あずまクラブ(越前の守)です。正しい心の探究をします。

”人間は夢とロマンを持つから動物とは決定的に違う”から始めます。正しい心の探究です。

あの世や霊が見えない理由

2011-05-22 20:37:24 | 日記
人間の持っている感覚器官は目(見る)耳(聞く)鼻(臭う)口(味)皮膚(触る)の五感があります。
この5つの感覚器官で判断します。
自分の5感ではなく他人の5感によって得られた情報を目なり耳で伝えられた場合に、他人の感覚器官の情報をそのまま本当のことと思えば「信じる」の意味になります。
反対に、なにか勘違いをしているのではないか?間違った解釈をしているのではないか?
などの疑問があると「信じない」ということになります。

そもそもこの五感で分かる世界が全ての世界なのか?
というとそうではありません。
紫外線、赤外線、超音波、電波、磁力などは五感で分かる世界ではないですが、
間接的な方法す、なわちセンサーを使って五感で分かる形にすれば分かります。
でもこれらのセンサーでは絶対分からない世界があります。
それは、人間が考える心の世界です。
愛、喜び、悲しみ、苦しみ、勇気、親切などです。
これらの心の働きが人間の全てなのです。命なのです。
その命は永遠のエネルギーなので、肉体がなくなってもこのエネルギーは生き続けるのです。
この不滅のエネルギーを魂と呼んでおり、死後も続いています。
心の働きを物体で表現する肉体(五感)がなくなった世界が死後の世界です。

愛の起源ブログより
死後の世界は、そう簡単に信じてもらえるものではありませんし、
仕組みとして、完全には証明が出来ないようなに創られていることも事実です。
もし、あの世の世界が目に見えたならば、誰もが「あの世の存在を信じる」と言うでしょうが、
「あの世の世界が、この世の世界と共存していて、生きている人間と同じように歩いている」
というような形で、この世の人と霊とが一緒に生活できるかというと、なかなか出来ないだろうと思います。
例えば、
「あの世の霊が話し掛けてくる。何か疑問を持ったら、すぐ、あの世の霊から答えが返ってくる。
あの世の霊が“ああしろ、こうしろ”と言う。」という世界だと、結構大変でしょう。
私は、実際に、そういう世界を生きているのですが、これで普通でいられるというのは大変なことです。
通常は、普通でいられません。
「変なことを言う」ということで、たいていの場合は隔離されてしまいます。
そういう世界を見ながら普通に生きるには大変な力がいります。
相当研ぎ澄まされた理性・知性を持っていないと、通常は、おかしくなるのです。
毎日毎日、霊体験が重なってくると、どうしても、行動も考えもおかしくなってきます。
これに耐えられる人は、やはり少ないのです。
霊的な世界が開かれた場合、よいものに導かれればよいのですが、そうでないものも入ってきやすい訳です。
悪霊などが、いろいろ取り憑いて来たりして、それを直接に感じるようになり、
声が聞こえ始めると、事実上、人間としての生存が不可能になり、ほとんど人生は終わりになります。
「霊の世界が見えたり、感知できたりしながら、それでもあえて仕事が出来る」というのは、
映画「ゴーストバスターズ」の世界でしょう。
“幽霊捕獲人”として幽霊を追いかけ回している人であれば、それが、商売なので、その通りなのでしょう。
それからもちろん、職業霊能者は、それで、仕事をしている訳です。
しかし、普通の人の場合は、「霊の世界が、確かな実感として、完全に証明出来る」というところまで行ってしまうと、
生活ができなくなります。
例えば、皆さんの死んだ祖父や、祖母、父や母が、皆さんの部屋で、
いつも皆さんを見ていたり、夜、寝ている時に来たりするような状態では、皆さんは、生活出来ないでしょう。
やはり、霊の声が聞こえず、霊の姿が見えない方がよいのです。
『霊的世界の本当の話』より
コメント
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国旗国家を敬えない人を雇わないという当たり前のことがニュースになる不思議

2011-05-22 10:25:19 | 日記
日本の社会主義者たち、
義務には無関心と言うよりは、禁句扱いで主張せず、
権利ばかりを声を大にして叫ぶ、、、
日教組と公僕の意味をしらない公務員。
原発反対者も、電気を使っていながら正義と思い込んで反対運動する。
原発でいったい何人死者を出しているというのだ?
一方、事故で死者を出し続けている車をなぜ利用するのだ?なぜ反対しないのだ?
もう傲慢でしかないのだ。吐き気がする。
米国にアーミッシュという団体があり、専用の土地で暮らしている。
彼らは文明を拒否して電気や車のない生活をしている。
もちろん電話もないし移動は馬車である。ここまで徹底するならば尊敬されます。

