今回は、ジャズピアノで若いころビル・エバンスより、キース・ジャレットより、アートテイタムより好きだったフィニアス・ニューボーン・Jrの ~ピアノ・ポートレイツ・バイ・フィニアス~についてです。彼にしてはテクを隠して、リラックスして弾いていますが、このソフィスティケーテッドな路線であと数枚残して欲しかったですね。
■1)アバウト、フィニアス・ニューボーン・Jr
コアなジャズファンは知っていると思うのですが、フィニアス・ニューボーン・Jr について少し岡崎正通さんの表題アルバムのライナー・ノーツとウィッキペヂア(英語版)の力を借りて、■2)含め紹介します。
フィニアス・ニューボーン・Jrは、1931年12月14日、テネシー州ホワイトビルに生まれた。ピアニストだった母親の手ほどきを受けてピアノを習い始め、ドラマーでバンドリーダ-でもあった父のバンドで初めてピアノを弾くことになったという。州立テネシー大学で音楽を学び、メンフィスのバンド、サンダース・キングなどに加わった後、50年にはライオネル・ハンプトンの楽団に参加、その後ウイリス・ジャクソンのコンボでも仕事をした。53年から軍隊に入り、除隊後はR&Bバンドを転々として、55年に自分のカルテットを結成、56年にニューヨークに進出した。ギタリストのカルヴィン・ニューボーンは弟で、音楽一家である。
1960年3月16日、29歳のニュー・ボーンはセロニアス・モンクに代わって、ABC-TVシリーズの「春の夜の音楽」で「それはまあまあ」を演じた。フィニアスはその年ロサンゼルスに移り、コンテンポラリーレーベルのための一連のピアノトリオアルバムを録音した。しかし、いくつかの批評家は彼の演奏スタイルがやや容易である (rather facile)ことを発見し、彼はその結果として感情的な問題を引き起こし、ある期間カマリロ州精神病院への入院を余儀なくされた。彼はまた、彼のプレーを妨げる手の負傷に苦しんだ。
フィニアスの後のキャリアは健康問題のため断続的でした。これは、1960年代半ばから1970年代半ばにかけて、彼が表に出なかったため過小評価されたことによる。彼は、1970年代後半と1980年代初頭に部分的にカムバックしたが、財政的な状況には効果がなかったようだ。フィニアスは1989年に肺の成長物の発見後に死亡し、メンフィス国立墓地に埋葬された。
■2)フィニアス・ニューボーン・Jrのピアニストとしての力量・印象・評価
フィニアスは、始めその華麗なテクニックで人々を驚かせた。フィニアスのアイドルは彼自身によればバッド・パウエルだったと言うが、彼のプレイの中にパウエルの流れを汲むメロディアスなフレーズを認める一方、左手も最大限に用い、ピアノの機能を最大に生かしたプレイを行う中に、アート・テイタム(あのホロビッツもライブで聴きに来たという)の影響を認めないわけにはゆかない。その意味から、彼はオスカー・ピーターソンなどにも共通するテクニシャンということが言えよう。(3大ジャズピアノの超絶テクニシャンにテイタム・ピーターソン・フィニアスの3人を挙げる人が多い)つまり、彼は所謂パウエル系のモダンピアニスト、ケニー・ドリューやデューク・ジョーダン、ウイントン・ケリー、ソニー・クラークといった人達とは異なった面を持ったピアニストであり、両手をフルに駆使したピアニスティックな奏法、玉を転がすような速いパッセ-ジ、両手のオクターブ奏法による独特なユニゾン・ラインなどに、その特徴を見出すことができる。
