「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

       「太平洋戦争」「皇居遥拝」はなかった

2009-07-28 05:05:36 | Weblog
昨日の新聞に折り込まれて「昭和と戦争」のDVD・ビデオの商品広告が配れてきた。
満州事変の年(昭和6年)に生まれ日支事変(12年)勃発の時に小学校に入り20年
中学3年の時に敗戦を迎えた僕の半生は、まさにこのDVD・ビデオの収録されている
時代だ。自分の生きてきた時代の証左として見てみたいものである。

この激動の時代、よくぞこういった映像が残されていたものだ。そしてまた、よくぞこれ
だけ収録できたものだ。関係者の努力には頭が下がる思いだ。この時代を生きてきた
一人としてぜひ、子供たち孫たちの世代にも見てもらいたい。

ただ広告を見て気になったことが二つある。この時代を後世に正しく伝えるならば映像
だけでなく言葉も正しく残してほしい。一つは「太平洋戦争」である。正しくは「大東亜
戦争}であおる。昭和16年12月12日の政府閣議で正式に「大東亜戦争」と定義されて
おり、あの時代、僕らは「太平洋戦争」などと呼んだことはない。「太平洋戦争」という呼
称は戦後占領軍によって強制された名称にすぎない。

もう一つは「皇居遥拝」である。「宮城遥拝」が正式名称である。皇居という呼び方は戦後
のもので、「宮城遥拝」が国旗掲揚と同じく国家儀式であった。僕の耳にはまだ学校の
朝礼のさいの"キュージョー・ヨーハイ”と号令をかけた先生の声が残っている。

激動の時代を生き抜いてきた世代も年々少なくなってきている。当時の映像をこうして残す
ことは大変意義あることだが、同時に正しい言葉も残してもらいたい。

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2 コメント

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この時期になると (chobimame)
2009-07-28 16:05:12
このDVDが売り出されるので、毎年欲しいと思いながら、なかなか購入出来ずにいます。今買わねば、そのうち消滅しそうな品物です。日本が撮ったものなのか?GHQが撮ったものか?当時の映像がどれほど映っているのか、大変興味深いです。かなり買う人がいると思います。
そういえば、うちの祖父も宮城と言っていました。私たちが学校で教わったのは、第二次世界対戦という言葉です。他は教えられませんでした。(私が学生の頃は、日教組の左教育全盛時代)大東亜戦争などは、大人になって知りました。こういうものも、きちんと時代を知っている人が、監修に加わらなければ、正しい知識が漏れる可能性がありますね。
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大東亜戦争 (kakek)
2009-07-28 17:24:51
chobimame さん
言葉にこだわるわけではありませんが、やはりこのDVDビデオでは「大東亜戦争」とすべきです。欧米では第二次世界大戦の表記みたいですね。インドネシア語では”perang Asia raja"(大アジア戦争)という言い方をしています。戦域は太平洋だけでなくインド洋ジャワ海に渡っています。「太平洋戦争」という表記は日本だけではないのでしょうか。 
宮城も進駐軍の命で使えなくなった言葉だと思います。剣道も一時”しない競技”と言い換えさせられました。城とか剣が禁語だった時代がありました。
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