今NHKで連続TVドラマで「ちりとてちん」をやっていますね。
私は結構このドラマのファンなのでほぼ欠かさず見ています・・・実は見なかった日はドラマが始まって以来1日しかない。
それどころか日に複数回は見ることになるのです。
出勤時間があるので通常放送の1チャンネル朝8時15分は無理ですから、BS2朝7時30分の放映を見るのが日課ですが、女房殿もこのドラマのファンでこちらは朝の放映は無理なので夜7時半のBS2の再放送を見ます・・・ということで私もなんとなく2回目を見てしまいます。
「俺はもう見たから別の番組を・・・」とは言い出せないし、黙っているのが家庭の平和には最善の道でもある。
そして知っていてもその日のストーリーは決して事前に漏らしてはいけない。
こういうところは保身もあるので口は堅いのですが・・・実は職場碁の対局をする部屋は職員の休憩室なので、そこを利用する人が必ずこのドラマを見る(彼はおそらく平日はこの時間しか見られないはず)。
従って多い日は日に3回同じ場面を見てしまう・・・最高で4回見た日もありました。
ところが、たまに女房殿が放映チャンスを逃したときの悔しがり様・・・そういう時は私にとばっちりが来ます>「今日の話の展開は?」とチェックがはいります。
「簡潔にストーリーを述べよ」みたいな設問、「そうでなくては明日の放送と繋がらないではないか」という脅迫みたいだし、上手く答えられないと『毎日何を見ているのよ』と言われかねないプレッシャーがある。
突然の質問には、日に2,3回見ているのに説明が下手なので我ながら情けなく感じてしまいます。
僅か15分の放送分なのに・・・、1時間はかかる碁の観戦の方が話易いと感じています
ドラマの展開もさることながら、私は落語が好きなんですね
昔は桂文楽が好きでした。
世間ではもう一方の対極みたいな古今亭しん生が人気があり両方とも名人なんでしょうが、私としては断然文楽。
きちっとした芸風が好きなんです。
きっと人間は自分に無い方を好きになるのでしょうね
野放図なしん生の方に似ている性格なので、落語は文楽贔屓
世の中のマジメな人たちは逆に型に嵌らないしん生でしょうか
そういうところって囲碁にもありませんか?
私はかなりありそうな気がします
勿論私の知る範囲でのザル碁仲間での話しです
マジメと言うか社会的な地位があるとか、会社や組織できちんとした仕事をしているひとに、戦い好きの碁を打つ人が多いような気がします。
その反対に割合いい加減とまでは行かなくても、くだけたタイプの人に細かいというか、数える碁をを好む人が多いような気がする。
まさに普段の自分と違うことを目指すわけです
勿論例外もあるし、誰もプロトタイプではないから、出現率みたいなところでは差があるでしょうし、各自の棋力も影響なしでは無いでしょうが、概ねそういう傾向があると考えるのです。
少なくとも私については、根がいい加減なので遊びの碁の世界では真面目を目指すところがある。
(これは逆かも知れません:”遊び”にのみ真剣に取り組むのだから、ほかから見たら”いい加減な人間”である・・・)
それでこの程度かと冷やかされそうではあるけれど・・・
落語に戻って私は文楽、円生のファンでしたが今はなく、関西の桂米朝のファンというところでしょうか
関西落語特有の噺の中に出てくる音曲も賑やかで楽しいですね
ところで関西というと・・・かなり前になりますかやはりNHK朝ドラで「二人っ子」というドラマがありましたよね
二人っ子の一人が女流棋士になる話・・・但し将棋の棋士ですが
中村嘉葏雄の真剣師役が好きでした。
ドラマの中の台詞を今でも憶えています
女流棋士を目指す弟子に言います
「上手い手を指そうと思うな。相手が怖がる手を指せ」(この通りかどうかは自信ありませんが、概ねこういう意味だったはず)
上手い棋士ではなく、強い棋士になれという真剣師ならではの教えでしょうね
囲碁の世界で、しかもザル界の棋士を見てこういう事はありそうに思えます。
当然プロおよびアマ高段者は別世界なのでよく分かりません
それ以下の地上の世界では「上手い」と「強い」が必ずしも一致しないで別々に存在するような気がします・・・マア程度或いは混合比の問題かも知れませんが
定石をたくさん知っていて上手いのだけれど、なぜか勝負強いとは言えないとか、筋がいいとは思えないのだけれど力が強いとか・・・
では知り合いで誰がそのタイプか?或いはお前はどっちのタイプなのだと問われると明確な返事は難しい。
微妙な感じはするけれど”ある”ような気がするのです。
碁ではないけれど麻雀などでははっきり”あった”と言えるような気がします
碁でアマ仲間なのに上手くて強かったら、尊敬されるか敬遠されるかどちらかになりそうです。
