日本航空があなたにお送りする音楽の定期便ジェットストリーム 
皆様の夜間飛行のお供をするパイロットは私、城達也です”
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