さて、彼は以上述べてきたようにテクニック面では卓越しているのであるがアドリブ・メロディやハーモニー感覚でも申し分のないものを持っている。”驚異的なインプロヴァイザ-であり、またハーモニーとリズム・センスの面でも充分に成熟したミュージシャン”と絶賛したラルフ・J・グリースンの言葉は、彼のテクニックがテクニックのためのテクニックではなく、豊かな音楽性と密着したものであることを物語っている。テクニックがあるとそれだけが先行してしまうミュージシャンが多いが、彼の場合はテクニックだけをひけらかすというようなことはなく、あくまでも表現に必要なだけのテクニックが用いられる。このアルバムで特に見受けられるテクニックを寧ろ抑制しているかのようなフィニアスのプレイは彼の表現力の高さを物語るものである。
「フィニアスの全盛期には、3人の最も偉大なジャズピアニストのうちの1人でした。」と、音楽家でジャズ評論家でもあるレナード・フェザーは言った。
オスカー・ピーターソンは、『私が年代順に、明解に私の後を追った最高のオールラウンドのピアニストを選ばなければならないならば、 ... 私は、フィニアス・ニューボーン, Jr.を挙げます。』と、言った。
しかし、ネットでも色んな人が同様のコメントを残しているのですが、テクニックは超絶、スイング感も抜群、アドリブがカッコいい、パーカー・マイルスレベルの一部の天才にしか出来ない事ができる・・・つまりクリシェ(定番フレーズ)を感じさせない(これはフレーズの多彩さに加え、リズムに躍動感があるのもその理由か)という4拍子揃った天才にして、何故商業的には売れなかったのか?ということです。これは、ジャズの7不思議に入れてもおかしくない出来事と思います。不遇の天才といわれています。
■3)私の好きなフィニアスのアルバム
これは、私が持っている12枚のアルバム以外にもあるし、どれが一番かなどとは言えない。好きな順番と言うわけではないが、やはり私はソニー・ロリンズでも名盤の誉れ高いサキソフォン・コロッサスより、若くてまだ恐れを知らない神が乗り移ったような24才位の作品(例えば、23、4歳の”モンク&ロリンズ”とか、24歳の”ムービン’アウト”とか25歳の”ワークタイム”)が好きなように、フィニアスは、SJゴールドディスクを受賞した”ハーレム・ブルース”やジャズピアニストの松本茜さんが恋したという”ア・ワールド・オブ・ピアノ”も勿論凄いのですが、”ピアノ・ポートレイツ・バイ・フィニアス”が、テクニックを敢て見せずに唄心たっぷりに弾いてくれるので今の所のお気に入りです。ルーレットに残した珠玉の宝石がもう一枚あり、”アイ・ラヴ・ア・ピアノ”ですが、力のいい具合に抜けたようなリラックスした上質な音楽をここでは聴かせてくれる。デビュー作の”ヒア・イズ・フィニアス”も若さゆえ少し気負っているところも含め大好きです。ルーレットの2枚は、さしずめトレーンで言えば、インパルスに残した珠玉の”バラーズ”と”エリントン&トレーン”に当たります。このアルバムのドラマーロイ・ヘインズのリーダーアルバム”ウィ・スリー”でも’58年に素晴らしいプレイを残しています。他のアルバムも凄い部分が一杯ありますので、後日紹介しますね。
■4)~ピアノ・ポートレイツ・バイ・フィニアス~
LPのジャケットは以下です。

如何にも、ピアニストのジャケットって感じしませんか?う~ん、カッコいい!前半に”岡崎正通氏の解説”を記載し、後半に私の感想を記載します。全曲お気に入りです。
フィニアス・ニューボーン(ピアノ)
ジョン・シモンズ(ベース)
ロイ・ヘインズ(ドラムス)
1959年6月17日、18日 ニューヨークで録音
1. スター・アイズ 3:01
”ジーン・デ・ポールが’43年のMGM映画”アイ・ドゥード・レット”のために書いたナンバーで、故チャーリー・パーカーのフェイヴァリット・ナンバーのひとつでもあった。フィニアスはリラックスした雰囲気でメロディを綴っていくが、随所に並々ならぬ彼のテクニックを感じることができる。”
リラックスしてGoodです。楽しそうに弾いていてご機嫌なフィニアス。テクを隠しても、隠しても裂け目から溢れ出ている、そんな感じ。このアルバムで一番好きかな。
