Bar Scotch Cat ~女性バーテンダー日記~

Bar Scotch Catへご来店ありがとうございます。
女性バーテンダーScotch Catの独り言&与太話です。

雨のシャンパンブルース

2011-06-17 14:19:13 | short story


最終電車がホームに滑り込み、男は慌てて電車のドアからホームへと飛び降りた。
梅雨の明けきらぬ夜、最終電車の去ったホームは土砂降りの雨にわずかに煙っている。
男は、煙ったホームに降り立ってから、たった今走り去った電車の中に傘を忘れたことに気付いた。
・・・しまった、傘・・・またか・・・
男は、ホームから見える、いつものバーの看板に灯りが点いているのを確認すると、
覚悟を決めたように、土砂降りの中をその灯りを目指して走り出した。

「・・・いらっしゃいませ。あらまあ!びしょ濡れじゃないですか。」
店に入ってきた男を見て、バーテンダーが目を丸くする。
「ああ、またやっちまった。酔って慌てて電車を飛び降りて、傘を忘れてきた。」
「またですか。」バーテンダーがタオルを差し出しながら、少々呆れたように笑う。
・・・そう、また、さ。学習しないんだ。

男は、今夜一緒だった女との会話を反芻しながら、一番窓際の席に着いた。
酔いが回ったのか、少々頭が痛む。ここで飲まずにおけばいいものを、どうしてもいつもの最後の一杯が欲しかった。
「いつもの。シャンパンブルース。」
バーテンダーは、言われずとも解っていた、というように、シャンパングラスを手に取った。
グラスが男の前に差し出された。フルートシャンパングラスの中に、寂しげな青い泡が立ち上っている。
スー・レイニーの甘いヴォーカルが聞こえる。雨を唄ったブルースだった。
「明日がキツイですよ。これでお終いにしないと。」
・・・そう、解ってるんだ。最後のいつもの一杯。学習しないんだ。

「今日のデートは?少しは進展したんですか?」バーテンダーが、砕いた氷のかけらを拭き取りながら、伏し目がちに訊ねる。
「進展も何も・・・自分の気持ちさえ、まだ解らない。いや、解らないフリか?」
「・・・まだそんなことを?」
「歳を取るとさ、勇気がいるんだ、自分の気持ちを認めるのに。好きだという気持ちに正直に、勢いで走れた若い頃とは違う。
だから物事を始める前に、勝手にダメにしてしまう。始まる前に、終わってしまう。」
「そんなことおっしゃったら、いつまでたっても・・・」
・・・そう、また、さ。せっかく掴みかけたのに、また始める前に手放そうとしている。学習しないんだ。

グラスの中を立ち昇っていくシャンパンの泡とは逆方向に、窓の外は雨のしずくが泡のように舞い降りていった。

・・・そう、いつもさ。ダメな自分の繰り返し。学習しないんだ。
いつか、雨が降り止む時がやってくるのだろうか・・・

窓の外の風景は、降り注ぐシャンパンの泡で、淡く煙っていった。



↓久しぶりのショートストーリ更新です。応援クリックよろしくお願いします!


Tico Tico no Fuba ~チコチコ・ノ・フーバ~

2010-08-24 11:05:16 | short story

ベイサイドのホテルのバー。バックバーの向こうの大きな窓からは、夜景を湛えた海が見える。
うだるように暑かった昼間の空気も夜風になだめられ、海も風も落ち着きを取り戻したように表情を大人に変えていた。

男は、そのバーの止まり木に、一人の女の姿をみつけた。鮮やかなエメラルドグリーンのブラウス。その足首には見覚えのあるアンクレット。
数年前に別れた女だった。このホテルのバーもよく二人で訪れたものだ。

「やあ、久しぶりだな。」
少々戸惑ったが、男は女に声をかけ、止まり木の隣の席へ腰掛けた。
「あら」とこちらへ目を向けた女は、その目に少々酔いを滲ませていた。
女の前には、服と同じ色の鮮やかなエメラルドグリーンのカクテルが置かれている。
「相変わらずだな。モッキンバードか。昔から好きだな、そのカクテル。」
「久しぶりに会ったと思ったら、カクテルの話なの?ふん、相変わらず。」
女は懐かしさとも寂しさともわからぬ笑みを浮かべて男を見つめた。

