
まだ暗いですが、この時間帯に一番沢山の方が歩かれています。

今朝もがんばって10周歩きました。

🏠我が家のお花





今日は以前右脇腹が痛くて病院に行った時に予約でいっぱいだった為にこんなに延びてしまっていたエコーの予約日でした。



受付で待っていますと、かつての同僚でボランティアコーディネーターでもある私よりも若い男性が声をかけてくれました。

早速持って来てくれたのが上の紙です。


今朝の空
今日は一日どんよりとしていました。
6時11分
ご近所のお花
🏠我が家のお花
「ブルームーン」が今日は綺麗です❤️
今朝の🥝🍍🍊果物🍇🍏🍎
旬のものはまだいいのですが、🍌バナナ等は身体を冷やしますので、そろそろ止めた方がいいのですが、母が好きなので少しだし大丈夫かなと思いつつ朝食の時に出しています。
最近、母は時折軽い喘息を起こすようになっていました。
昨日も朝から時折、ヒューヒュー。
ところが、昨夜の7時半過ぎあたりからひどくなってきました。
何かあった時には訪問看護ステーションに電話し、そこからドクターに連絡が行く仕組みですので、電話をしましたが、「どうしよう」「どうしよう」と言われ、なかなか決まりません。
やっと「一応病院に聞いてみます」と言われ、連絡待ち。
しばらくして、お電話があり「外来も閉まっているし、当直医が外部からのドクターで、しかも神経内科だから、収まらないなら救急車で他の病院に行って下さい」と言われました。
今まで「何かがあれば連絡して下さい」と言われていた小規模多機能施設も、土曜日のせいか誰も出られず、ケアマネージャーに連絡しました。
お返事は同じで「救急車で病院に行って下さい」
母はと言えば、「治るわけがないし病院には行かない、ましてや救急車なんてとんでもない」と言います。
救急車使用は娘にも止められています。
(彼女は医者です)
でも、本当にヤバい場合はそんなことは言っていられません。
この場合は静かに看取るというケースでもありませんし。
かなりしんどそうに見えますが、私の判断で仕方がないので、「とにかく楽になるから、病院へ行こう」と言い、車にやっとのことで乗せました。
パーキンソン病のせいもあり、足がふらふらなのでとても危ないし、素人の私にとっては一人での介助はとても怖い。
でも、助けがない以上、私が一人で何とかする以外にありません。
車に乗せた後で、なぜタクシーで行くと言うことを思い付かなかったのかと思いましたが、とにかく「何とか一人でがんばって病院に連れて行かなくては」と思ったのです。
病院へは連絡していましたが、心臓発作やその他の救急患者さんがおられて待たされました。
でも、幸い一番ひどい発作は約30分位で収まっていました。
やっと順番が来て、吸入をして下さいましたが、効果なく1時間の点滴になりました。
点滴が終わっても息をする時にまだ時折ヒューと聞こえてきました。
点滴でも収まらなかった場合は入院と言われていましたが、レントゲン結果も以前と変わりなく、酸素濃度もOKと言われて、お薬と訪問医師へのお手紙を頂いて帰ることになりました。
家に着いたのは11時半。
母は処置をして頂くと楽になることが分かったようです。
それにしても我慢強いと言いますか。。。
私は幼い頃から喘息があり(それを母は知りません)、20歳の誕生日の夜には京都の叔母のところで危うく死ぬところでしたので、喘息については知っています。
(もちろんその時には 病院に行きました。おまけに私には強烈なお蕎麦アレルギーもありますが、それも母は気のせいだと言って未だに信じていないようです💦
私は病気を持っての出産等今まで2回死ぬ目に遭っています)
病院から連れて帰ってきたものの大丈夫かなと思い、昨夜は何度も目が覚めましたが、私がベッドに入る頃には母は気持ちよく寝ていました。
もう本当にやれやれ😥
私の来世でフィアンセとなるらしい友人🤣が「よく頑張った‼️」と言ってくれました🤗
今日は母はお薬が効いているようで、安定した呼吸をしています。
本当にいろいろあります😓が、こうしてひとつずつ乗り越えていく以外にないですね。
それに、病院でつくづく思ったのですが、皆、それぞれが苦しみ又、がんばっている。今、何も苦しみや悲しみがない人でもかつてあったかも知れないし、いずれ体験することかも知れない。
よく覚えていないのですが、息子を亡くし嘆き悲しんでいた母親にお釈迦様が言われたそうです。
