常識にはいどころがあるようです。
たとえば、武家の常識と武士の常識とは、いどころが違います。
藤沢周平の「雪間草」に、藩の使者が殿の命じた金銭借り入れの交渉に、自分から破談を申し入れたという話があります。
武士の常識にこだわって、藩主の命に従う武家の常識を捨てなければならなかった辛い話です。
法の常識にこだわると、社会の常識から外れることもあります。
無免許でも、そのことを知らなければ、無事故無運転のゴールド免許保持者よりはるかに安心して乗せてもらえる人もいます。
無免許運転で、飛び出してきた自転車を避けようとして人を跳ねてしまい、裁判にかかりました。
道交法違反は明らかでも、起訴された傷害致死という罪状には無関係だから無罪放免という判決が下されたとします。
法治国家とは何かという常識も、うろうろしなければなりません。
ホームレスになった常識がどんどん増えていったら、どういうことになるのでしょう。