夢のあと

釣りには夢があります。夢を釣っていると言っても過言ではありません。よって、ここに掲載する総ては僕の夢のあとです。

あけましておめでとう!

2015年12月31日 22時59分43秒 | その他
新年明けましておめでとうございます。
今年は僕の釣りに新たな発見がありたいと願っております。

今年は安保法をぶっ壊す年にしたいです。政府は安保法をあのような強行採決で決定したので選挙の時には国民の意識を他に向けようとするでしょう。でも、我々はブレてはいけません。沢山の美味しい話を並べてくる可能性が高いです。でも、目の前のリンゴに手を出してはいけません。総てが命があってのことなのですから。
 原発も無くてもやっていけることは国民の総てが判っています。それでも再稼動を強行しています。国民の意見を無視してまでやるってことは議員たちに美味しいリンゴがあるに決まってます。こちらの阻止運動もし続けなければなりません。
 オリンピックの総予算は当初三千億円と言っていました。それが蓋を開ければ1兆8千億円に膨れ上がりました。ようは国民を騙したってことです。国立競技場も改修する程度で世界一お金が掛からないオリンピックを謳い文句にして開催を獲得したのですが、結果はご存知の通り。政府は世界一お金が掛かるオリンピックに変えてしまったのです。これは国民だけではなくIOC(国際オリンピック委員会)をも騙した事になります。日本が世界のあちこちにお金をばら撒いても、どこからも相手にされない理由が解りますね!相手にされない首相はどんどん拠出を繰り返していいカッコしいしてその場を逃げてきているのが現状に思えます。そして、それらの拠出は総て我々のサイフから強制的に取り上げたものです(税金)。そして、また消費税を上げ、タバコ税も上げ、控除を減らしてもっともっと儲けようとしています。このように財政が充分である現在も政府は「取れるなら取る」ということです。こんなことでは国民は税金を払うために働くようなものですから、そのうち働かなくなってしまうでしょう。その上少子化が進み、より財政が悪くなることはわかっています。今のうちに日本を正常な軌道に乗せ、少子化をストップさせることから出来なければこの国の財政は破綻するでしょう。でも、今の政府はそんな事は関係ないのです。今儲けられれば。。。

 我々はそんな政府は要りません。我々が政府の財布を心配しても仕方がないので、とりあえず子会の選挙は我々の命を大切にすべく、安保法だけは白紙撤回する人たちに投票するようにしましょう。

今年が皆様にとっていい年でありますように願っております。というより、みんなでいい年にして行きましょう!


そうそう、釣りは身辺の環境から相変わらずバカの一つ覚えのようなタイリクバラタナゴ釣りしか出来ません。これが一段落したらまた楽しい釣りに移行しますので、それまではつまらないタイリクバラタナゴ釣りです。一段落したらもっと試行錯誤が詰まった楽しい釣りなりますので、もうしばらくお待ち願います。
 画像はタイリクバラタナゴ釣り場で見た朝陽です。真っ赤な空が印象的でした。

それでは今年もよろしくお願いします。 

お世話になりました

2015年12月31日 10時29分19秒 | その他
今年は戦争元年となった年です。政府が国民のことなんか少しも考えていないことが安保法の成立や沖縄(普天間基地問題)、しそて原発問題などからも明らかになってた年です。その上選挙が近付いたら普天間にディズニーを!とか、ばら撒きとか。オリンピックでも当初の予定が3千億円から1.8兆円にふくらみ、税金を湯水のように垂れ流していることが明らかになりました。ちなみに、実際に工事に入れば追加がでますので総額は2兆円は超えるでしょう。これから選挙が近付くとばら撒きを始めそうな気配ですが、沖縄ディズニーも含めて、そんなことで騙されるバカな国民ではないことを信じたいです。
 加えて、これだけ(国内外)ばら撒いているのですから、政府の財政は苦しくはないと思います。それでも消費税を上げたりするのはどうしてなのでしょうか?国民を苦しめるのもいい加減にしてもらいたいと思っている昨今です。
 こんな政府を見ていてうすっかりアンチ自民党になった僕です。その昔はこんな僕も自民党員でしたから後悔しています。


