夢のあと

釣りには夢があります。夢を釣っていると言っても過言ではありません。よって、ここに掲載する総ては僕の夢のあとです。

天空テンカラ溪愚Specialという竿

2013年03月26日 13時26分17秒 | 渓流釣り
先日お亡くなりになった堀江溪愚氏が開発し、自身も大変気に入っていたテンカラ竿『天空テンカラ溪愚Special』。僕が持っているのは『39Pro』 と『32Pro』。こげ茶色のこの竿はこの他に黒いバージョンもあって、そちらはイワナ用だとか。道具にあまり頓着しない僕なので間違っているかもしれません。ではなぜ僕の手にこの竿があるのか?そもそもこの竿との出会いは・・・
 あるとき堀江氏が我が家を訪れ、いつも通りに楽しい会話を交わしていました。で、突然彼は『最近さぁ、40オーバーのイワナとか釣っても誰も無感動なんだよ。雑誌等には大きな魚が沢山出てるからネ。でも先生もご存知の通りテンカラで大物を釣るのは大変なんですよ。で、テンカラの可能性を求めて何か新たなジャンルを模索中なのですが、何か面白い案はありませんかね?』と話を切り出しました。勿論テンカラ界で頂点に君臨していた彼ですから僕が考えるような事はみんな分かっているはずです。でも、そのときの彼の目が真剣だったので僕も真剣に応えなくちゃと。
 しばらく考えて提案したのが海でのテンカラ。どうして僕がこれを提案したかといいますと、この頃の僕は大物釣りでカジキを狙って海外に釣りに行っていました。僕のカジキの釣り方は一旦海に出たら何日も陸に上がりません。誰も釣らないような沖を釣るので、いちいち陸に帰って来ていたら釣る時間が少なくなってしまうからです。夜は船を近くのリーフに留めてまた朝を待ちます。夜の間も暇なので船から釣りをしています。要は24時間釣り三昧なのです。あるときいつも通りに夜に釣り遊んでいてあることに気が付きました。釣っていると毎回船の灯りで海の小さな虫が集まり、それに小魚が集まってライズしているのです。これを見た僕はフライ・フィッシングで釣ってみようか?と思いました。で、帰国して色々と考えて・・・日本人の僕としてはやはり“フライ・フィッシングではなくてんからで”と考えるようになりました。例え魚が捕れなくったってカジキ釣りの余興ですから。荷物も少ないし。。。
 そしてあるときてんから竿を荷物に忍ばせ、夜に実行しました。昼間のうちにクルーに『今夜は面白い釣りを見せるから。ジャパニーズスタイルのフライ・フィッシングだ。』と話しておきました。そして夜になって道具を出していたらクルーが寄って来てまじまじと見ています。最初の質問は『どこにリールを付けるのか?』でした。海外の釣り具屋でリールが付いていない竿は見たことがありません。釣りはリールを使うものでそれ以外は考えられないことのようです。で、リールは使わないことを伝えると『大きいのが掛かったらどうするんだ?』って間髪を入れずに聞かれたので『切られるんだ』と応えたら『侍』と。分かってるじゃんと思いながら早速始めました。すぐにサヨリが釣れて感触としてはすこぶる良好。しかし、何匹か釣ったら水面をバシャバシャやるのでローニンアジ系の魚が寄ってしまって取り込むまでにそいつらが食ってきてしまいます。てんから竿で1mを越すような魚が掛かったらひとたまりもありません、あっと言う間に切られてしまいます。最初はハリスはいつも通り1.5号のナイロンだったのですが、あまりに切れるので2号にしました。でも結論はあまり変わりませんでした。それを見ていたクルーも面白く思えたのか『やらせろ』ってことで振らせてみました。クルーたちは釣りのエキスパートですから、指導なんかしなくても5分もすれば竿の特性をつかんで振れるようになってしまいます。そして彼らも掛けては切られを繰り返し、でも時々上手く行けば捕れるという魚に対して興奮気味。思い切り柔なタックルでの釣りを楽しみました。そしてハリスが細過ぎるとの事でいきなりナイロンの10号を付けて釣り始めました。3号とか4号とかの中途半端な糸が船になかったので仕方ありません。そしてあっという間に折れました。当たり前です。でもカジキ釣りの余興でしたからとても楽しかったです。クルーたちも大はしゃぎで楽しそうでした。日本ではこの釣り方を『てんから』って言うことを伝えると『面白い』って。言葉の響きでしょうかね?いずれにしても大ウケでした。