2. ゴールデン・イヤリングス 3:24
”ジェイ・リヴィングストンとレイ・エヴァンスの作詞、ヴィクター・ヤングの作曲になるマイナー・キーの美しいメロディー。モダン・ジャズではなんといっても、黒人ピアニスト、レイ・ブライアントのトリオによる演奏が有名だ。ここではよりテンポを落して、バラード・スタイルの演奏になっているが、アドリブ部分はなく、ストレートにワン・コーラス、そしてもう一度ブリッジに戻ってあと半コーラスを弾いている。”
哀愁を帯びたセンチなメロディ。これがフィニアス?と言う位しっとりしている。レイ・ブライアントのトリオのプレイに勝るとも劣らない。不要な飾りも排し、音数も少ない。マイルスの所で紹介したDUENDEの世界って感じなんです。
3. イッツ・オールライト・ウィズ・ミー 3:59
”コール・ポーターがミュージカル“カン・カン”のために書いた曲で、ジャズメンが好んでとりあげる曲。ソニー・ロリンズやアート・ファーマーとベニー・ゴルソンのジャズテットによる快演が残されているほか、ほとんどのヴォーカリストによっても歌われている名曲である。ロイ・ヘインズのラテン風なバックを伴ったテーマ提示につづいて、アップ・テンポによるフィニアスの、美しいアドリブがくりひろげられている。”
超絶テクならもっと速く弾けるが、速さを抑えて一音一音を大切にしている。余り早いと情感が薄れる。洪水のように弾きまくるのはこの曲にはそぐわない。そんな彼の声が聞こえてきます。この曲は、ソニー・ロリンズのワークタイムのラスト曲で、私は超高速ブローに心酔していますが、フィニアスもどうして、良いではないですか!
4. 言い出しかねて 3:59
”バニー・ベリガンのテーマ・ソングとしても有名な曲。アイラ・ガーシュウィンとヴァーノン・デュークの作品だ。原メロディの美しさもさることながら、このような曲ではフィニアスのタッチの美しさが、ひときわ光っている。”
ゆったりとした出だしで、変な飾りを排して、センスの良いアドリブを聴かせてくれる。スロー・バラードも煌めくような美しさがあるのがフィニアス。透き通った宝石を鏤めたというイメージ。
5. スイート・アンド・ラヴリー 3:36
”ハロルド・トビアス作詞、ガス・アーンハイム、ジェールス・ルメアー作曲の古いスタンダード・ナンバー。メヂアム・スロウ・テンポの演奏で、やはり原メロディーの美しさを、ストレートに生かしきった演奏だ。”
リズムセクションに上手く乗って心地よいバラードを聴かせてくれる。そんなに崩してはいないが、さり気ないアドリブのセンス、隠れたテクは光る。ハイ・キーの使い方が、目映いばかり。しっとりとしたエンディング。
6. ジャスト・イン・タイム 2:27
”ベティ・カムデンとアドルフ・グリーンが作詞、ジュール・スタインが作曲したもので、56年のミュージカル“ベル・イズ・リンギング”のなかのナンバー。アップ・テンポの演奏で、ファッツ・ワーラーのようなスタイルを真似したり、ブレイク・リズムを用いたりして、華麗なフィニアスのテクニックが楽しめる演奏になっている。”
これは、アップテンポの本来のフィニアス。超絶テク炸裂と言いたいところであるが、それでも少し抑えている。リラックスしてご機嫌にスイングしているフィニアスは、本当に素敵です。軽いノリで軽妙にアドリブしている。ドラムのスティックやシンバルの相槌も効果的。最後、繰り返しの後、コミカルにエンディング。憎いアレンジですね。
7. キャラヴァン 3:45
”デユーク・エリントンとファン・ティゾールの共作になるおなじみのナンバー。エキゾチックなこの曲を、フィニアスは見事に彼のスタイルのなかに消化しきっている。”
スイング感満載のプレイでベースに乗ってサーフィンしているようにピアノを泳がせる。気合の入ったアドリブは変幻自在。ドラム・ベースとの息もぴったり。3人で会話しつつ、特にベースとは上手く会話している。突然のエンディングも粋。
