たんぽぽの心の旅のアルバム

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第五章岐路に立たされる女性-②女性は仕事と私生活が不可分

2024年07月09日 14時42分23秒 | 卒業論文

  一般職OLには期間限定の感がある。松永真理は、商社に勤めるOLから聞いたこんな話を紹介している。商社でOLしているというのがウリになるのは、25歳までなんです。その後はウリがリスクに変わっていきます。5年たってもまだいい男性を見つけられなかったのか、って他人の視線を感じてくるし、5年も同じ仕事やっているただの事務員か、って自分でも思えてくるし」。[i] このOLが言っているように、「まだ結婚しないのか」という周囲の視線と、第四章の「OLと年齢」の項で記したように、OLの仕事は単純反復作業であればあるほど若さに価値がおかれていることをOL自身が肌で感じている故に、OLにとって一般職OLの仕事を一生の仕事とは考えにくい。「生涯一OL」とか「58歳のOL」とかにはなかなかならないのだ。女性の多くは、どこかまだ本当の自分ではないような気がし、現在の生活をいっときのもの、と感じている。「このままでいいのか」と言う疑問が、つねに頭のどこかにあり、自問自答を繰り返しているOLが多いのだ。次のような女性の言葉がOLの代表的な声であろう。「25歳は女の転機ですよ。辞めるなら今だと思いました。かねがね、OLをずっと続けていくことに疑問を感じていました」、「OLなんか続けていても何の将来性もないし」。[ii] このように、単なる事務職であるOLが若いうちだけ「とりあえずOL」し、25歳を節目と考え、25歳を過ぎれば結婚・転職等迷う背景には、女性は男性に比して仕事と私生活が深く結びついていることがある。女性は男性と異なり、結婚、出産、子育てといった大きなライフイベントが20代、30代という人生の前半に集中し、年齢との葛藤も早い時期から味わう。結婚する相手によって住む場所も変われば、生まれる子供によって手のかかり方も違う。自分の意志だけではいかんともしがたい、そうした私生活の事情次第で女性の働き方は異なってくるのだ。日本型企業社会の中で女性にとって仕事と家庭を切り離して考えることは困難である。女性は男性に比して、それぞれの私生活の事情によって仕事の上での課題や問題点も違ってくるのである。日本の性差別的企業慣行が男性と女性に異なる働き方を要求し、それがジェンダーによって納得され正当化されていることはこれまでにも繰り返し記してきた。ここで改めて小笠原祐子の記述に沿って女性にとって仕事と私生活がいかに密接に結びついているかを概観したい。

  小笠原は、BG時代からめんめんと続く「女の子」扱いに対してOLが組織だった抗議行動を取らない理由を、女性の仕事と私生活の不可分性に見出している。従順、受動的、あるいは嫉妬深い、といった女性特有とされる性質にOLの連帯感の欠如の原因を見出しがちであるが、そうした見解は、OLが連帯感を情勢するには非常に困難な状況におかれているという構造的要因を無視した、いわば被害者に被害の原因を求めるようなものだ、と小笠原は述べている。嫉妬などのいわゆる「女性的」とされる感情は、女性の生得的なものではなく、外部の環境が女性により多くそのような感情を引き起こさせる。OLは男性社員に比して生来嫉妬深いのではなく、職場の環境と仕事の過程が男性と女性では異なり、その異なる外部要因が一方の性により嫉妬という感情を引き起こしているのだ。先ず社内的には、OLは男性社員に比べ社内の上下関係の中での自分の位置が不明確であることが考えられる。年功、学歴、勤続、年齢といった上下関係を決定する四つの異なる指標が互いに矛盾して存在し、学歴の異なる女性の人事方針は矛盾に満ちている。

次に、社外的には、女性の場合、独身、結婚、出産という比較的短い期間に訪れる人生の各場面においてどのような決断をしたかによって、同じ女性社員といってもその目標や悩みはずいぶんと異なり、一人一人の働き方は違ってくる。[iii] さらに、非正社員化が進み、就労形態の異なる女性同士が入り混じっている今日的状況では、それぞれの位置づけは不明確であり、同じ職場で似たような仕事をしつつも、目前にしている状況はそれぞれに異なり、その中での目標や期待も異なれば、心を痛める心配事も抱える問題も様々なのである。男性は女性に比べると、私生活によってその働き方に相違がでる度合いがはるかに小さい。男性も女性同様に様々な異なる私生活を送っている。結婚や子育てを経験する。しかし、私生活がどのように異なっても、女性の場合ほどに働き方に影響を与えることはない。子供が生まれたからといって男性は仕事と子育ての両立に悩むことはまずないのだ。大多数の男性はどのような女性と結婚しようと勤め先の企業を辞めない。大多数の男性は家族の状況がどうであろうと、いったん会社から辞令が下れば、遠方への転勤に同意する。大多数の男性は何人子供を持とうと育児休暇をとろうと思うことはない。男性のこうした硬直的な職業生活は、女性が自身の生活を柔軟に適応させているから可能なのである。夜遅くまで残業や接待、休日出勤する夫に代わって家事や育児をする妻。夫の転勤が決まれば仕事を辞めて一緒に任地に赴く妻などなど、男性が仕事から家庭を切り離すことができるのは、女性が仕事と家庭を切り離して考えないからである。女性は自分を抑えて家族を支える生き方を求められてきた。女性の仕事と家庭の不可分性は、日本型企業社会が女性に求めてきたこうした役割と密接な関係がある。

 小笠原の『OLたちのレジスタンス』に共感する熊沢誠は、女性の性別役割分業に対する意識の多様性を次のように述べている。第一に、経営組織上の下位職務にほぼ平行移動できるような「女に適した仕事」があるということへの幾重もの正当化、第二に、世帯の主要な稼ぎ手は男であり、女は補助的な稼ぎ手には「なってもよい」があくまで家事・育児の専担者であるべきだという通念。この二つに対応する女性の主体的な意識には、第一の性別職務分離論についてはもとより、きわめて一般的なレベルでは支持率の高い性別役割分業論についても多様性がみられる。一方の極にはここからの肯定・内面化があり、他方の極にはきっぱりとした「拒否」がある。しかし、おそらく多くの女たちの意識の位相は両者の中間にあるだろう。そこには現実の動かし難さに応じて欲求をコントロールした上での「納得」、その現実への「妥協」、あるいはジェンダーのしがらみを回避できるような個人的な立場を獲得する選択などが認められる。[iv] 個人としての女性のライフサイクルは、年齢に沿ってしばしば訪れる人生の転機に、たとえば学歴や職業や「時代の常識」によってこうした多様性のいずれかに傾き柔軟に適応していく。職場体験と生活体験を重ねるなかで変化も遂げていくのである。

 

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引用文献

[i] 松永真理『なぜ仕事するの?』141頁、角川文庫、2000年(原著は1994年刊)。

[ii] 松原惇子『クロワッサン症候群』147頁、文春文庫、1991年(原著は1988年刊)。

[iii] 小笠原祐子『OLたちのレジスタンス』33-34頁、中公新書、1998年。

[iv] 熊沢誠『女性労働と企業社会』170-171頁、岩波新書、2000年。

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