バーの端ではピアノ演奏が始まっている。ショーロが奏でられていた。
流れてきた『Tico Tico no fuba』(餌場の小鳥)の曲に合わせて、女が小さく口ずさんでいる。カクテルグラスを片手に心地良さそうに揺れた。

久しぶりに隣り合って座る止まり木。火照りのおさまった海。心地よいショーロのリズム。モッキンバード。必要なものは全て揃っていた。
長く二人の間に空いていた時間はごく当然のように縮まった。

時計の針はとっくに真夜中を指していた。バーもそろそろ幕を下ろす時間だ。
「止まり木で緑色の小鳥を見つけた。朝、僕のところでさえずってくれるつもりはないだろうか。」
キザなことを、とは思ったが、無遠慮に口説く勇気も無かったのだ。
女は、ふん、と照れくさそうに笑った。
「幸せの青い鳥じゃなくて申し訳ないけど。モッキンバードでよければ。」


朝、部屋の窓のカーテンの間からは、また子供っぽく表情を変えた陽が射し込み始めていた。
エメラルドグリーンの小鳥は、可愛らしく、そして切なげに、さえずっていた。
朝の訪れを告げるかのように。
男は、夜が明けてもエメラルドグリーンの小鳥が自分の腕の中にいることを確かめていた。
夜の間に見た夢ではなかったことを・・・
自分の腕の中でさえずるモッキンバードを・・・

~Tico Tico no fuba~






↓久々のショートストーリー。モッキンバードはメキシコに生息するマネシツグミのこと。テキーラベースのカクテルです。クリックよろしく♪tico tico


魔法のマティーニ

2010-04-16 13:36:57 | short story


「・・・もう一杯、寄っていくか・・・」
男は、頬を春先の生暖かい風になでさせながら、いつものバーに向かっていた。
1軒目で飲んだ酒が回り始めたのか、気分がいい。

扉を開け、カウンターの真ん中に陣取ると、いつもの女性バーテンダーが目の前に立った。
「君に任せるから、魔法のかかったカクテル!」
酔いのせいか、くだらない軽口が口をついて出る。
女性バーテンダーは、ちょっと眉を上げてやや呆れた顔をした。
「どんな魔法にいたしましょう?」
「そうだな、チョイ悪になれる魔法なんていいな。女性を口説く勇気も無いおじさんには。」
席を一つ空けて隣に、女の一人客が座っていたのだ。つい、そんな冗談が出た。
バーテンダーは小さくひとつ溜息をつくと、「かしこまりました」とミキシンググラスを手に取った。

やがて、バーテンダーの指が小気味よくバースプーンを回し始める。
男の前に置かれたカクテルグラスには、なみなみこぼれそうな透明の液体と、その中にオリーブが二つ沈んでいた。
最後に、バーテンダーがおまじないでもかけるかの様な手つきで、グラスに何かをふりかけた。
「今のはなんだい。」
「魔法ですよ。ちょっぴり悪いおじさんになれる魔法。」
レモンのいい香りがする。おそらく、レモンの皮を絞りかけたのだろう。
「これ、マティーニだろ?酒に詳しくない俺でも、これくらいは分かる。」
「ただし、私のスペシャルマティーニですけどね。魔法がかかった。」
そういうと、その女性バーテンダーは唇の端を少しだけ持ち上げて笑った。