つりに関しては、私的に今年はあまり遠出は出来ませんでしたが、会員たちが行って様々な話を聞かせてくれたので充分楽しむ事ができました。会員の皆様、ありがとうございます。今年はタイリクバラタナゴ釣りの楽しみ方を模索した年になりましたが、結局今の所はバカの一つ覚え的なつりでしかないという認識です。来年はもう少し踏み込んだところを探ってみたいと思っていますが、どこをどのように踏み込んだらいいのか?がさっぱり解らないというのが本音です。今年の釣行回数はなんと200回を超えていますので、それでもこの釣りの面白さが見えてこないというのは、この釣りが本当に面白くない釣りであるか、もしくは僕がこの釣りを楽しむだけの力量に達していないことのどちらかだと思います。僕の心が折れる前にこの釣りの面白さが解ってくれれば、もしくは解らなくても一条の光だけでも見えてくれればいいのですが。
 来年中にはワンコからも手が離れるのではないかと思います。が、また他の問題が起こって(昔世話になった人)が悪い病気になってしまったので、そちらにも時間が必要になっている状況です。よって、来年もあまり行けなさそうですが、今までと違うのは時々なら一日をフルに空けることができることです。
 よって、来年は行くことが出来そうなのですが、これだけ行っていないと足腰の劣化は間違いなく、ちょっと自信が無くなってます。でも、行って何回か痛手を負えば元までとは言いませんが、それなりに釣りは出来るようになるのではないかと思っています。もしそんな風になったらまたUPしますのでよろしくお願いします。それまではつまらない釣りのUPしか出来ませんがご理解のほどよろしくお願い致します。

楽しさ探し

2015年12月22日 09時19分43秒 | タナゴ釣り
釣りはその魚種ごとに面白さがあって、しかも同じ魚種を狙うにしても色々な釣り方があったりするものですからその種類といったら何百・何千、いやいや何万という釣りがあると思われます。そして困った事にそのそれぞれに違った面白さがあるのです。ですから、とにかく『釣り』が好きな管理人としては何釣りをしようか?迷ってしまうのです。もっとも、今の僕はワンコの介護をしているので鯉釣りかタイリクバラタナゴ釣りしか選択の余地がありません。鮒ってテもあるのですが、我が家の近所はヘラブナの放流によって昔釣れたキンブナが居なくなり(多分絶滅している)、俗にハンベラと言われる(多分キンブナとヘラブナのMIX)ばかりになってしまっています。よって、つれてくる毎にキンブナを思い出し、ヘラブナの放流に腹立たしさを感じてしまうのです。そんな釣りは面白くも何ともありませんので鮒は却下しています。鯉も放流が頻繁に行われていて、とても強い魚ですから、少々の水質悪化などはものともしません。そんな魚ですから昔は『一日一寸(1日で3㎝、つまり10日通って尺が釣れるということ)』と言われていた魚も、今ではタナゴより釣れるかもしれません(笑)。そんな魚ですから自分から釣ろうなどとはとても思えないのです。それで行き着くところはタイリクバラタナゴってことになってしまうのです。
 上記したように何百・何千、いやいや何万という釣りがあり、それぞれに違った面白さがあるとはいったものの、このタイリクバラタナゴ釣りに限っては面白さを感じられないのです。『つまらないならしなきゃいいじゃん』って声が聞こえてきそうですが、釣りをしないよりはマシって事です。・・・でもね、少しだけこの釣りの面白さが解って来たような気がしています。
 この釣りは誰が釣っても道具が同じなら同じ程度の釣果が出せる釣りですから、ウデなんてモノはなくて、沢山釣れてもそれは場所とかその時の条件とかが良かっただけです。より沢山釣ろうとしたら砥ぎ鈎を使ったりするだけで釣り方は変えられません。どうしてかっていうと、仕掛け入れた途端に魚信るのですから釣り方を変える余地がないのです。ちゃんと口に入る鈎と餌を使えばタイリクバラタナゴたちはほとんど咥えたまま放しません。ですから上げれば釣れているのです。
 道具に工夫はあっても釣り方に工夫する余地がない釣りが面白いはずがありません。でも、この釣り方に何も工夫がないことがあれこれ考えずにすむいいところなのだとか。・・・要は脳内麻痺を楽しむ釣りだと。・・・そう聞いたので何も考えずにただバカの一つ覚えにように繰り返す努力をしましたが、やはりウキを通して水中を想像し、その想像からあれこれやってしまいます。これは僕の癖みたいなもののようです。で、僕はそうしながら釣りを楽しむことを常として来たので、この釣りの魅力がまったく解りません。何も考えずに竿を出すだけで楽しいならそこら辺の水溜りで竿出していればいいんじゃないの?と思ってしまいます。
 でも百聞は一見にしかずといいますからここのところはなるべく何も考えずに竿を出す努力をしてみました。釣果は低下しますが、これがこの釣りの面白さだ!と自分に言い聞かせながら釣っていました。結果、以前は2時間で束前後の釣果でしたが、何も考えないと半束程度になってしまいます。もっとも、魚信も見ずに仕掛けを入れてから5つ勘定したら上げるとか、要はなるべく何も考えずに釣ってこの釣りの醍醐味を感じてやろうと頑張ってみたのです。ですが、そもそも釣り味さえあまりないこの釣りなのに、数が出ないのではこの釣りが面白くなりません。
 この釣り、もしかしたらどこに楽しさがあるか?を探す楽しみがあるのかもしれません。