 そんな経験があったので堀江氏に『海でのテンカラってどうでしょう?海でフライ・フィッシングをやる人は居ますがテンカラをやった人はかつていないと思います。』と答えると『海かぁ・・・釣れるかね?』って。で、上記の話をすると『やってみたいなぁ』って事になり、一度試しに行ってみる事になりました。
 とは言うものの、僕がやったのは誰も行かないような秘境中の秘境みたいな場所です。果たして日本の海でも通用するのか?不安になって来ました。折角行くのですから絶対に釣ってもらいたいし。。そこで大物釣りで各地を歩いていた当時の僕は様々な所の友達に訳を話し『小魚が入ったら連絡を下さい』と連絡しまくりました。そしてあるとき、八丈島の友から『ショゴが接岸した』との連絡がありました。ショゴとは八丈島の方言でカンパチの赤ちゃんの事です。大きな群れで入って来て漁港内にまで入り込みます。漁港内なら足場も良いし。早速堀江氏に電話してみました。ご存知の通りこの手の魚は入ったと言われてもすぐに居なくなってしまいます。長々と待ってはいられません。その週の土日の一泊でどうでしょう?と聞いたら忙しい日々を送っていた彼ですが『行きます』と一つ返事でした。
 当日は山梨からE氏も参加しました。現地の友達も来て案内してくれました。現場に到着した堀江氏は早速仕掛けをセットして釣りを開始しました。莫大な量の毛鉤を持ち込んでいました。何せまだ誰もやったことがない事ですから準備万端に持ち込んだようです。毛鉤を次々と変えて、ショゴの群れが回って来ると打ち込みます。充分にテンカラで届く距離まで寄って来るのを待って毛鉤を射込みます。間もなく魚を掛けたのですが、あっという間に切られました。やはり海の魚は強いです。ご存知の方も多いと思いますが、海の魚は同じサイズだったら概ね2倍くらいの力を持っています。その強さには彼もビックリ。脇で見せてもらっていたのですがあまりに切られるので苦笑いの連続。でも、それは見ているだけでも楽しい強烈な攻防でした。まさに掛ける度に竿が折れんばかりです。そしてまた切られて。捕ってもらいたいので『ハリスは何号を使っていますか?』って聞いたら『』フロロの4号です。』って。こりゃーもうMAXです。彼の竿さばきをもってしても限界に見えてましたから。しかし彼は今度はフロロの5号に。『堀江さん、それはもう折れますよ。』って忠告したら『竿のテストも兼ねてるので折れたら嬉しいです。竿のテストって折って何ぼですから』と。そしてショゴの群れが入ってきて彼が竿を振って理想的な位置に着水。そして彼が合わせをくれた瞬間に群れの中の一匹がギラギラって、その後彼の竿は一気に限界までしなりました。両手で竿を支える堀江氏。まるで大根を抜くかのような体勢で対応しています。竿が折れそうで危険を感じた僕は少々離れて見ていました。それでも竿がミシミシ音を立てているのが聞こえて来ました。そして、大格闘の末、ついに彼はショゴと言われるカンパチをGetしました。大きさにして40cmほどのカンパチ。カンパチにしては小物ですが、これをテンカラで捕ったというのは凄いことです。『いやぁ、強いねぇ。どうなるかと思っちゃいましたョ』って言いながらニコニコしている彼、今でも忘れられません。その後の彼はまさに水を得た魚状態。夜中のギンガメアジ以外のそこにいる魚の全魚種(ダツ、ヤガラ、ゴマサバ、ムロアジ等々)を釣ってしまいました。