「この村で一度も悲しんだことがない人(確か、死人を出したことのない家だったと思います)を連れて来なさい」
誰も居なかったそうで、母親は立ち直られたそうです。
生きて行くって大変ですが、「死」の向こうに、多くの賢人達が見つけられた世界があると私は信じたいです。
ところで、今日は10月4日。
私の霊名(クリスチャンネーム)の保護の聖人の祝日です。
私の霊名は「マリア・フランチェスコカ」と言います。
聖母マリアとアッシジの聖フランチェスコが守護聖人です。
このクリスチャンネームはカトリックに独特のものです。
名前は自分で選ぶことも出来ますし、神父様が考えて下さる場合もありますし、自分の誕生日から決めたりも出来ます。
聖フランチェスコは映画「ブラザーサン シスタームーン」でも有名ですね。
清貧で謙虚な人生を歩まれた方です。
いつかイタリアのアッシジにも行ってみたいです。
今日はこの聖人の有名な祈りをご紹介したいと思います。
世界宗教者会議の場所にも選ばれたアッシジ。
マザーテレサも愛した祈りです。
FOR PEACE
Lord, make me an instrument of your peace,
Where there is hatred, let me sow love;
Where there is injury, pardon;
Where there is doubt, faith;
Where there is dispair, hope;
Where there is darkness, light;
Where there is sadness, joy;
O Divine Master,
Grant that I may not so much seek
To be consoled as to console;
To be understood as to understand;
To be loved as to love.
For it is in giving that we receive;
It is in pardoning that we are pardoned;
And it is in dying that we are born to eternal life.
Saint Francis of Assisi
平和を求める祈り
神よ、
わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。
慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することを、わたしが求めますように。
わたしたちは、与えるから受け、ゆるすからゆるされ、
自分を捨てて死に、
永遠のいのちをいただくのですから。
アッシジのフランチェスコ
今朝の空
昨夜遅くまで京都のバラ十字会の友人とラインをしていましたので、1時間遅くなりましたが、気温は22℃で心地よかったです。
5時54分
東の空はどんよりとしていましたが
北西の空は少し明るかったです。
ふと見ると久し振りのあのお母さんと息子さんを見つけました。
ほっこりします。
いつものように1周だけして6時20分頃には公園を出られました。
ご近所の「売地」の看板が復活していました。
まだ売れていないようです。
我が家のお花
このオレンジのバラと桔梗が虫食いに
シェエラザードはピンボケになっていました
代わり映えしませんが、朝のフルーツ。
髙くて甘~いシャインマスカットは少しずつ食べています
そして、今朝も「ゆめぴりか」を1合だけ炊きました。
そして、卵御飯、海苔、さつま芋のお味噌汁、サラダの朝食。
今朝はゆっくり新聞を読みました。
アルフォンス・デーケン神父様の「死生学」の始まりについて等書かれてありました。
ユーモアのある方で「何もでーけん」なんて言われていましたっけ。
興味ある移住の話。
また、遠く離れて暮らす昔のペンフレンドとの関係や死を迎えた時のことについて書かれてある文章があり、そういう存在がいる人がいるので「ラビアンローズの会」のメンバーにラインで送りました。
THE SERENITY PRAYER
O God, give us
serenity to accept what cannot be changed,
courage to change what should be changed,
and wisdom to distinguish the one from the other.