8. フォー・オール・ウィ・ノウ 4:17
”カーペンターズのヒット曲に同名のものがあるあ、こちらはサム・M・ルイス~J・フレッド・クーツの古いナンバー。ナット・キング・コールの名唱でもよく知られるスタンダード・メロディを。フィニアスはしっとりとしたタッチで、やさしく歌いあげてゆく。”
ゴージャスにリリシズムに溢れるアドリブをスローにつま弾く。ブリリアントリーそのもの。
9. フォー・レフト・ハンド・オンリー 4:08
”アルバム唯一のフィニアス・ニューボーンの作品。マイルスの“ヴァイアード・ブルース”に似たメロディを持っているが、タイトル通りフィニアスはこれを、左手だけで弾いてみせる。メディアム・スロウのむずかしいテンポだが、フィニアスはグルーヴィな雰囲気をよく出しており、彼の豊かなテクニックを物語る一作になっている。”
三位一体となったプレイ。スインギーでブルージーなアドリブ。静かなエンディングも良いです。
10. チェルシー・ブリッジ 3:45
”ビリー・ストレイホーンが41年に書いた曲で、キャラヴァンと並んでやはりエリントンの代表的なナンバー。原曲のレイジーなムードを失うことなく、キラリと光るものを感じさせてくれるフィニアスのプレイが見事だ。”
ブルージーなゆっくりとしたテーマよりスタート。ゴージャスで宝石を散りばめたようなハイキーのフレーズ。リラックスしたフィニアスの紡ぎだすメロディは本当に美しいと思う。
■5)共演者について
ジョン・シモンズ(ベース)
’18年生まれで、スイング~モダンまで幅広いレパートリーをこなす優れたベーシスト。
ロイ・ヘインズ(ドラムス)
’28 年生まれで、’40年代は、レスター・ヤングやバードとプレイし、’50年代はサラ・ボーンのレギュラードラマーを務め、その後セロニアス・モンクのカルテットに参加した。その他、ジャズジャイアンツ(トレーン・マイルス・エリック・ドルフィ-・チック・コリア等)との共演は多数。彼の趣味のよいバッキングは、このアルバムにはうってつけである。尚、彼は’58年暮に自身のトリオでフィニアスを迎えて”ウィ・スリー”という名盤をプレスティッジに残している。
■6)録音について
’59年としては、良い方と思うが、ピアノに焦点が行き過ぎて、ドラム・シンバルのマイクヴォリュームが小さすぎるような気がする。
■6)YOU TUBE
フル・アルバムが現在は上がっています。YOU TUBEのタイトルの最後は1958年になっていますが、1959年の間違いと思います。
■1)アバウト、フィニアス・ニューボーン・Jr
コアなジャズファンは知っていると思うのですが、フィニアス・ニューボーン・Jr について少し岡崎正通さんの表題アルバムのライナー・ノーツとウィッキペヂア(英語版)の力を借りて、■2)含め紹介します。
フィニアス・ニューボーン・Jrは、1931年12月14日、テネシー州ホワイトビルに生まれた。ピアニストだった母親の手ほどきを受けてピアノを習い始め、ドラマーでバンドリーダ-でもあった父のバンドで初めてピアノを弾くことになったという。州立テネシー大学で音楽を学び、メンフィスのバンド、サンダース・キングなどに加わった後、50年にはライオネル・ハンプトンの楽団に参加、その後ウイリス・ジャクソンのコンボでも仕事をした。53年から軍隊に入り、除隊後はR&Bバンドを転々として、55年に自分のカルテットを結成、56年にニューヨークに進出した。ギタリストのカルヴィン・ニューボーンは弟で、音楽一家である。
