「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

          戦時下の三大地震

2007-07-18 04:43:21 | Weblog
災害は忘れた頃ではなく、まだ記憶も新しいうちにやってきた。今回の中越沖
地震は震源地をみると、ほぼ前回平成17年10月の中越地震の時と重なりあっ
っている。やはり自然災害は今の段階では、いつどこで起きるのか予知、特定
はできないのだ。

さきの戦争中もそうだ。戦争だからといって自然災害は待ってくれなかった。大
東亜戦争(昭和16年12月ー20年8月)中の4年たらずに三つも大地震が起きて
いる。昭和18年9月10日の鳥取大地震(M7・0 死者1,083人)、19年12月7日の
東南海地震(M7・9 死者988人)それに20年1月13日の三河地震(M6・6 死者 
1,961人)の三つである。死者や倒壊家屋数だけをみると、今回の大地震の比で
はない。

地震だけではない。17年8月には西日本一帯に大型台風が襲来、死者891人を
出し、20年9月戦争直後の枕崎台風では3,756人の死者、行方不明者を出してい
る。北海道洞爺湖畔では戦争中に火山の爆発で新しい山「昭和新山」が誕生し
ている。

しかし、これらの自然災害は戦争の激化とともに報道管制がしかれ、国民には
ほとんど知らされなかった。新聞やラジオは大本営の”つくられた”戦況の発表だ
けだった。天気予報さえなかった時代である。犠牲者の数も、戦争による犠牲者
数があまりにも多かったので、無神経になっていたのかもしれない。おそろしい
ことである。

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2 コメント

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地震は起こらないで欲しい (chobimame)
2007-07-18 09:53:00
kakekさんのブログを読まなかったら、戦時中にこんなに地震があったなんて知りませんでした。本当に驚きです。こう考えてみると日本は地震大国ですよね。しかも台風も多い。自然災害と背中合わせに暮らしてるようなものです。中越地震を見て、こんなことが東京に起こったらと想像するとゾッとします。家屋の倒壊どころでは済みません。だいたい逃げる場所もない。東京は、家屋の倒壊よりもビルなどの看板の崩落、窓ガラスが炸裂し、その被害による死傷者が心配だそうで、そして外国人による商店への窃盗など、人的被害が一番懸念されるようです。怖いです。想像もできません。
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報道管制 (kakek)
2007-07-18 11:07:01
chobimame さん
比較的ニュースをきちんと記録している亡父の日記をみると、鳥取大地震以外は触れていません。興味があるのは、大地震の直後米軍がその地方の視察をかねて空襲していることです。その当時でも米国は地震波は観察できていたはずです。
戦争期の昭和20年、浜名湖畔でハマグリ
中毒から百数十人が死んでいますが、これも戦後になってから明らかにされました。
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