Reinhold Niebuhr
ニーバーの祈り
神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
ラインホールド・ニーバー(大木英夫 訳)
★ 致知一日一言 【今日の言葉】
9月13日
人間は自分のことばかり考えているうちは、
悩みが尽きることはありません。
ところが、いつも周囲の人や
多くの人のことを考えている人には、
悩みというものはありません
━━━━━━━━━━━━━━
鍵山秀三郎(イエローハット創業者/日本を美しくする会相談役)
★エドガー・ケイシー 珠玉のリーディング
(9月13日)
あなたはむしろ、あなたの選んだ活動の中で、父である神がその力を現されるための水路になることを求めなさい。
Be rather thou the channel through which He, God, the Father, may manifest His power - in whatever may be the chosen activity of the entity.
(3183-1)
今日の歌
朝の庭 夜中に降りし 雨の跡 漂いし来る 湿りし木の香
心地良き 風を感じる 22度 1度違えば 涼しさ変わりて
昼下がり、まだまともに歩けないので居間から外を眺めながら過ごしています。
お陰様で私の地域では何の被害もなく台風が通り過ぎました。
快晴ですが、まだ風がとても強いです。
でも、底抜けに青い空を眺めるとまた浄化が進んだのかなと思ったりします。
今朝の空
5時48分
鉢も大丈夫でした。
ジュリアが又咲きそうです。
9時18分
今朝の朝日新聞によりますと、アルフォンソ・デーケン神父様がお亡くなりになったようでです。
私も講演を聞いたことがあります。
「死への準備教育」「生と死を考える会」等やホスピスに与えた影響等、この方の日本に与えた功績はとても大きいと思います。
ドイツのお生まれですが、とうとう最期まで日本にいらして、日本の土となられたのですね。
イエズス会員ですから、フランシスコ・ザビエルと同じです。
イエズス会の神父様方による黙想指導はとても深いので私はとても好きでした。
昔、瀬戸神父様と言われる方が、「サマリアの女」の箇所だけで2時間以上お話をなさったことがありました。
(以前は広島の修道院長でいらっしゃいましたが、今は最後の日々を東京でお暮らしとか。
でも、教会に最近行っていませんので、わかりません)
こんなに微に入り細に入りキリストが彼女を愛情を込めて導いていらっしゃることに気が付きませんでしたので、あまりの感動に涙が止まらなかったのを覚えています。
今は教会にも滅多に行かなくなりましたが、それでもやはり教会は好きですね。
また足が治って、涼しくなったら御ミサに与ろうかな。
カトリック教会には私の居場所があるような感じですので、教会に行かなくても、それが外国でも関係がないという感じです
帰る家があるといった感じでしょうか。
幼稚園からミッションスクール育ちですからある意味、当然でしょうか。
今、学んでいる神秘主義のバラ十字会のお勉強は宗教に関係ないですし(宗教を信じていても信じていなくてもOK)ずっと学ぶことを止めないと思いますが、正式にはカトリックの教義とは相容れない部分があります。
例えば、輪廻転生などはそのいい例です。
(昔はキリスト教も輪廻転生説でした。多分4世紀位まで)
私は輪廻転生は多分間違いなくあると思っていますので、その意味ではカトリック信者とは言い難いです。
でも、カトリックは一見厳しそうですがとても大らか。
私の臨床心理士の友人もカトリックですが、輪廻転生を信じていますし、教会にも可能な限り限り毎日曜日通っています。
勝手な言い草ですが、宗教を超えてしまって、何でもありになってしまいました~。
昔からですが、お寺も神社も大好きでよく行きますし。
友人の中にはお坊さんも何人かいます。
皆、仲良しでトラブることは全くありません。
もっと言えば、自然の中に神を感じると言った方がいいかも。
と同時に、神は我が内にいらっしゃる。
12時35分
今日は、「ゲシュタルトの祈り」をご紹介したいと思います。
人間関係で疲れた時、助けになると思います。
「わたしはわたしの人生を生き、あなたはあなたの人生を生きる。
わたしはあなたの期待にこたえるために生きているのではないし、
あなたもわたしの期待にこたえるために生きているのではない。
私は私。
あなたはあなた。
もし縁があって、私たちが互いに出会えるならそれは素晴らしいことだ。
しかし出会えないのであれれば、それも仕方のないことだ」
(原文)
I do my thing, and you do your thing.
