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第3章「La Vie en Grâce ― 恵みの庭で光をあつめて 」へ  

子育てと介護を終え、そっと歩き出した第三の人生の小径――恵みの庭の物語

「幸福な日々の為の自問自答」

2018年05月06日 09時59分48秒 | 精神世界

 昔、カウンセリングを学んだ恩師、NGOでご一緒にアメリカに行った先生のブログです。

 

生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 日々の生き甲斐、自分の過去の生育史の解釈を変えると日々のストレスが激減します。

自分は何処へ旅しているのだろう?:幸福な日々の為の自問自答

現在の幸福に気づかない原因について思索します。

過去の思い出は貴重ですが、この思い出と現在の幸福感との関連性について思索します。


何故、今の幸福に気づかないのか、というお話です。

原因は過去の体験の解釈に感情的な原因がある場合と幸福の条件に固執する場合があります。

過去の思い出をいつまでも暗いほうへと解釈していて、あの体験があればこそ、今の成長した自分が存在していることにいつまでも気づかない人が案外多いのです。

思い出しても嫌なあの事件、あの苦々しい自分は何と馬鹿ない事をしてしまったのだろう、あの自分は許せない、あの人は許せない、あの事さえなければ、といつまでも恨みつらみの感情に生きているわけです。

この体験の解釈のありようがその人を生涯縛りこんでいて、固執障害の精神現象をキープしているのです。

解釈を変えれば自由の心が獲得出来ます。

もうひとつの頑固は、しつこいくらい過去に努力して形成した自分の幸福の条件に固執している場合です。

幸福の条件を少年少女時代に形成してしまい、これ以外の幸福の条件へと変更出来ない固執障害です。

年齢とともに、或いは人生体験と共に、幸福の条件を変更していかないと、人は満足、感謝という感情は生まれません。病気、挫折、年齢の加齢、政治環境、歴史環境等個人の人格に関係なく、どんどん地球は変化していくものです。

10年に1度くらいは幸福の条件の思い込みから解放され、新しい幸福の条件を創り上げ、その目標に向かって生きていかないと、何故か自由な心で明るく元気に生き抜いていかれません。

幸福の条件、幸福感、この二つの点検をしていくと、案外、無駄な努力をしないで、爽やかに生きていけます。

 

https://blog.goo.ne.jp/cull-tntu/e/ca9eef4f0cf023322df551e4d19b483d


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