たんぽぽの心の旅のアルバム

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第五章岐路に立たされる女性-③転機が訪れる

2024年07月12日 10時24分08秒 | 卒業論文

  男性のように仕事と私生活を切り離して考えることができず、私生活の事情次第で働き方も異なり、性別役割分業に対する意識も一様ではない女性には、年齢に沿って節目が訪れる。女性はたびたび岐路にたたされるのだ。素描してみるとー。

 入社まもない若い女性は総じて性別職務分離という考え方には疎遠である。与えられる下位職務の定型的で高密度の作業にはうんざりする。しかし勤続年数の短いうちは、そんなものかと思ってまずは事態の推移を待つ。次のような25歳の女性の言葉が一般職の若い女性のおおかたの声を代弁していると思われる。「仕事が面白いって感覚わからないんです」、「みんな、今は就職しているけど、一生働こうと思っている人はいないですよ。お金を貯めるためにがんばって働いているひとはいるけど、仕事をいきがいだと話す人はきいたことないです」、一生勤めようとは思わないが、「夏になればボーナスをもらえるし、今すぐ辞める理由はない」のである。[i] 文句はいいながらも律儀にOLを続けてゆく。それもまた一つの道である。そして、実際そういうOLがほとんどでそういうOLたちによって会社は支えられているのである。しかし、一方では、このままではいやだという気持ちも捨てられない、何かしたい、私にだって何かできるはず。気持ちは揺れるのだ。平均25歳を境に結婚・転職が増えていく。仕事を続けて5年以上たち、余裕ができて迷いも生じる頃である。「25歳って考える歳です」という、雑誌の記事の中からいくつか女性の声を拾ってみたい。「私は今25歳です。いろいろなことがあって今の歳になりましたが、25歳って女にとって考える歳のように感じます。今は結婚も考えられない状況ですが、そういったことも含め自分のことを見つめ直さないといけないと思っています。」「25歳。昨年は私にとっていろいろ悩んだ歳でした。特に、仕事のことで…。会社を辞めて派遣で働きだしたり、派遣先でも、壁にぶつかったりと、波乱万丈でした。その中で得たことは、辛抱強くなることと友達や彼氏の大切さ。精神面で助けてもらい、本当に感謝しています。ある意味では精神面で成長した1年間だったと思います。」「5年勤めた会社を辞めて、オーストラリアへワーキングホリデーに行くと決めたのが25歳。仕事も一生懸命やっていたときでした。ちょうどその頃って、自分についていちばん考え始めるんじゃないかな。もちろん25歳のときだけではなく私の激動は今も続いています。でも、パワフルにいこうって思えたのは25歳でしたよ。」[ii]

 そのまま仕事を続ければ、28歳で「男女の壁」にぶち当たる。この頃から、同期の男性と、会社からの扱われ方に差が出始めるのである。多くのOLは基本的に定型的または補助的な仕事のままで、男性社員のように上位職務への脱出は願ってもかなわない。そして、社内に目指すべき女性の先輩がいないことに不安になる。30歳を境に求人案件が減少するという実情や結婚もからみ、「本当に今の会社でやっていくのか」と多くの女性は悩むのである。「今の仕事に本当に向いているのかわからない。大学の女友達が結婚・出産し始め焦る」(27歳)「仕事にいろいろな思いをもつようになり、このままでいいのか?もっとできることがあるのではないか?・・・仕事に打ち込めば打ち込むほど悩みは強くなる」(28歳)[iii] 唯川恵は、揺れるOL7年目の心境を次のように振返っている。「今のままでいれば安定したお給料が入ってくる。仕事だってつまんないけど覚えている。会社でハニワのようになっていれば、後は習い事をするとか、パーッと飲みに行くとか、海外旅行でも行って気分を晴らせば。何も無理して新しい仕事なんか捜さなくても」と思う。しかし、「このまま勤めてたってただのOLでしかいられないわ」と突然退職し専門学校に通い始めた友人の生き生きとした姿に、では「私はいったいなにができるの?なにがしたいの?」と自問自答は続くのである。[iv] 

 そして、30歳を迎える。この頃を境に女性は同年代でも生き方がばらばらになってくる。20代後半に始まった分化は、30代前半にはくっきりとしてくるのである。20代後半から30代始めにかけて、専門職と事務職の一部には、近年の能力主義の強化、女性の「戦力化」政策に対応して仕事に前向きに挑戦しようとする女性も出現する。この挑戦が条件に恵まれて成功を収める程度に応じて、彼女らは「もう男だ、女だってこだわってる時代じゃない」というジェンダーニュートラルな志向に傾いてゆく。もっとも、こうした女性たちの多くはプロ志向であって管理職志向ではないので、彼女たちの中からは修学や資格取得希望の退職者も輩出される。[v] 就業を継続させていた場合、勤続10年ともなればOLの仕事の質と量が個人間で多様化し、他方私生活では出産や子育てがかかわりもっとも家事の負担が重くなる。会社の要求と仕事への意欲、プライベートがかみあわず苦しむ女性も多い。熊沢誠は、30代前半の女性の就業コースに四つの立場を想定している。

 先ず、仕事の裁量権が与えられていて面白くかつ労働時間、ノルマなどのしんどさもほどほどで家庭責任との両立が可能な少数派。その対極にある、仕事が定型的または補助的なものに限定されたままでやりがいがなく、かつ心身を消耗させるほどしんどくて家庭責任との両立が困難な場合。この場合、生活のために働く絶対の必要性に迫られていない限りは、そのさきの就業コースとしては、相対的に見て多数が結婚・出産退職すると考えていいだろう。女性は家事や育児といった裁量権を発揮できる「女性らしい」営みに自分の不可分性を発揮することによってそれなりの自立を求めるのである。三つ目として仕事にやりがいはないけれども家事・育児と両立できるほどの負担に留まっている場合。この場合、とりあえず今の会社での就業継続を選択すれば様々な心の調整が求められる。女性は、性別職務分離と言う確固たる現実に「妥協」するか、やりがいのある仕事への欲求を調節して「納得」するかを選ぶだろう。もやもやした気持ちを抑え、「10年1日同じような仕事をさせられている」という鬱屈を「どこへ行ってもわたしにできるのはこんなこと」、という悟りに変えて勤め続ける。気力なく働くという場合もある。あるいは、「営業アシスタント」「データ入力係」「職場の潤滑剤」も会社の業務には不可欠と考え、そこに自己の存在理由を見出そうとする。こうした様々な心の調整も、正社員を限定する労務政策の強化や穏やかだった職場の雰囲気に変化があれば無理になり、結婚・出産を契機におくればせながら家庭に入っていく。この論文で注目しているOLの大多数は、二番目と三番目の立場だろう。四つ目としては仕事にやりがいはあるけれども、心身ともにきつく、家庭生活との両立が困難な場合が想定される。[vi] どの立場であろうとも、年齢との葛藤を男性よりも早くから味わっている女性は、35歳頃に人生の転機を迎えるのである。

 

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引用文献

[i] 松原惇子『クロワッサン症候群 その後』227-235頁、文芸春秋、1998年。

[ii] 『OZマガジン 1999年SPRING号 あなたが選ぶ生き方』、スターツ出版。

[iii] 『日経ウーマン 2001年11月号』15頁、日経ホーム出版社。

[iv] 唯川恵『OL10年やりました』155-158頁、集英社文庫、1996年(原著は1990年刊)。

[v] 熊沢誠『女性労働と企業社会』170-171頁、岩波新書、2000年。

[vi] 熊沢、前掲書、156-158頁。

 

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