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栗田工業“ちかん裁判”本人・証人尋問終了で結審・横浜地裁(通算No129)

2012年02月15日 22時06分04秒 | 栗田工業ちかん裁判、野崎Vs藤野一本勝負





  栗田工業“ちかん裁判”
  判決は4月17日火曜日、午後1時10分(横浜地裁503法廷)

  藤野宏“法皇”(前会長)が“ちかん”呼ばわりに激怒したワケ


 東証一部上場の「水のクリタ」と藤野宏顧問が単行本『大恩・忘恩・報恩』の著者で栗田工業創業者野崎貞雄氏を相手取って同書の複製等の禁止を求めた、いわゆる“栗田工業ちかん裁判”の本人・証人尋問は昨14日、横浜地裁第6民事部(森義之裁判長)でおこなわれ、同訴訟は結審した。判決は来る4月17日午後1時10分、於503法廷。
 尋問は被告の野崎氏、原告の藤野氏、原告側証人の岡山田吾作氏(社史編集担当)の3人に対しておこなわれた。

 被告野崎氏は、栗田工業創業者栗田春生氏とともに同社創業時の経験をともにした、たったひとりの生き残り。栗田工業社史の創業の発端となるエピソードの間違いを指摘し続けたために藤野氏の逆鱗にふれ、創業者にして「社友会」から除名されるに至っている。創業エピソードとは、故栗田氏が創業前にメイン商品として清缶剤(ボイラー洗浄用の薬品、海軍では浄罐剤という名称)を選んだことが、独創的であったのか、他人の示唆に基づくものだったのかという点に関するもので、野崎氏は栗田氏の独自の発想だとするのに対し、栗田工業社史は「どっかの船の機関士のひとこと(趣旨)」によるものと記述している。
 野崎氏はこれが栗田氏の名誉を傷つけるものと心を痛めてきたが、社史の間違いを大上段から指摘して訂正するのではなく、別媒体(『栗田工業のプロジェクトX』という冊子)の記述でもって穏便に事実上訂正しようとしたが、同冊子について藤野氏側が結果として頒布禁止同様の横やりを入れたことから、人生最後のチャンスとしてやむなく『大恩・忘恩・報恩』の刊行に至った経緯などを陳述した。
 また、社史刊行から数年を経て、社史の誤りを指摘し始めた点については、「社史が刊行された時期は会社が祝賀ムードであったので、あえてそれに水をさす必要はないと思った。おだやかに問題を訂正するために、機会到来を待っていた」(要旨)との内心の動きが説明され、「文句があるなら社史刊行直後に異議を唱えるのが当たり前なのにおかしい」(趣旨)とする藤野氏側の主張に根拠がないことが明らかにされた。

 次に岡山田吾作証人(仮名)は、社史編集時に当該記述の「原稿」(初校、二校、三校という表現をしたので、校正刷り=ゲラのことを指すようだ)を3回にわたって野崎氏に渡したなどという野崎氏がまったく記憶にない主張事実を繰り返した。また、それらの原稿だかゲラだかを「念のため読んでください」とか言って野崎氏に渡したというのだが、いずれもその後になって、「どうですか、何か問題がありますか?」「あんなもんでいいですか?」といった問い合わせを一切していないという不自然な事実も明らかになった。さらに、創業時の記述については当時を知る人間として当時アルバイトとして栗田工業で働いた人物には取材したものの、唯一の生き証人たる野崎氏にはまったく取材していないという不思議すぎる事実をも明らかにした。つまり、『追悼栗田春生』という書物に書かれた個人の記憶を客観的事実として書いてしまったということを認めたのである。

 藤野氏は、社内外の評判とはうってかわった静かな陳述ぶりで、「野崎氏ほか1名」が藤野氏と栗田工業本社で面談した際に激こうした事実はないと主張したが、『栗田工業のプロジェクトX』にかかる会社側の措置についてはすべてそうした事実があったことを認めた。つまり、藤野氏がどういう態度で野崎氏ら二人に対応したかを除くと、野崎氏の主張事実を全面的に認めたということになる。
         

 この裁判で藤野氏らが求めているのは、繰り返しになるが下記のとおりである。


 野崎氏の手許にある『大恩・忘恩・報恩』は1冊のみで、それを廃棄しようがするまいがほとんど意味をなさない。また、野崎氏はすでにご自分でここに配布したい、あそこに配布したいという人や団体に対しては、刊行時に交付された100冊および購入した15冊を配り終わっている。また、今後、さらに同内容の著作を公表する考えはないとみられる。そうした状況の中でおこなわれるこの裁判にはなんの意味も見出せないし、紛争の終局的解決にはなんの寄与もしないことは明らかである。


 ところで、この出版介入と裁判沙汰の発端時には、野崎氏が藤野氏を「ちかん」呼ばわりした文書が資料編に収録されていることが大きなポイントだったが、尋問では一言もこれに関するやりとりはなかった。もともと、この「ちかん」は「破廉恥漢」の「恥漢」だと野崎氏は説明しているが、藤野氏側では「痴漢」の「ちかん」だという受け止め方をしたのか、尋常ではない反撃ぶりだった。
 クンちゃんは、一部上場会社の社長がほんまもんの「ちかん」であるはずもなく、世間もそんな見方をするはずがない、なんで笑い飛ばしておかないのか、という趣旨をこのブログにも書いている。

 ところがクンちゃんはこの日、くさい話で恐縮だが、横浜地裁5階のトイレで、栗田工業従業員らしき人間ふたりが語るえらいことを耳にしてしまったのである。

 というのは、野崎氏がご自分のホームページで「藤野氏はちかんだ!」などと攻撃していた時期に、藤野氏の身の回りには、ちかんではないが、いわば大きな分類ではそんなものと同じ扱いにされてしまうかも知れない社内問題が実際に存在していたようだ。これが「社外」なら日本の風土では、たいして問題にされないのかも知れないが、「社内」だからねえ。

 どうりで怒るわけだわな。わざわざ自分が原告となって、この訴訟を起こしたのも、さもありなん、という実感である。

 んで、その問題というのが“結実”してから、はや5年がたつ、という。

 うーん、そうだったんか。
 
 可愛い盛りだんべな!

 となるとだよ、院政なんぞ、敷いてる場合なんかね? 会社中みんなが知ってんのに、いったいどの面下げて出社してくんかねえ! 呆れるわあ!

 それに、藤野氏と栗田工業法務部お得意の“法的措置”、こっちのほうはまさか頬かむりってことはないよなあ?

 
 このブログ記事は、来週月曜日には伊藤忠広報部へ送信することにするわい。






   栗田工業と文芸社によって葬り去られた野崎貞雄著『大恩・忘恩・報恩』の“遺影”  カバー写真は故栗田春生氏

  野崎貞雄著『大恩・忘恩・報恩』』(文芸社発禁)の全文は、
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