1960年3月16日、29歳のニュー・ボーンはセロニアス・モンクに代わって、ABC-TVシリーズの「春の夜の音楽」で「それはまあまあ」を演じた。フィニアスはその年ロサンゼルスに移り、コンテンポラリーレーベルのための一連のピアノトリオアルバムを録音した。しかし、いくつかの批評家は彼の演奏スタイルがやや容易である (rather facile)ことを発見し、彼はその結果として感情的な問題を引き起こし、ある期間カマリロ州精神病院への入院を余儀なくされた。彼はまた、彼のプレーを妨げる手の負傷に苦しんだ。
フィニアスの後のキャリアは健康問題のため断続的でした。これは、1960年代半ばから1970年代半ばにかけて、彼が表に出なかったため過小評価されたことによる。彼は、1970年代後半と1980年代初頭に部分的にカムバックしたが、財政的な状況には効果がなかったようだ。フィニアスは1989年に肺の成長物の発見後に死亡し、メンフィス国立墓地に埋葬された。
■2)フィニアス・ニューボーン・Jrのピアニストとしての力量・印象・評価
フィニアスは、始めその華麗なテクニックで人々を驚かせた。フィニアスのアイドルは彼自身によればバッド・パウエルだったと言うが、彼のプレイの中にパウエルの流れを汲むメロディアスなフレーズを認める一方、左手も最大限に用い、ピアノの機能を最大に生かしたプレイを行う中に、アート・テイタム(あのホロビッツもライブで聴きに来たという)の影響を認めないわけにはゆかない。その意味から、彼はオスカー・ピーターソンなどにも共通するテクニシャンということが言えよう。(3大ジャズピアノの超絶テクニシャンにテイタム・ピーターソン・フィニアスの3人を挙げる人が多い)つまり、彼は所謂パウエル系のモダンピアニスト、ケニー・ドリューやデューク・ジョーダン、ウイントン・ケリー、ソニー・クラークといった人達とは異なった面を持ったピアニストであり、両手をフルに駆使したピアニスティックな奏法、玉を転がすような速いパッセ-ジ、両手のオクターブ奏法による独特なユニゾン・ラインなどに、その特徴を見出すことができる。
さて、彼は以上述べてきたようにテクニック面では卓越しているのであるがアドリブ・メロディやハーモニー感覚でも申し分のないものを持っている。”驚異的なインプロヴァイザ-であり、またハーモニーとリズム・センスの面でも充分に成熟したミュージシャン”と絶賛したラルフ・J・グリースンの言葉は、彼のテクニックがテクニックのためのテクニックではなく、豊かな音楽性と密着したものであることを物語っている。テクニックがあるとそれだけが先行してしまうミュージシャンが多いが、彼の場合はテクニックだけをひけらかすというようなことはなく、あくまでも表現に必要なだけのテクニックが用いられる。このアルバムで特に見受けられるテクニックを寧ろ抑制しているかのようなフィニアスのプレイは彼の表現力の高さを物語るものである。
「フィニアスの全盛期には、3人の最も偉大なジャズピアニストのうちの1人でした。」と、音楽家でジャズ評論家でもあるレナード・フェザーは言った。
オスカー・ピーターソンは、『私が年代順に、明解に私の後を追った最高のオールラウンドのピアニストを選ばなければならないならば、 ... 私は、フィニアス・ニューボーン, Jr.を挙げます。』と、言った。
しかし、ネットでも色んな人が同様のコメントを残しているのですが、テクニックは超絶、スイング感も抜群、アドリブがカッコいい、パーカー・マイルスレベルの一部の天才にしか出来ない事ができる・・・つまりクリシェ(定番フレーズ)を感じさせない(これはフレーズの多彩さに加え、リズムに躍動感があるのもその理由か)という4拍子揃った天才にして、何故商業的には売れなかったのか?ということです。これは、ジャズの7不思議に入れてもおかしくない出来事と思います。不遇の天才といわれています。
■3)私の好きなフィニアスのアルバム