これには僕も同行したE氏も脱帽でした。流石にこの世界の頂点に立つ人です。一匹釣ったら後はガンガン釣ってしまいました。僕にとっても素晴らしいテクニックを見せてもらい、改めて彼の凄さ、そしててんからという釣りの可能性を感じました。そしてもう一つビックリしたのはテンカラ竿の強さです。僕は上記(船からのてんから)の経験からてんから竿ってもっと弱い物だと思っていました。で、『凄い竿ですね』って言ったらニコニコしながら『そのうち出ますから。待っててください』って。頼もしい竿です。出たらすぐに買おうと思いました。
 それからしばらくしたある日、彼から長尺の届け物が。そしてそこには『八丈でテストした竿です。ありがとうございました。お陰様でとても良い竿に仕上がりました。よかったら使ってください。』ってメモ書きが。
 こうして手元に届いた二本のテンカラ竿。開発の状況を知っているが故、その強さには絶対の信頼を置いています。ですからその後に発売された竿には目が行かず、僕はずっとこの竿を好んで使っていました。強いので壊れることもなく今でも現役のバリバリです。渓流で1mを超えるような魚は居ないわけではありませんが、まず掛からないので(堀江氏ほどの竿さばきは出来ないにしても)使っていて安心していられる竿です。しかし、もし折ってしまったら思い出だけになってしまいます。残念ですがこの二本は彼の思い出と共に封印することにしました。
 その後やはり彼はCustomを完成させたのですが、氏はやはりSpecialを好み、ここになって新たなテンカラ竿『天空テンカラ溪愚Special SE』を開発していました。『SE』とは『Second Edition』つまり『天空テンカラ溪愚Special』の第二段ということ。普通、竿の開発は徐々に進化していくのですが、彼はここでCustomを見切り、彼が好きだったその前のバージョンをより進化させようと考えたのです。彼は自分の病のことを知っていたのでこの竿の開発が最後になることを知っていたからです。ですから、その熱の入れようは大変な物でした。自分はもとより色々な人に振ってもらいその使用感を聞き・・・僕にも『使ってインプレを。』って。しかも注文があって素人のように雑に使ってくれと。彼が言うには『ベテランだけに特化した竿は簡単に出来る。ベテランはそれなりにどんな竿でも使いこなしてしまう。しかし発売したらどんな人がその竿を使うかは判らない。素人からベテランまでが使える竿となると難しいのです。だから、素人みたいに魚が掛かったら思いっきり引っ張り上げたりしてみて』と。なるほど・・・。ってことでいろいろとやってみました。少々重いのですが(僕が一番テストしたのは3.9m。理由は普段使っている長さだから。)、やはり強い竿で僕的にはとても好印象な竿でした。勿論堀江氏も何度も振って感触を見ていました。そして僕らのような沢山の素人にも振ってもらって、沢山の魚を掛けてもらって。。。振った感触、釣った時の感じを聞いて。。。つまりは堀江氏がみんなの意見まで取り入れて作り上げたプロトタイプでした。昨年末(2012年12月9日)に厳寒の奥多摩で、病で疲れる体を酷使しながら最終テストを終え、あとはカラーリングの変更だけ(最終テストバージョンはピンクでしたので堀江氏は気に入らなかった)して発売するだけの段階までにもって行った堀江さん。ご苦労様でした。
 でも果たしてSUZUMIさんは彼の遺作とも言えるこの竿を販売してくれるのでしょうか? この竿の開発に携わったテンカラ師および私的ではありますが、是非発売していただきたいと思います。彼が望んでいた『天空テンカラ溪愚Special SE』として。

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