「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

         「母べえ」の時代に涙して

2008-01-31 07:24:30 | Weblog
山田洋次監督の、吉永小百合主演の話題作「母べえ」を昨日、品川プリンスシネマ
で、全編これ涙でみてきた。僕は山田監督より一学年上の年齢、「母べえ」の一家
と同じ頃、東京に住んでいた。子供心にもあの時代は過酷でイヤな時代であった。
山田監督はこれを持ち前の人間味あふれるペーソスとユーモアを交え、見事に描い
ている。僕は僕の「母べえ」を想い出し、自分の実体験とオーバーラップさせ、ただた
だ涙した。

品川プリンスシネマは映画にも出てくる「品川駅」の近くである。戦時中、この駅から
数十万人の兵士が戦地に赴き、再び祖国に戻れなかった。当時近くに住んでいた僕
も何回ともなく、駅頭で出征兵士を何も解らずに”歓呼の声”で送ったものだ。家の近
くの貨物線には出征兵士を満載した列車が毎日のように走っいた。

昭和19年5月、僕の一人きりの姉が過労から結核になり、21歳でこの世を去った。母
べえも夫が治安維持法で警察に逮捕された後、女手一人で子供を育て、自身も代用
教員で働き、その過労から倒れた。僕は僕の”母べえ”が、娘の看病に疲れ、卵を
求めて苦労した当時を想い出した。映画にも出てきたが、僕も高熱の姉の頭を冷やす
氷一貫目(約4㌔)を氷屋へ買いにいった。

”トントントンカラリン”の隣組の常会(例会)婦人会(国防、愛国)の贅沢撲滅、”パーマ
ネントはやめましょう”の街頭での声、灯下管制、女性のモンペ姿などなど、悪夢のよう
なあの時代がよみがえった。山田監督は、さりげなくあの時代を描いているが、戦争を
知らない世代に是非見ていただきたい作品である。戦争を知らない吉永小百合ほか
脇役とくに子役の二人が好演していた。