海と緑とこどもたち HONDA ECOACT

地域にこどもたちと自然とのふれあいの場をつくろう!

「全体的捉え方」と「身体」

2008-07-31 18:33:29 | 自然

 菅井氏の講演により「総合」と「全体」の違いにインスパイアされました。これについて自分なりの考えを述べてみたいと思います。

 実は、終了後の懇親会で「直感では間違える」という意見が聞こえてきたのです。

 これについてどう考えるか?もし、自然の管理や保全を議論しているのであれば、これは正しいと思います。しかし、自然破壊が及ぼす影響は生物学的な課題ばかりでなく、人間の生き方や心への影響も大きな課題であるとの認識があってしかるべきでしょう。特に自然科学的な分析的な知のあり方への批判が人文科学者から提起されているというのは、そうした人間の問題が重要な課題だからといえます。

 分析的な知ではなく、感覚を通じて自然を全体的に捉えるということ、それがなぜ大事なのか?

 こんな話があります。「ある自然好きな人が植物学者と夜間一緒に歩いていた。すると前におぼろげに大きな木が見えてきた。植物学者はもちろん葉やそのつき方などから植物名を答えることができたが、おぼろげなシルエットでは答えられなかった。ある人は、今まで見てきたイメージから直感的にその木の名前を答えることができた。」

 こんな経験があります。「調査のために山に入った、地図上に予定コースを引き、そのコースを歩いたが、藪に邪魔されてまっすぐ歩けなかった。途中で地図を開き、意見交換をした。地図やGPSを頼りに歩いていたメンバーは地図上のこの地点ではないかと言っているが、私はなんとなく左にそれているような感覚を受けていた。事後調べなおすとそのとおりであった。」

 また、カヌーをうまく流れにのせたときの感覚や、魚を釣るときに、感覚的に狙ったところでヒットしたときの感覚、これらは分析的知では味わえない喜びを感じさせてくれるものと思います。

 スポーツの世界では格闘技が人気です。野球選手の中にも格闘技ファンが少なからずいます。野球というのは分析的な読みとともに投手とバッターの格闘という要素がありますが、格闘技というものが、野生むき出しの感情のぶつかり合いではなく、分析的な論理の積み重ねではできない、人間の身体知とでもいうべき能力を最高度発揮する場だからではないかと思います。

 事例をうまくひけず、わかってもらえたかどうかわかりませんが、自然観察に話を戻すと、自然観察のときにこれはアラカシだ、これはオオカマキリだとメモに名前を連ねていきますが、自然の中を一日歩いた喜びというのはそうした集積から得られたものではないことは誰しも経験的に知っているものと思います。自然にふれる醍醐味というのはこうした身体全体で自然を把握し、通じたという感覚を味わうものではないかと思います。

 おそらく近代以前の人々は自然に対し、意識的分析的に対応するのみならず身体全体を使った身体知とでもいうべきものも動員して向き合い、それにより生活を成り立たせるだけでなく、ヒトとして健全なありようを持ち続けていたのではないかと思います。自然体験が目指すもののひとつはこうした身体知をとりもどす活動ではないかと考えています。


「環境教育における日本的自然観の現代的意義」を聴いて

2008-07-31 18:29:52 | 自然

 先日、京都大学で開催された第7回森川里海連環学セミナー「環境教育における日本的自然観の現代的意義(講師:菅井啓之氏・京都ノートルダム女子大学心理学部心理学科)」を聴講しました。菅井氏は関西における自然観察の講師として人気があり、この日も多数が聴講に来ていました。

 このところの菅井氏の講演はずっとこのテーマで、以前にも報告書を読んだことがありました。しかし、正直言ってわからないところが多く、直に話を聞ける機会があれば聴きたいと思っていました。しかし、聴いてみて、やっぱりよくわからないというのが印象。

 菅井氏の講演のダイジェストを紹介できればいいのですが、どうもうまくまとめられないので、ふたつの疑問を紹介することにします。

 日本的自然観は当然人間を変え、環境破壊に対抗するためのものとして提起されているわけですが、菅井氏が「日本的自然観」として紹介する村田珠光の「和・敬・清・寂」(これ自体「いきなり」な感じがするのですが、それはさておき)は現実の経済原理を離れた趣味の世界のものではないのか?「和・敬・清・寂」が語られる一方で、江戸時代にはすでに商品経済が進行し、各地の里山が過剰利用により禿山になるような自然破壊が進行していた。日本的自然観はこうした経済原理を乗り越える力になるのか?という疑問。

 そこで、「現在、地球環境問題を考えるエコノミストの間では政治は地球環境問題には無力で、経済に倫理を盛り込むことでこれを乗り越えようと作業をしているとのことです。日本的自然観はこの倫理に影響を与えるものであるべきでは?」と質問してみたところ、そのとおりとの答えでした。

 また、観察したものを自然観につなぐためのキーワードとして「全体」ということばが出てきますが、別資料では「総合」ということばが同じように用いられています。これについて説明をもとめると「総合」とは分析されたものを組み立てること、「全体的」に捉えるとは直感的な捉え方で別物ですとの回答で、どうも論理が十分に煮詰まったわけではなさそうでした。これからに期待です。


成ケ島

2008-07-28 23:06:35 | 大阪湾

 7月27日、成ケ島を訪ねました。今回は西淀自然文化協会の企画に浜寺公園自然の会と自然のみかた研究会が共催で実施。たくさんの方に参加いただきました。

 成ケ島は淡路島の南東端にある砂州の島で、たくさんの海浜植物や海岸生物の生息する大阪湾屈指の自然の宝庫です。

 浜寺~大阪駅前と参加者を乗せたバスは明石海峡大橋を渡り、順調に淡路島へ、11時前に由良漁港に着き、ここで渡船に乗り、すぐ目の前の成ケ島へ。レクチャー、そして地元の成見会の方の紹介があり、まずは成山の山頂へ、ここで、成ケ島の全貌を眺めます。それから下山し、ハマゴウ、オニユリの群落、塩沼湿地を見た後、昼食。昼食後は2班に別れ、成ケ島に残ったメンバーは内海の塩沼湿地、南の外海の砂浜などを見学の後船着場に戻るコースをとりました。

