華氏451度

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「80%が現憲法評価」の意味

2006-03-09 22:55:07 | マスコミの問題


毎日新聞世論調査に対する異議申し立ての記事を書いた(3月6日付「改憲賛成65%? 冗談は休み休み言って欲しい」)ところ、何人もの方からTBやコメントを戴き、大勢の方が憤りを感じておられることを知って改めて心強く思った。ありがとうございます。

それはそれとして、皆さんのご意見を読んでいるうちに、私の中で次第に重くなってきた事実がひとつある。それは毎日新聞の世論調査に「現憲法を評価するかどうか」を問う設問があり、80%が肯定的な評価を下したという「事実」だ。

【戦後日本の平和維持や国民生活の向上に現憲法が果たした役割については「かなり役立った」が26%、「ある程度役立った」が54%で評価派の合計は80%。「あまり役立っていない」は14%、「まったく役立っていない」は2%にとどまった。政党支持別では自民支持層の83%、民主支持層の75%が評価派だった】(同紙の記事より)

実のところ私は、「評価した人80%」という数字もさほど信用していない。前のエントリでもちょっと嫌味を言ったが、「簡単な質問にお答え下さい」的に聞かれた場合、人間の心理として、「×」よりも「○」を付けやすいからである。私は別に心理学の専門家でも何でもないからガクモン的な説明はできないが、その程度は常識の範囲であろうと思う。

たとえばファミレス(ビジネスホテルでも何でもいいが)に行って、「当店のサービスについて、アンケートにご協力下さい」と求められたとする。その場合、「店員の応対はいかがでしたか」「言葉遣いはいかがしたか」などという質問に対して、皆さんはどのあたりに○を付けるだろう。「すばらしい!」と感激して「非常によい」に○を付ける人もいるだろうが、割合としてはそれほど高くあるまい。大多数は、「まあよい」か、さもなければ「普通」あたりに○をつけるのではあるまいか。「あまりよくない」や「よくない」に○を付けるのは、たいていの場合、「なっとらん」と怒る積極的理由を持つ人たちだ(むろん、さほど積極的理由が無くてもダメと評価する癖のある人もいるが……)。「気に入らない点はあるが、いい所もあるし……」と思っている人のほか、「こんなアンケート、自分に関係ない」と思っている人も、さっさと「まあよい」や「普通」に○を付けておしまいにするだろう(※1)。

話を元に戻す。そう、現憲法を評価している人が80%……。いま述べたような理由で、私はこの数字もある意味で驚くべきことではなく、「まあ、そうだろうな」という感じである。積極的に「今の憲法はケシカラン」と思っている人以外にとっては、「ある程度役立った」というのが最も抵抗なく選べる選択肢であろう。

ファミレスのアンケートと憲法改定問題の世論調査を一緒にするな、と叱られるかもしれない。しかし私の見るところ、この二つが同じぐらいの重さ――とはまさか言わないが「どちらも現在の自分にとって頭痛がするほど真剣に考えるべき問題ではない」という人は多いような気がする。いや、この言い方は語弊があるかも知れない。「憲法の問題は大切だが、今日明日結論を出さねばならぬほど差し迫った問題ではない」と考えていたり、「憲法はこのままでいいけれど、少しぐらい変わったって大したことはないだろう」と考えていたり、「改憲とか護憲とか騒いでいるのは、どちらも一部の人たち。庶民には関係ないよ」と思っている人が多い、と言うべきか……。だからこそ、「80%が現憲法肯定」、それでも「改憲賛成65%」という奇妙な結果が出てくるのだろう(※2)。

そういう、はっきり言って全面的な信用は置きかねる数字ではあるのだが、私はこれに関して次の2つのことを考えた。

1)この数字は声を大にして広めるべきだ
信用しないと言いつつ「広めよう」とは……何だか自分が「目的のために手段を選ばない」人間の一種になったような気がするが……いやいや、「80%が現憲法を積極的に評価」しているかどうかは別として、少なくとも「不都合と思っていない」ということだけは読み取れる。そこからは、別に不都合でも何でもないものを、なぜ強引に変えなければならないのか? という問いかけを始めることができる。商品であれば、今のままで何の不都合もないものを買い替え促進目的でモデル・チェンジするのもアリだろう。目新しさを狙って名前だけ変えるのも、しょうもないオプション付けるのも、まあ結構。個人的には好まないが、それをとやかく言う気はない。しかし法律というものを――特に憲法を、「特に不都合はないけれど……そろそろ古くなったし」の感覚で扱ってもらっては困る。改憲推進派は、「賛成65%」の数字をことあるごとに持ち出してくるだろう。それに対して私たちは、「不都合と思わない80%」を大いに喧伝する必要がある。

2)これは現場のささやかな抵抗かも知れない
質問事項の作成者や記事を書いた記者の良識を疑う、というコメントをいただいている。私もそう思う。しかし同時に、「苦しいところかも知れないな」という思いも湧いてきた。新聞社や出版社なども企業であり、社員に給料を払わねばならず、巨大な権力には逆らえない。むろん、だからと言って権力に尻尾を振るのを容認する気は毛頭ないが、現場は苦しいだろうな……と同情はする。だからもしかすると、「今の憲法が平和維持や国民生活の向上に役立ったと思うか」という質問を設定し、その結果を(記事の一部としてではあれ)発表したのは、現場のささやかな抵抗、良識の表れなのかも知れない。これも一種の身びいきに過ぎず、「そう思いたいだけ」かも知れないけれども。だが、「改憲賛成65%」だけの記事よりも、はるかにマシだ。小さくではあれ「現憲法肯定80%」といった報道がおこなわれる限り、私は巨大メディアを全否定しない。世論調査の記事が「改憲賛成65%」だけで埋まるような事態に立ち至らないよう、これからますます監視し、応援もしていきたいと思っている。

※1 アンケートの設問
以前「世論調査の陥穽」について書いた時、村野瀬玲奈さんが次のようなコメントを寄せてくださった。
【私が学生の時、社会心理学で質問紙調査の実施方法など学びましたが、質問項目や回答の選択肢を作る時には注意しなければいけないというのは基本中の基本でした】
全くその通りである。私も社会調査の勉強をした(させられた?)ことがあるし、仕事の上でさまざまな調査に携わったこともあるので、ちょっとした言葉の使い方や、肯定的な聞き方をするか否定的な聞き方をするかによって結果がまるで違ってくることを知っている(研究しておられる方や、調査と名の付くものに関わっている方なら、そんな話は当たり前すぎて、今さら何エラそうに言ってるんだと嗤われるかも知れないが……まあお見逃しのほどを)。

※2 「改憲賛成」の中身
「改憲65%」といっても、むろん、皆が皆、自民党の草案に賛成というわけではあるまい。これまた「世論調査の陥穽」の記事で書いたことだが、昨年のNHKの世論調査では9条改正賛成39%のうち、3分の1弱は「軍事力の放棄をもっと明確に条文化すべき」という意見であったという。

コメント (9)
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