私は尊敬も敬遠もされないタイプです、ハイ
私は結構このドラマのファンなのでほぼ欠かさず見ています・・・実は見なかった日はドラマが始まって以来1日しかない。
それどころか日に複数回は見ることになるのです。
出勤時間があるので通常放送の1チャンネル朝8時15分は無理ですから、BS2朝7時30分の放映を見るのが日課ですが、女房殿もこのドラマのファンでこちらは朝の放映は無理なので夜7時半のBS2の再放送を見ます・・・ということで私もなんとなく2回目を見てしまいます。
「俺はもう見たから別の番組を・・・」とは言い出せないし、黙っているのが家庭の平和には最善の道でもある。
そして知っていてもその日のストーリーは決して事前に漏らしてはいけない。
こういうところは保身もあるので口は堅いのですが・・・実は職場碁の対局をする部屋は職員の休憩室なので、そこを利用する人が必ずこのドラマを見る(彼はおそらく平日はこの時間しか見られないはず)。
従って多い日は日に3回同じ場面を見てしまう・・・最高で4回見た日もありました。
ところが、たまに女房殿が放映チャンスを逃したときの悔しがり様・・・そういう時は私にとばっちりが来ます>「今日の話の展開は?」とチェックがはいります。
「簡潔にストーリーを述べよ」みたいな設問、「そうでなくては明日の放送と繋がらないではないか」という脅迫みたいだし、上手く答えられないと『毎日何を見ているのよ』と言われかねないプレッシャーがある。
突然の質問には、日に2,3回見ているのに説明が下手なので我ながら情けなく感じてしまいます。
僅か15分の放送分なのに・・・、1時間はかかる碁の観戦の方が話易いと感じています
ドラマの展開もさることながら、私は落語が好きなんですね
昔は桂文楽が好きでした。
世間ではもう一方の対極みたいな古今亭しん生が人気があり両方とも名人なんでしょうが、私としては断然文楽。
きちっとした芸風が好きなんです。
きっと人間は自分に無い方を好きになるのでしょうね
野放図なしん生の方に似ている性格なので、落語は文楽贔屓
世の中のマジメな人たちは逆に型に嵌らないしん生でしょうか
そういうところって囲碁にもありませんか?
私はかなりありそうな気がします
勿論私の知る範囲でのザル碁仲間での話しです
マジメと言うか社会的な地位があるとか、会社や組織できちんとした仕事をしているひとに、戦い好きの碁を打つ人が多いような気がします。
その反対に割合いい加減とまでは行かなくても、くだけたタイプの人に細かいというか、数える碁をを好む人が多いような気がする。
まさに普段の自分と違うことを目指すわけです
勿論例外もあるし、誰もプロトタイプではないから、出現率みたいなところでは差があるでしょうし、各自の棋力も影響なしでは無いでしょうが、概ねそういう傾向があると考えるのです。
少なくとも私については、根がいい加減なので遊びの碁の世界では真面目を目指すところがある。
(これは逆かも知れません:”遊び”にのみ真剣に取り組むのだから、ほかから見たら”いい加減な人間”である・・・)
それでこの程度かと冷やかされそうではあるけれど・・・
落語に戻って私は文楽、円生のファンでしたが今はなく、関西の桂米朝のファンというところでしょうか
関西落語特有の噺の中に出てくる音曲も賑やかで楽しいですね
ところで関西というと・・・かなり前になりますかやはりNHK朝ドラで「二人っ子」というドラマがありましたよね
二人っ子の一人が女流棋士になる話・・・但し将棋の棋士ですが
中村嘉葏雄の真剣師役が好きでした。
ドラマの中の台詞を今でも憶えています
女流棋士を目指す弟子に言います
「上手い手を指そうと思うな。相手が怖がる手を指せ」(この通りかどうかは自信ありませんが、概ねこういう意味だったはず)
上手い棋士ではなく、強い棋士になれという真剣師ならではの教えでしょうね
囲碁の世界で、しかもザル界の棋士を見てこういう事はありそうに思えます。
当然プロおよびアマ高段者は別世界なのでよく分かりません
それ以下の地上の世界では「上手い」と「強い」が必ずしも一致しないで別々に存在するような気がします・・・マア程度或いは混合比の問題かも知れませんが
定石をたくさん知っていて上手いのだけれど、なぜか勝負強いとは言えないとか、筋がいいとは思えないのだけれど力が強いとか・・・
では知り合いで誰がそのタイプか?或いはお前はどっちのタイプなのだと問われると明確な返事は難しい。
微妙な感じはするけれど”ある”ような気がするのです。
碁ではないけれど麻雀などでははっきり”あった”と言えるような気がします
碁でアマ仲間なのに上手くて強かったら、尊敬されるか敬遠されるかどちらかになりそうです。
私は尊敬も敬遠もされないタイプです、ハイ