これは、私が持っている12枚のアルバム以外にもあるし、どれが一番かなどとは言えない。好きな順番と言うわけではないが、やはり私はソニー・ロリンズでも名盤の誉れ高いサキソフォン・コロッサスより、若くてまだ恐れを知らない神が乗り移ったような24才位の作品(例えば、23、4歳の”モンク&ロリンズ”とか、24歳の”ムービン’アウト”とか25歳の”ワークタイム”)が好きなように、フィニアスは、SJゴールドディスクを受賞した”ハーレム・ブルース”やジャズピアニストの松本茜さんが恋したという”ア・ワールド・オブ・ピアノ”も勿論凄いのですが、”ピアノ・ポートレイツ・バイ・フィニアス”が、テクニックを敢て見せずに唄心たっぷりに弾いてくれるので今の所のお気に入りです。ルーレットに残した珠玉の宝石がもう一枚あり、”アイ・ラヴ・ア・ピアノ”ですが、力のいい具合に抜けたようなリラックスした上質な音楽をここでは聴かせてくれる。デビュー作の”ヒア・イズ・フィニアス”も若さゆえ少し気負っているところも含め大好きです。ルーレットの2枚は、さしずめトレーンで言えば、インパルスに残した珠玉の”バラーズ”と”エリントン&トレーン”に当たります。このアルバムのドラマーロイ・ヘインズのリーダーアルバム”ウィ・スリー”でも’58年に素晴らしいプレイを残しています。他のアルバムも凄い部分が一杯ありますので、後日紹介しますね。
■4)~ピアノ・ポートレイツ・バイ・フィニアス~
LPのジャケットは以下です。

如何にも、ピアニストのジャケットって感じしませんか?う~ん、カッコいい!前半に”岡崎正通氏の解説”を記載し、後半に私の感想を記載します。全曲お気に入りです。
フィニアス・ニューボーン(ピアノ)
ジョン・シモンズ(ベース)
ロイ・ヘインズ(ドラムス)
1959年6月17日、18日 ニューヨークで録音
1. スター・アイズ 3:01
”ジーン・デ・ポールが’43年のMGM映画”アイ・ドゥード・レット”のために書いたナンバーで、故チャーリー・パーカーのフェイヴァリット・ナンバーのひとつでもあった。フィニアスはリラックスした雰囲気でメロディを綴っていくが、随所に並々ならぬ彼のテクニックを感じることができる。”
リラックスしてGoodです。楽しそうに弾いていてご機嫌なフィニアス。テクを隠しても、隠しても裂け目から溢れ出ている、そんな感じ。このアルバムで一番好きかな。
2. ゴールデン・イヤリングス 3:24
”ジェイ・リヴィングストンとレイ・エヴァンスの作詞、ヴィクター・ヤングの作曲になるマイナー・キーの美しいメロディー。モダン・ジャズではなんといっても、黒人ピアニスト、レイ・ブライアントのトリオによる演奏が有名だ。ここではよりテンポを落して、バラード・スタイルの演奏になっているが、アドリブ部分はなく、ストレートにワン・コーラス、そしてもう一度ブリッジに戻ってあと半コーラスを弾いている。”
哀愁を帯びたセンチなメロディ。これがフィニアス?と言う位しっとりしている。レイ・ブライアントのトリオのプレイに勝るとも劣らない。不要な飾りも排し、音数も少ない。マイルスの所で紹介したDUENDEの世界って感じなんです。
3. イッツ・オールライト・ウィズ・ミー 3:59
”コール・ポーターがミュージカル“カン・カン”のために書いた曲で、ジャズメンが好んでとりあげる曲。ソニー・ロリンズやアート・ファーマーとベニー・ゴルソンのジャズテットによる快演が残されているほか、ほとんどのヴォーカリストによっても歌われている名曲である。ロイ・ヘインズのラテン風なバックを伴ったテーマ提示につづいて、アップ・テンポによるフィニアスの、美しいアドリブがくりひろげられている。”
超絶テクならもっと速く弾けるが、速さを抑えて一音一音を大切にしている。余り早いと情感が薄れる。洪水のように弾きまくるのはこの曲にはそぐわない。そんな彼の声が聞こえてきます。この曲は、ソニー・ロリンズのワークタイムのラスト曲で、私は超高速ブローに心酔していますが、フィニアスもどうして、良いではないですか!