転載します。    
橋下知事の指摘は、その表現の方法が少々エキセントリックではあるが、そのようなことを国民に意識させ、国会議員に「地方自治の重要性を認識させた」という意味では評価に値する。ただ、そのエキセントリックさから、憲法による議論ということや地方自治の本旨という憲法に書かれた内容をしっかり認識しているのかは、はなはだ疑問である
とくに、大阪だけ独立するかのような政治手法は、とてもとても指示できるものではない。
 さて、そのような内容であるが、私は橋下知事のその手法と地方自治に関する考え方で彼を全否定するつもりもない。彼の主張や政治手法を否定するからといって、「敵」「見方」というような分類はできないのではないか。
特に、今回取り上げる内容は、私は賛成である。
その取り上げる内容は下記の通りである。
橋下知事「許さない」 「君が代」起立しない教員、全部クビ!.
 大阪府の橋下徹知事(41)は17日、入学式や卒業式での君が代斉唱時に起立しない教職員に対する免職処分の基準を定めた条例案を、9月の府議会で審議する意向を表明した。橋下氏は「辞めさせるルールを考える。
国旗国歌を否定するなら公務員を辞めればいい」と16日に述べており、その具体策として条例化への意欲を示した。
大阪府教職員組合は、同様の条例は全国でも例がないと指摘し「民主主義の根幹を揺るがす」と猛反発している。
 君が代斉唱時に起立しない教職員はクビにする―。
16日には「身分保障に甘えるなんてふざけたことは、絶対許さない」と強硬発言を繰り返していた橋下知事はこの日、その具体策として条例化に言及。
「(校長などからの)職務命令違反を繰り返した場合、段階を踏み停職を入れるが、最後は免職処分とする」と処分基準の考えを示した。
 自身が代表を務める「大阪維新の会」の府議団が、教職員に起立を義務づける条例案を、19日開会の5月議会に提出する予定。維新の会は府議会で単独過半数を占めているため、提出すれば可決する見通しだ。
ところが、維新の会の条例案には罰則規定がないため、橋下知事は、その実効性を担保するため、免職処分の手続きを定めた規定の条例化を目指す。
 これに対し、大阪府教職員組合は「大変大きな問題。知事に異論を唱える声を条例で封じる。
これはファッショ以外の何者でもない」と指摘。
また、「教育文化府民会議」はこの日、条例案の提出を見合わせるよう府議会各会派に求めるなど、
反発の動きも出ている。

 大阪市、堺市の政令市を除く府内の公立小中学校教職員の処分権は大阪府教育委員会にあり、従来の規定では、懲戒処分のうちで最も軽い戒告が“上限”。
府教委によると、2002年度以降、君が代斉唱に関する職務命令違反で厳重注意か戒告となった教職員は
計9人だという。
同知事は「免職になるルールを作った後は政治が介入せず、どういう職務命令を出すかは学校現場に任せればいい」とし、最終的な処分の判断を学校側に委ねる意向を示した。
◆物議を醸した橋下知事の発言
▼「くそ教育委員会」 2008年9月、全国学力テストの結果公表に消極的な市町村教育委員会を批判。
テレビ番組でも「教委は関東軍」とダメ押し。
▼「朝日のような新聞社は早くなくなった方が世のため」 08年10月、光市母子殺害事件弁護団への
懲戒請求発言を巡って敗訴した知事に対し、同紙は弁護士資格返上を求める社説を掲載。
知事は「朝日は今まで事実誤認したことがないのか。
偉そうに。すぐさま廃業した方がいい」と激怒。
▼「世間を知らなすぎる」 10年10月、全国的に広まる自治体首長の「育児休暇」取得について反対。
第3子の誕生に際して取得した広島県の湯崎知事は「大きなお世話」と不快感。

2011年05月18日08時05分 提供:スポーツ報知
/http://news.livedoor.com/article/detail/5565688
 はっきりいって「職務命令違反する場合は免職処分」って、ある意味では当然ではないのか。
民間の会社の場合は当然にそうなる。
そもそも、日教組の支持する民主党自体「党議拘束に違反したら除名処分」と岡田幹事長が脅しているではないか。
日教組の人々は、自分に都合のよいときは命令、強要するにもかかわらず、自分に都合が悪いと
「人権」「身分保障」と言い出す。非常に都合のよい「人権」が振りかざされ、はっきり言って気分が悪くなる。
 日本国民である異常、日本の国旗、国歌に対して敬意を表するのは当然であり、その当然のことが
できないのであれば公務員としての資格を喪失する。
なぜならば、公務員は公務員法により全体の奉仕者でなければならず、当然にその全体を象徴する国旗国歌に
対して「奉仕者」でなければならないはずだ。
まさに地方自治の本旨ならぬ「公務員の本旨」に基づいて、本来の仕事を行うべきであり、それができないのに文句をいうのではない。
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