I am not in this world to live up to your expectations,
And you are not in this world to live up to mine.
You are you, and I am I, and if by the chance we find each other, it’s beautiful. If not, it can’t be helped.
~ここより夕方~
一日よく晴れていましたし気温も35℃を超えていましたが、やはり、エアコンを入れていると微妙に肌寒く感じるようになりました。
特に朝晩は顕著です。
風は一日よく吹きました。
4時07分
母を送って来て下さった看護師さんが「ご近所の『売地』の看板がなくなっていたから売れたのかと思ったら、台風で倒れていただけだった」と言われたので、外に出たついでに見に行ってみました。
(暇人)
確かに倒れていましたね~。
今日の私の夕食はお魚(タラとお野菜の甘酢揚げ)とご飯2口のみ。
動かないので体重が減りません
昨年の今日(The Serenity Prayer 平安の祈り )
The Serenity Prayer 平安の祈りThe Serenity Prayer God grant me the serenity to accept ......
<老人の友人に対する至福 (幸いな人)>
先日、メールをした「食物と健康と霊性」を書かれた小窪正樹先生からお返事が届きました 有難いです。やはり大切なのは日常生活を丁寧に愛を込めて生きることが一番のようです。......
老人の友人に対する至福 Bliss for an old man's friend
2017.8.1にフェイスブックにアップしたものですが、こちらにアップしていなかったようなのでアップします。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~......
今朝の空
エアコンを入れて寝ましたが、多分2回目が覚めて、起きたのは5時10分過ぎでした。
5時27分
教会のお花
今日は昨日よりも少し気温が低いと感じました。
我が家のお花
昨日、おくらの花が咲いていたので写真を撮ろうと思っていましたが、忘れていて今朝撮ろうとしましたら、もうお花は散っていました。
でも、おくらが2つも生っているのを発見
おくらを育てるのは初めてで、紫の濃いおくらなので、もう収穫していいものかどうか迷いました。
結局、収穫していません。
母に話すと「それはもう硬くなっているかもね」
今日は訪問リハビリの日で、先生とお互いの畑の話をしました。
帰りに我が家の畑を「少し見て帰ります」と言われたので、私もお庭に出ましたところ、先生が「きゅうりが8本以上生っている」
「え~~~」でした。
小さいのがあと数本で終わりで(先生のお宅もほぼ終わられたと言われていましたし)、今は生っていないと思っていました。
上の方に生っていて、何と先生に10本も収穫して頂きました。
食べ切れないので持って帰って頂きました。
3本残りましたが、まだ明日も何本か収穫出来そうですので、ご近所に差し上げると思います。
今朝の朝日新聞より2つの記事に目が留まりました。
ひとつはピーター・マクミランさんの俳句を英訳にしたものが興味をそそりました。
「地球が『ゆめの跡』にならぬよう」
もうひとつは障害を持つ方の記事です。
「コロナによる不自由は、障害のある人の日常です」とし、変化の希望も感じると書かれています。
私も普通の人のようには動けませんので、共感しました。
今日の解体作業はここまでのようです。
2軒目がほぼ解体されました。
夕方、ソフトバンクへ行きました。
最近、母の携帯の充電がすぐに切れたり、充電出来なかったりで・・・
調べて頂いたところ、この携帯を使い始めてもう7年も経っていました。
ガラケーが終わるのはまだ4年先のようでしたが、取り寄せで時間がかかるらしいのもあり、初心者用の簡単スマホの方が安く、使い便利も良さそうでしたので、スマホにしました。
かくして、母は95歳にしてスマホデビューとなりました。
帰ってから早速電話のかけ方やラインの特訓。
ラインも慣れればメールよりは簡単です。
★致知一日一言 【今日の言葉】
7月22日
時流や強い者に流されない。自分が自分の主体を確立する。
それが自由ということ。主体性を確立することが大事
━━━━━━━━━━━━━━
竹村牧男(東洋大学前学長)
★エドガーケイシー 珠玉のリーディング
(7月22日)
それぞれの人は、絶えず自分自身に出会っています。人がそのことをよく理解しさえすれば、これまで他人のせいにしてきた苦しみも、そのほとんどが自分に原因のあったことがわかるでしょう。そのような経験を通して、あなたは自分自身に出会っているのです!