4. 言い出しかねて 3:59
”バニー・ベリガンのテーマ・ソングとしても有名な曲。アイラ・ガーシュウィンとヴァーノン・デュークの作品だ。原メロディの美しさもさることながら、このような曲ではフィニアスのタッチの美しさが、ひときわ光っている。”
ゆったりとした出だしで、変な飾りを排して、センスの良いアドリブを聴かせてくれる。スロー・バラードも煌めくような美しさがあるのがフィニアス。透き通った宝石を鏤めたというイメージ。
5. スイート・アンド・ラヴリー 3:36
”ハロルド・トビアス作詞、ガス・アーンハイム、ジェールス・ルメアー作曲の古いスタンダード・ナンバー。メヂアム・スロウ・テンポの演奏で、やはり原メロディーの美しさを、ストレートに生かしきった演奏だ。”
リズムセクションに上手く乗って心地よいバラードを聴かせてくれる。そんなに崩してはいないが、さり気ないアドリブのセンス、隠れたテクは光る。ハイ・キーの使い方が、目映いばかり。しっとりとしたエンディング。
6. ジャスト・イン・タイム 2:27
”ベティ・カムデンとアドルフ・グリーンが作詞、ジュール・スタインが作曲したもので、56年のミュージカル“ベル・イズ・リンギング”のなかのナンバー。アップ・テンポの演奏で、ファッツ・ワーラーのようなスタイルを真似したり、ブレイク・リズムを用いたりして、華麗なフィニアスのテクニックが楽しめる演奏になっている。”
これは、アップテンポの本来のフィニアス。超絶テク炸裂と言いたいところであるが、それでも少し抑えている。リラックスしてご機嫌にスイングしているフィニアスは、本当に素敵です。軽いノリで軽妙にアドリブしている。ドラムのスティックやシンバルの相槌も効果的。最後、繰り返しの後、コミカルにエンディング。憎いアレンジですね。
7. キャラヴァン 3:45
”デユーク・エリントンとファン・ティゾールの共作になるおなじみのナンバー。エキゾチックなこの曲を、フィニアスは見事に彼のスタイルのなかに消化しきっている。”
スイング感満載のプレイでベースに乗ってサーフィンしているようにピアノを泳がせる。気合の入ったアドリブは変幻自在。ドラム・ベースとの息もぴったり。3人で会話しつつ、特にベースとは上手く会話している。突然のエンディングも粋。
8. フォー・オール・ウィ・ノウ 4:17
”カーペンターズのヒット曲に同名のものがあるあ、こちらはサム・M・ルイス~J・フレッド・クーツの古いナンバー。ナット・キング・コールの名唱でもよく知られるスタンダード・メロディを。フィニアスはしっとりとしたタッチで、やさしく歌いあげてゆく。”
ゴージャスにリリシズムに溢れるアドリブをスローにつま弾く。ブリリアントリーそのもの。
9. フォー・レフト・ハンド・オンリー 4:08
”アルバム唯一のフィニアス・ニューボーンの作品。マイルスの“ヴァイアード・ブルース”に似たメロディを持っているが、タイトル通りフィニアスはこれを、左手だけで弾いてみせる。メディアム・スロウのむずかしいテンポだが、フィニアスはグルーヴィな雰囲気をよく出しており、彼の豊かなテクニックを物語る一作になっている。”
三位一体となったプレイ。スインギーでブルージーなアドリブ。静かなエンディングも良いです。
10. チェルシー・ブリッジ 3:45
”ビリー・ストレイホーンが41年に書いた曲で、キャラヴァンと並んでやはりエリントンの代表的なナンバー。原曲のレイジーなムードを失うことなく、キラリと光るものを感じさせてくれるフィニアスのプレイが見事だ。”
ブルージーなゆっくりとしたテーマよりスタート。ゴージャスで宝石を散りばめたようなハイキーのフレーズ。リラックスしたフィニアスの紡ぎだすメロディは本当に美しいと思う。
■5)共演者について
ジョン・シモンズ(ベース)
’18年生まれで、スイング~モダンまで幅広いレパートリーをこなす優れたベーシスト。
ロイ・ヘインズ(ドラムス)
’28 年生まれで、’40年代は、レスター・ヤングやバードとプレイし、’50年代はサラ・ボーンのレギュラードラマーを務め、その後セロニアス・モンクのカルテットに参加した。その他、ジャズジャイアンツ(トレーン・マイルス・エリック・ドルフィ-・チック・コリア等)との共演は多数。彼の趣味のよいバッキングは、このアルバムにはうってつけである。尚、彼は’58年暮に自身のトリオでフィニアスを迎えて”ウィ・スリー”という名盤をプレスティッジに残している。
■6)録音について
’59年としては、良い方と思うが、ピアノに焦点が行き過ぎて、ドラム・シンバルのマイクヴォリュームが小さすぎるような気がする。
■6)YOU TUBE
フル・アルバムが現在は上がっています。YOU TUBEのタイトルの最後は1958年になっていますが、1959年の間違いと思います。