その表面張力のグラスは、持ち上げるわけにいかず、一口目はグラスに口を近づけて飲んだ。かなりの量だ。おそらくこのマティーニ一杯にジンが3ショット分くらいは入っている。
男は、酔わぬようにと急に用心深くグラスに口を付けた。
ふと、となりの女の手元を見ると、自分とそっくりのグラスが置かれている。
透明の液体で満たされたカクテルグラスの中に、オリーブの代わりに何か白い実が二つ沈んでいる。
「僕と同じものを?」
初めて会う女に、つい話しかけた。マティーニの魔法が効いているのかもしれない。
話しかけられた女は、びっくりしたように男をみつめると、
「いえ、これはギブソン。マティーニと同じ材料なんですけど、オリーブではなくてパールオニオンが入っているんです。」
と、微笑んだ。
「へえ、僕は飲んだこと無いな。どうです、このオリーブと、そのパールオニオン、ひとつ交換してもらえませんか。」
男は、こんなことをすらすら言う自分に驚いていた。
「ええ、かまいませんよ。」
女が笑った。美人だ。笑うと急に幼くなる。
ちらりと前に立つ女性バーテンダーに視線をやると、「めっ!」とたしなめるかのように僅かに男を睨んだ。マティーニの魔法のせいだ。男はバーテンダーに向かっていたずらっぽく笑って見せた。


そうして、男は女とくだらない話で笑いながら、3杯目の魔法のマティーニに口を付けていた。女の顔がぼんやりと見え出して、自分の酔いを改めて確認した。
しまった、少々飲みすぎたか。しかし、この女の顔、誰かに似ている。もう長いこと知っているような・・・そうだ、目の前の女性バーテンダーにどこか似ているのだ。
そんなことを考えながら、「良かったら、どこか次の店にでも・・・」と言い掛けた。
そこから、記憶が途切れ途切れだ。気がつくと、カウンターに突っ伏していた。

カウンターに伏せながら、ぼんやりとバーテンダーの声を聞いていた。
「悪いわね、姉さん。」
・・・姉さん?どういうことだ?
「いいわよ、楽しかった。帰るわね。猫に餌はあげておく。」
女の声も聞こえる。・・・これはもしかして?・・・
顔を上げられず、うとうとしながら考えていた。

しばらくして、必死で顔をあげた男に、女性バーテンダーは水の入ったグラスを差し出しながら、小さく舌を出した。
「私の魔法マティーニは、3杯飲んだらたいていの人は大酔っ払いですよ。そんなに簡単に、初めて会うお客様を口説かせたりしませんわ。」
2杯目で止めてくれれば良かったじゃないかよ・・・と言い掛けて、自分を小さく睨んだバーテンダーの顔をふと思い出した。
さては、こいつやきもちを妬いてるな。解ってて3杯目のマティーニを出したんじゃないか・・・可愛いやつじゃないか。しかし、俺も姉さんだと知らずに目の前で口説くとは・・・
そんな都合のいいことを考えた。まだ魔法がかかったままなのか。

「ほんとは、こんな魔法反則だぜ。惚れ薬も入れただろ・・・」
男は、いいながら再びカウンターに伏せていた。
必死に片目を開けた男は、バーテンダーがうすく頬を染めた気がした。
「せっかく魔法かけたのに、口説く相手を間違ってるんですよ!」
そう言った気がした。
・・・夢か?・・・酔いすぎたか・・・
すべて、魔法のせいかもしれない。

明日、もう一度魔法のマティーニを頼んで確かめてみよう。
そんなことを考えながら、酔いに落ちていった。







↓ランキング参加しました。クリックよろしく!


from the ABC to the XYZ

2010-01-27 16:11:22 | short story


「次はいつ逢える・・・?」女は男の表情を探るように訊いた。
「・・・うん・・・」気の無い声で返事をしてバックバーを眺める男の横顔を眺めながら、
女は質問の答えではなく、その日の最後の一杯を予想していた。

「最後は・・・XYZにしようかしら。」
「まだ飲み始めたばっかりなのに。もう最後?」男は女の方に向き直った。
「まだ飲むわよ。最後の一杯を決めておくの。」
「またか。君の変なクセだな。いつも最初に最後の一杯を決めておく。」男が屈託無く笑った。ネックレスを外して指で弄んでいる女の様子になど気付いていない。

いつからだろう。大人になるにつれ、身についた癖だ。
いつも始まる前から、最後のことを考えてしまう。
愛され始めた時から、段々と気持ちが離れ、去っていく時のことを考えてしまう。
今は愛されていても、これが永遠のものではないと最初から悟ってしまう。
男の表情ひとつ、言葉ひとつに、女は段々と近づく終わりを感じていた。