 今回は潮のかげんもあり、海岸生物はあまり見られませんでしたが、なんといっても圧巻はハマボウ、ハマゴウ、オニユリなどの大群落が開花する姿です。特にハイビスカスの仲間といわれるハマボウは大輪の花が多数咲き、大阪湾とは思えない景色でした。

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 ハマゴウは紫の花が咲き良い香りがし、地元の方は浜のラベンダーと呼んでいるそうです。写真は南の外海側の群落です。

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 オニユリはやや時期が終わりかけでした。

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 塩沼湿地ではハママツナが印象的でした、これは満潮時には海に没する植物で、植物体にも塩分が含まれています。

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 動物系ではヤマトマダラバッタ、タワヤモリ、海浜性甲虫にめぼしをつけていきましたが、ヤマトマダラバッタは発見できず、タワヤモリは現地の方の解説によるとここにいるのはタワヤモリとのことですが、実物は見られませんでした。成ケ島は内海は砂利浜、外海には砂浜がありますが、外海の打撃が激しく、ヤマトマダラバッタにとってもきびしいのかなと思いました。

 かわりといってはなんですが、ニッポンハナダカバチを見ることができました。ハマゴウの群落でけっこうたくさん飛んでいましたが、環境省レッドリストでは「情報不足」、兵庫県ではCランクに指定されています。砂丘環境などに生息するため、砂浜の減少による打撃で少なくなっているようです。写真はアミ越しで少しわかりにくいですが、ニッポンハナダカバチです。

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 ニッポンハナダカバチは立命館大学の松原先生が研究され、繭が水に浮くことから、暖流で分布を広げたのではないかとの仮説を提唱されています。これにより、太平洋側と日本海側との分布の違いが説明できるそうです。

 また、クロシオキシタバらしきガも見ました。これはウバメガシにつくガで、兵庫県の要注目種になっています。

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 それからギュリキマイマイというカタツムリも見ることができました。

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 成ケ島は最近休憩所が整備されました。知人のFさんが計画を作ったとのことです。写真は休憩所と背後は成山です。

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 成ケ島は交通が便利でなく、また、現地は狭いようで実は広く、歩き回るだけで半日はかかります。行けばいろいろな発見がありますし、また、次回行ってみたいところです。ヤマトマダラバッタのことも再チャレンジしたいと思います。

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岬町飯盛山に行きました2。

2008-07-10 00:43:55 | あちこち自然探訪

 飯盛山の2段目。飯盛山の尾根筋の道ではテンと思われるフンのほかにタヌキのためフンがたくさんありました。テンのフンは道沿いに間隔をおいて出現することが多いですが、このタヌキのためフンも一箇所でどっさり見られるのではなく、数十メートルおきに、小さなかたまりが出現しました。写真はややピンボケですが、ためフンのひとつです。Photo


岬町飯盛山に行きました。

2008-07-09 00:01:31 | あちこち自然探訪

 7月6日、自然のみかた研究会の行事で大阪南部岬町の飯盛山に行きました。

 大阪自然史博物館の自然観察マップに飯盛山南麓の「孝子」が紹介されていますが、孝子はみさき公園駅より南で電車の本数が少ないことや、去年みさき公園から飯盛山に登ってみてサンコウチョウの鳴き声を聞くなど自然環境もそこそこいいことから淡輪駅から登るコースを選びました。

 淡輪駅からすぐのところに大きな宇土墓古墳があります。スイレンやハス、ガマなどが見られ、シオカラトンボやチョウトンボ、コシアキトンボなどが飛んでいましたが、ここでオオマリコケムシを見ました。

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 古墳の先で府道を渡ったあたりは旧石器時代の遺跡がある場所ですが、何も見られません。別所の住宅地をぬけると旧に山間の雰囲気になります。道路沿いにマント群落があり、いろいろな虫が見られます。カラムシ(ラミー)があり、ラミーカミキリも見られました。きれいなカミキリです。山からはホトトギスの声が聞こえました。

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 道が畑の集落に至ると、農耕地が多く、道端のヤブガラシの上にヤブキリがいました。ヤブガラシは花の少ない夏場に蜜を提供する昆虫にありがたい植物ですが、ヤブキリは蜜には関係がありません。

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 畑の集落のまんなかほどでお寺の横から飯盛山登山道がはじまります。道は暗い渓流沿いの登り道です。渓流の奥にはダムがありますが、その少し前に滝の連続する美しいところがあります。オオルリやヤブサメの声が聞こえます。

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 この渓流から少し先にダムがあり、その上に出ると暗い樹林は終わり、明るい尾根筋の松林になります。ダムではウシガエルが鳴いていました。尾根筋の道には里山の花が見られます。写真はオカトラノオです。

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 尾根の道ではウバタマムシや不思議な形のアカヒゲドクガの幼虫なども見ました。カビに似せているらしいです。

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 尾根の道はくだりですが、けっこう急な道でスリルがあります。そのまま行くとみさき公園に出られますが、途中で畑の方向へ降りました。尾根から入ると大きなシイ(コジイ)の木がある谷になり、途中にはかつての農耕の名残が見られました。

 泉南の低山帯は自然観察にあまり注目されていませんが、歩いてみると楽しい場所です。