「森友」についで今度はイラク派遣日報をめぐる防衛省の杜撰さが露出した。意識的な忖度なのか、それとも本当に間が抜けているのか信じられない。しかし、国会ではあまり問題にはならないらしく、自公与党政権は、予定どおり今国会に「カジノ」(統合型リゾート施設)法案を上程し、可決する運びらしい。自公間でもめていた入場料金も6000円でメドがついたとのこと。80歳半ばをすぎてギャンブルにはあまり関心がないのだが、「北」の問題など内外に問題山積なのに心配だ。
公営ギャンブル花盛りだった昭和20年代後半から40年代にかけて、僕も競馬、競輪、オート、競艇にはまり、北海道在勤中は「ばんえい競馬」(輓馬)にまで手を出したことがあったが、最近はファンの高齢化と趣味の多様性から、公営ギャンブルはジリ状態で、主催していた自治体中には、手を引くところも出てきたのに今、なぜカジノなのだろうか。
競輪が始まったのは、まだ町に焼け跡が残っていた昭和23年だが、たちまち庶民の人気になり、これにこって競輪が犯罪の温床だと批判された。無頼派作家、坂口安吾らがもてはやされていた時代だ。覚醒剤のヒロポンが流行し社会問題化したのもこの時代であった。戦後のあの混乱期とは違うが、賭博は人間の本能である。カジノによって、どれだけの税収になるのか寡聞にして知らないが、公営ギャンブルはもう十分なような気がするのだが。政治への不信が高まっている時だけに上程は見送るべきだ。
公営ギャンブル花盛りだった昭和20年代後半から40年代にかけて、僕も競馬、競輪、オート、競艇にはまり、北海道在勤中は「ばんえい競馬」(輓馬)にまで手を出したことがあったが、最近はファンの高齢化と趣味の多様性から、公営ギャンブルはジリ状態で、主催していた自治体中には、手を引くところも出てきたのに今、なぜカジノなのだろうか。
競輪が始まったのは、まだ町に焼け跡が残っていた昭和23年だが、たちまち庶民の人気になり、これにこって競輪が犯罪の温床だと批判された。無頼派作家、坂口安吾らがもてはやされていた時代だ。覚醒剤のヒロポンが流行し社会問題化したのもこの時代であった。戦後のあの混乱期とは違うが、賭博は人間の本能である。カジノによって、どれだけの税収になるのか寡聞にして知らないが、公営ギャンブルはもう十分なような気がするのだが。政治への不信が高まっている時だけに上程は見送るべきだ。
その流れを引き継いでいるのか知りませんが、今頃こんな話が持ち上がるのかと調子外れな気がします。
このゴタゴタしている外国の問題や、ゴシップ的な政府だったりする日本に、いまカジノが必要なのか疑問です。
全くよくわかりません。
競馬などの公営ギャンブルは、ネット購入のおかげで多少息を吹き返してきたそうです。海外のカジノは好調のようですが、日本ではどうでしょうか。一握りのお金持ちは6000円なんか問題はありません。外国の観光客もおいいが、カジノへ行く層とは違うみたいと思うのですが。いずれにせよ、半分化石人間には無関係です。