For each soul, each entity, CONSTANTLY meets self.
And if each soul would but understand, those hardships which are accredited much to others are caused most by self.
KNOW that in those you are meeting THYSELF!
(845-4)
私の好きな「最上のわざ」です。
Life's Greatest Task
What is this life's most important task?
To grow old with a cheerful heart,
To be still even when I would like to be active,
To be silent when I would like to talk,
To have hope in times of frustration,
To carry my cross in humility and serenity of heart,
To put aside envy even when I see younger people walking God's path full of health and energy,
To humbly accept help from others when I would rather work for the sake of others,
So when I can no longer be useful for others because of frailty I need to gently and humbly accept the heavy burden of old age as a gift from God.
I have an aged heart that has been in use a long time and now God is giving it a final polishing so that I can return to my true home all shining.
To gradually release myself from the chains that bind me to this world is indeed a wonderful work.
When I cannot do things let me humbly accept these circumstances in humility.
However for my closing years God has kept for me the most important work of all, and that is:
Even if I can no longer do anything else with my hands, right to the very end I can join those hands in prayers.
I can pray, asking for God's blessings upon all those I love.
And when I come towards my end, approaching death may I hear God's voice when He says to me;
"COME ! YOU ARE MY FREIND ! I WILL NEVER DESERT YOU !"
Hermann Heuvers
この世の最上のわざは何?
「心の癒し The Healing Power of Mind」朝の空思いっきり深呼吸し心身の浄化を毎朝します。 久し振りのママ友ガーデンへ 朝食は果物(りんご、バナナ、オレンジ)とチー......
今日は聖ルカの祝日でした。
従って、神父様の祭服の色は赤。
神父様が神父様用のご聖体を2つ下さり、内心、超~嬉しい~~~
神父様は3人しかいないので順番に考えて下さっているようです。
今日は保育園の年長さんが御ミサに来ていました。
今日の美人さんは「大天使ガブリエル」
午後から大工さんが来られました。
床を剥がして見ておられましたが、畳の下は何ともなっていなくて綺麗な状態でした。
昔の家だから板の厚さも厚くしっかりしているようです。
また、お風呂のタイルも一枚剥がれているので直して頂く為、タイル屋さんも来られました。
工事は再来週になりそうです。
今日は朝、夕、7Rずつ歩き、久々の1万歩超え。
夕方、太腿がだるくなったので筋肉が落ちているんだなあと思いました。
いつの間にか白色のバラ(多分「新雪」)が咲いていました。
真っ赤な「マルコ・ポーロ」が今は一番よく咲いてくれています。
午後
夕暮れ
The Serenity Prayer 平安の祈りThe Serenity Prayer God grant me the serenity to accept the things I cannot change, courag......
先日、メールをした「食物と健康と霊性」を書かれた小窪正樹先生からお返事が届きました
有難いです。
やはり大切なのは日常生活を丁寧に愛を込めて生きることが一番のようです。
これがまたなかなか難しいのですが。
先生にも書いたのですが以下の祈りを読みながら日々反省しています
<老人の友人に対する至福 (幸いな人)>
(桐生聖フランシスコ修道院 ブレビアン・ウォルシュ神父作)
私のよろける足どりと、ふるえる手を、理解してくれる人は幸いです。
私の耳は、人のいう言葉を聴きとるためには、大きな努力が必要であることをわかってくれる人は幸いです。
私の目はうすくなり、私の行動はのろいということを善意のうちにわかってくれる人は幸いです。
私がコーヒーをこぼしても、かわりない平静な顔をしてくれる人は幸いです。
しばらく立ち止まって、明るくほほ笑みながら、おしゃべりをしてくれる人は幸いです。
「今日はその話を二度も聞きましたよ。」と、決して言わない人は幸いです。
楽しかった昔を取り戻す方法を、知っている人は幸いです。
私が愛されており、ひとりぽっちでないことを、教えてくれる人は幸いです。
私には十字架を荷なう力がないことを、わかってくれる人は幸いです。
愛情深く、人生の最後の旅路の日々を、なぐさめてくれる人は幸いです。
(この祈りを英文にしたのをこのブログのどこかにアップしています)
腰痛が今日はいいです。
痛くない
今日はホスピス仲間が来ることになっていましたが、急遽取り止めになりましたので読書をして過ごしました。
昨日から読んでいる若宮正子さんの御本。
あと少しで読み終えますが、前向きで素晴らしいです
2017.8.1にフェイスブックにアップしたものですが、こちらにアップしていなかったようなのでアップします。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
英語の先生に直して頂いて英訳してみました。
介護をしているので、やはりこのような詩や祈りに心が動きます。
私のよろける足どりと、ふるえる手を、理解してくれる人は幸いです。
Blessed are the people that understands my staggering foot and my hand's trembling.