やがて、女の前にXYZのグラスが運ばれた。男からもらったネックレスを指で弄んでいた女は、そのグラスの足もとにネックレスを巻きつけた。
XYZ。物事の最後。これから先は無い。この後に置けるとしたら、ピリオドだけだ。
「最後の一杯ね・・・」諦めたように、小さく笑った。その目は悲しげだけれど、静かな色を映していた。

二人が席を立ってやや後、バーテンダーがグラスの足もとに巻きついたままのネックレスを見つけた。慌てて手に取り二人を追いかけようとしたが、思いとどまった。
次があるなら、きっと取りに来てくれるはずだ。
それまで大事に取っておこうと決めた。

XYZの次の一杯があるのなら・・・






↓ランキング参加しました。クリックよろしく!


愛し疲れたら

2009-12-18 16:12:50 | short story


外は雪が降り出しそうにピンと張り詰めた寒さだった。
もう閉店に近いバーのカウンター。彼女のほかに客は一人もいなかった。
窓の外を眺め続ける彼女に、バーテンダーは「もうラストオーダーだよ」と声をかけた。
正面に向き直った彼女は、「そうね、何かウイスキーを」と答えた。
「ウイスキー?優しいもんにしとけよ。もうだいぶん飲んでるんだぜ」
くだけた口調で話すバーテンダーは、彼女の幼馴染だった。
もう他に客もいない。お客様とバーテンダー、から、幼馴染同士、の言葉使いになった。

「今日はデートじゃなかったのかよ?ずいぶん早く帰ってきたじゃないか?」
「・・・まあね。なんだか言い訳して、さっさと帰って行ったわ。他の女から呼び出しでもかかったんじゃない?置いていかれたのよ」
彼女はまたぷいと横を向いて答えた。凛とした横顔に、長い睫毛の影が美しかった。
その睫毛の影が、わずかに淋しげな色を映した。
「いつもだいぶ強気なのに珍しいじゃないか。いっぱしの遊び人を気取る君が、さては本気で恋でもしたか?」
からかうようなバーテンダーの言葉に、彼女は驚いたような顔で振り返り、慌てて顔を伏せた。
「なんだ、からかったつもりが図星かよ」バーテンダーは肩をすくめて、ホットグラスにウイスキーを注ぎはじめた。
その様子をぼんやり眺めながら、「もう諦めなきゃ」と彼女は自分に言い聞かせるように小さく小さく呟いた。決してバーテンダーにも聞こえないように。

やがて彼女の前に湯気の立つグラスが置かれた。
レモンやシナモンが入ったそのグラスからは、ウイスキーの香りが優しい湯気になって立ち昇っていた。
「ホットウイスキートゥディ。あったまるぜ。今日はこのくらいにしておいたほうがいいだろ。」
小さくうなずいて彼女はグラスに口をつけた。
「もうさ、そろそろいい歳なんだぜ、俺ら。君もちゃんと君だけを愛してくれる男を探したほうがいい。ちゃんと君のこと考えて大切にしてくれる男を」
彼女はわずかに眉根を寄せて、「うるさい!偉そうに。おせっかい!」とバーテンダーを睨むと、「遊ばれたんじゃないわ。私が遊んでやったのよ、あんな男!」と舌を出した。
バーテンダーは苦笑いして、背中を向けてグラスを片付け始めた。

彼女は湯気の昇るグラスを両手で包みながら、小さく小さく涙を拭った。決してバーテンダーに気付かれないように。
そのグラスは温かかった。優しかった。
そしてふたたび小さく小さく呟いた。そう、決してバーテンダーにも聞こえないように。
「ありがとう。持つべきものはバーテンダーの幼馴染ね」

愛し疲れた心に温かいウイスキーが沁みた。

明日の夜も冷えそうだ。でももう大丈夫。ここにくれば温かいウイスキーがある。

彼女はバーの扉をくぐると、背筋を伸ばして歩き出した。







↓ランキング参加しました。クリックよろしく!