サイクロン被害の外国からの緊急援助受け入れをめぐってミャンマー軍事政権の評
判がすこぶる悪い。軍事政権はなぜ世界の国々や国際機関の善意を拒むのかー。
昔、僕らが大好きだった”ビルマ人”は”ミャンマー人”になってから人種が変ってしま
ったのだろうかー。いや、そうではない。軍事政権(Junta)の独裁が長すぎ,政権維持
に頑なになりすぎているのだ。
戦争中のビルマを舞台にした二つの本が戦後ベストセラーになっている。一つは竹山
道雄の「ビルマの竪琴」もう一つは会田雄治の「アーロン収容所」である。「ビルマの竪
琴」は戦後二回も市川昆監督のメガフォンで映画化されている。少し戦争中の日本軍
政に関心があれば、1988年のクーデーターで倒れるまでのビルマの指導者、ネ・ウイン
将軍が旧日本軍に協力したBIA(ビルマ独立義勇軍)の一員で、首都ラングーン(当時)
の陥落に功績のあったタキン・シュモンであることを知っていた。
僕はビルマ問題の専門家ではないが、ネ・ウイン時代の昭和58年、ビルマの技術研修
員と一緒に三週間、日本国内を旅した。彼らは礼儀正しく真面目で、従軍世代の先輩
たちがビルマ”メロメロ”になるのがわかった。
先日BBC放送をテレビで見ていたら「ミャンマー」ではなくて「ビルマ」の旧名を使用して
いた。宗主国だから旧名をつかっているのではないようだ。米国の一部のマスコミも「ビ
ルマ」のままだ。現ミャンマー軍事政権の独裁に対する反対意思表示だと聞いた。わが
国もどうだろう。軍事政権が依然として独裁を続けるならば、欧米にならって「ビルマ」の
旧名に戻したらどうだろうかー。
判がすこぶる悪い。軍事政権はなぜ世界の国々や国際機関の善意を拒むのかー。
昔、僕らが大好きだった”ビルマ人”は”ミャンマー人”になってから人種が変ってしま
ったのだろうかー。いや、そうではない。軍事政権(Junta)の独裁が長すぎ,政権維持
に頑なになりすぎているのだ。
戦争中のビルマを舞台にした二つの本が戦後ベストセラーになっている。一つは竹山
道雄の「ビルマの竪琴」もう一つは会田雄治の「アーロン収容所」である。「ビルマの竪
琴」は戦後二回も市川昆監督のメガフォンで映画化されている。少し戦争中の日本軍
政に関心があれば、1988年のクーデーターで倒れるまでのビルマの指導者、ネ・ウイン
将軍が旧日本軍に協力したBIA(ビルマ独立義勇軍)の一員で、首都ラングーン(当時)
の陥落に功績のあったタキン・シュモンであることを知っていた。
僕はビルマ問題の専門家ではないが、ネ・ウイン時代の昭和58年、ビルマの技術研修
員と一緒に三週間、日本国内を旅した。彼らは礼儀正しく真面目で、従軍世代の先輩
たちがビルマ”メロメロ”になるのがわかった。
先日BBC放送をテレビで見ていたら「ミャンマー」ではなくて「ビルマ」の旧名を使用して
いた。宗主国だから旧名をつかっているのではないようだ。米国の一部のマスコミも「ビ
ルマ」のままだ。現ミャンマー軍事政権の独裁に対する反対意思表示だと聞いた。わが
国もどうだろう。軍事政権が依然として独裁を続けるならば、欧米にならって「ビルマ」の
旧名に戻したらどうだろうかー。
ミャンマーはビルマ時代の大らかさはなくなりました。そのうち中東のクーデター国家のようになってしまうのではないかと懸念されます。
国民は翻弄されるだけです。被災を機に国際的に目を覚ませばよいのですが、現状では無理なんでしょうね。
国民の生命、財産を守り、未来を約束するのが、時の政府の役目だと思うのですが・・・
ただ、私はミャンマーについてあまり知識がありません。
軍事政権といっても、共産主義国のように粛清をするというようなことは、ないですよね。どうなんでしょうか。
あの、ポルポトのように。
ミャンマーは基本的な信教の自由は保障されていて、85%が仏教、10%前後の国民はクリスチャン、 数%の人々はムスリムでもあるそうですね。
でも、軍事政権が選挙を無視したとも聞きますし・・・
民主化に進む過渡期ということなのでしょうか。
少し、過渡期が長すぎるかもしれませんが。
ともあれ、救援が極力速やかに進んでもらいたいです。
ネ・ウイン政権下では、わが国の首相がほとんどビルマ参りをしていました。賠償をめぐって利権もあったのですが、当時の政治家にはビルマ好きの人が多かったのです。しかし、逆にビルマ人が日本に友好的であったかどうかは判りません。ビルマに限らず戦後の東南アジアの国々教育に問題があるみたいです。多分
ビルマでも日本を侵略視していると思います。
今軍事政権の指導者は年齢からみて直接
戦争を体験していません。恐らく英国と同じように日本を侵略者と見ています。
隣国の援助要員の入国は許可しても、欧米人を許可しないのは、経験による猜疑心からだと思います。
1973年ラングーン(ヤンゴン)のアンサン将軍廟を参拝しようとした韓国大統領一行が廟に到着寸前に北朝鮮の工作員が仕掛けた時限爆弾で韓国人やミャンマー人数十人が死んだ事件がありました。このあとミャンマーは北朝鮮と団交状況にありましたが、最近またよりを戻したとの報道があります。
専門ではありませんが、あまり”西欧的民主主義”を押し付けると窮鼠猫を噛む
状況になるかもしれません。今回の天災を機に、目を世界に向けてほしいものです。