華氏451度

我々は自らの感性と思想の砦である言葉を権力に奪われ続けている。言葉を奪い返そう!! コメント・TB大歓迎。

宿題のメモ

2006-03-12 23:58:27 | 雑感(貧しけれども思索の道程)
ここ1週間ばかりむやみに忙しかったせいか、微熱が続いている。いつもに増して頭に霞がかかった状態で、本読んでも単に字を追ってるような感じだ。いくつか浮かんでは消え、消えては浮かびするものはあるのだが(かつ消えかつ結びてって、鴨長明じゃあるまいに……いかん、連想ゲーム脳になっている)、それを文字にするのもしんどい。忘れないよう自分に対する宿題ということで、箇条書きにしておこう。

1)「平和憲法」から「不戦憲法へ」
平和憲法という考え方は重要だが、もはやそれではすまなくなっていると言った人がいる。もっと積極的に「不戦憲法」と位置づけて語っていくことが大切ではないか、ということだ。そのあたりを私なりに考えてみたい。

2)「国家と私」あるいは「私にとっての国家」
私は国家は「必要悪」的存在だと思っている。私にとって、国家とはいったい何か。国家に何を求め、何を拒絶するのか。

3)世論は本当に「保守化、右傾化」しているのか
そういう声があるが、本当だろうか。保守化・右傾化しているという見方自体に、罠が仕組まれていないだろうか。

4)思想の取締りについて
思想の取締りが、巧妙な形で始まりつつある。私自身が感じている問題と、その取締りに抵抗するための基本的な視点と方法について。

5)ものごとを「一言でいう」怖さ
何ごとも簡略に単純化して解説する傾向が目立つが、世の中、「一言」で説明できるものなどさほど多くない。なぜこんな傾向が生まれたのか、そして簡略単純化主義がもたらすものは?(すぐわかる、みたいなものは危険だと私は思っている。むろん物事を伝えるための表現は可能な限り平易であるべき。トクトクと難しい言い回しなど使ってひとをケムに巻くべきではないと思うが、平易と単純は異なる)

まだまだあるが、とりあえずはこのぐらいで。ゆっくり考えてみよう……。
コメント (5)
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