私の耳は、人のいう言葉を聴きとるためには、大きな努力が必要であることをわかってくれる人は幸いです。
Blessed are the people who understand that great effort is necessary to hear the words of other people.
私の目はうすくなり、私の行動はのろいということを善意のうちにわかってくれる人は幸いです。
Blessed are the people who understand in good faith that my actions are slow and my eyes are growing thinner.
私がコーヒーをこぼしても、かわりない平静な顔をしてくれる人は幸いです。
Blessed are the people whose calm face does not change even though I spill my coffee.
しばらく立ち止まって、明るくほほ笑みながら、おしゃべりをしてくれる人は幸いです。
Blessed are the people who stop for a while and talk with a bright smile.
「今日はその話を二度も聞きましたよ。」と、決して言わない人は幸いです。
Blessed are the people who never say "I heard that story twice today."
楽しかった昔を取り戻す方法を、知っている人は幸いです。
Blessed are the people who know how to bring back the joy from long ago.
私が愛されており、ひとりぽっちでないことを、教えてくれる人は幸いです。
Blessed are the people who taught me that I am loved and not alone.
私には十字架を荷なう力がないことを、わかってくれる人は幸いです。
Blessed are the people who understand that I am not strong enough to carry the weight of the cross on my shoulders.
愛情深く、人生の最後の旅路の日々を、なぐさめてくれる人は幸いです。
Blessed are the people who will with love celebrate the last days of my life's journey.
<老人の友人に対する至福 (幸いな人)>
(桐生聖フランシスコ修道院 ブレビアン・ウォルシュ神父作)
(Written by Kiryu St. Franciscan Monastery Fr,Brevian Walsh)
The Serenity Prayer
God grant me the serenity
to accept the things I cannot change,
courage to change the things I can,
and wisdom to know the difference.
Living one day at a time.
Enjoying one moment at a time.
Accepting hardships as the pathway to peace.
Taking, as He did, this sinful world
as it is, not as I would have it.
Trusting that He will make all things right
if I surrender to His Will.
That I may be reasonably happy in this life
and supremely happy with Him.
Forever in the next.
Amen.
--Reinhold Niebuhr
平安の祈り
神さま、私にお与えください
自分に変えられないものを受けいれる落ち着きを
変えられるものは変えていく勇気を
そして二つのものを見分ける賢さを
今日一日を生き
この一瞬を享受し
苦しみを平和に至る道と受け入れますように。
この罪深い世界を、私ではなく、神さまの御業として
あるがままに受け止めますように。
神さまの意志にゆだねれば、すべてをあるべき姿に
してくれると信じられますように。
私はこの世を生きて幸せでしょう。神さまと共にある
ことに、このうえない幸せを感じることができますように。
永遠に。
アーメン
--ラインホルド・ニーバー
http://www.gajapan.jp/jicsp-sp.html
私のランチ
綺麗なうろこ雲
秋の空です。
なぜか大豆製品ばかりに・・・
今日の歌
今はただ 心華やぐ ことをして 我を憂うる 人びとが言う