「「緑の森にかこまれた深い湖がありました。湖は高い山の雪どけ水をたたえて、しいんと静まりかえっていました。岸辺の木陰では小鳥たちがしきりにだれかを呼んでいます。
『おいで、おいで、オンディーナ。きょうもいっしょに歌いましょ。』
するとさあっと水を分けて美しい娘が現れました。・・・」
この絵の娘はこうして湖上に姿を現した水の精・オンディーナです。
「にじのみずうみ」という物語は、オートリアとの国境に近いイタリア北部に伝わる民話で、アルプスの山間(やまあい)にあるカレッツァ湖という小さな湖が舞台となっています。付近は樅(もみ)の木の大木がおい茂り、雪で覆われた山の頂きを映す湖水はどこまでも澄みきっているということです。
ところで、母はとても旅の好きな人でした。大きな仕事机のうえには旅のガイドブックや各地の美しい写真のはいった本がよくひろげられており、列車の時刻表は必ず机の横におかれていました。もっとも、いつも仕事に追われていた母はなかなか気ままな旅に出るというわけにはいかないようでしたが、旅のプランを立て、写真をみながらその土地へ想いを馳せるだけでもずいぶん楽しそうでした。
この小文を書くために、母の蔵書のなかから『世界文化地理体系・21・イタリア』という本を取り出してみました。ページをめくっていくと時おり四つ葉のクローバーがはさまっていました。気に入った風景や建物の写真のあるところにはさんでおいたのでしょう。カレッツァ湖の写真はありませんでしたが北イタリアの湖の写真のあるページにもちゃんとはいっていました。
そういえば子どもの頃「四つ葉のクローバーを見つけると幸運がくるのよ」と母にいわれながら、いっしょに道ばたにすわりこんでいたことを思い出しました。」