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たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

音楽物語『蝶々夫人』

2014年01月13日 21時48分17秒 | ミュージカル・舞台・映画
プッチーニのオペラを10年後の回想として物語にしたものでした。
語りは岡幸二郎さん。演奏は新日本フィルハーモニー。素晴らしかった。

蝶々さんの子供ドローレの10年後を演じた清史郎君、出番は少しだけでしたが、スーツ姿が可愛くてかっこよかった。

蝶々さんの歌うアリア「ある晴れた日に」、知っているようで知らなかったので聴けてよかったです。せつなくて悲しくて涙が出ました。
里中満知子さんのコミック本で予習していったので物語がよくわかりました。
歌の時は字幕もあったし。

愛する人の裏切りを知った時、蝶々さんは子供を守るために自ら旅立ってしまう。
子供の名前は、ドローレ(悲しみ)、喜びに変わる日を待ち続けたがかなわなかった。

生きることはきびしい。ドロドロ。

妹の分までふんばれるか、わたし・・・。


『「甘え」と日本人』より

2014年01月13日 10時26分37秒 | 土居健郎・齊藤孝著『「甘え」と日本人』
「甘え」という言葉は、日本文化の本質をえぐる概念であった。日本は、「甘え」ることができることを積極的に評価する文化を持っていた。上手に甘えることができる人間は、甘え下手なしっかり者よりも得をする傾向があった。しかし、甘え上手というのは、相手との距離感を上手に肌でつかんでいる人間ができることだ。ここは甘えても大丈夫だと思った瞬間には、すっと相手の懐に飛び込んでみる。そうすることで親近感が生まれ、相手もかわいがってくれる。しかしタイミングを誤れば、単になれなれしい不作法な人間として低い評価を受ける。これはちょうど相撲で押したり引いたりのかけひきをしているのに似ている感覚だ。(5頁)

土居健郎・齊藤孝『「甘え」と日本人』(2004年、朝日出版社)より。


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日本はこんな小さな島国。大きな自然災害といつも背中合わせ。
遥かなる大草原がひろがり、州が違えば国が違うようなアメリカと気候・風土が違う。
アメリカ式のドライなやり方をそのまま持ち込むのは日本人には合わないと思う。
つつましく肩寄せ合って助けあいながら生きていくのは無理なのかな・・・。

大震災の後、東北の方々がみせてくれた互いを思いやり、いたわりあう姿。
あれほどのことがありながら自分は大丈夫だからと笑顔をみせる。

乳幼児精神保健学会のW先生が大震災の後、日本人には甘えの文化があるということを
強くおっしゃられています。
土居健郎さんの『甘えの構造』をもう少しいろいろと整理がついたら読んで、わたしも考えていきたいと思います。

自分にごはんを食べさせながら、なにかできることはないだろうか、厳しいかな。
考え続ける・・・。