礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

三グループにわかれた検討は一時間余に及んだ

2021-08-29 00:18:13 | コラムと名言

◎三グループにわかれた検討は一時間余に及んだ

 河辺虎四郎『市ヶ谷台から市ヶ谷台へ』(時事通信社、一九六二)から、第五章「大東亜戦争」の第六節「マニラへの使節」を紹介している。本日は、その六回目。

 大竹〔貞雄〕少尉が入って来て、〝只今先方の連絡員が来て、日本側一行中の軍人たちの武装を会議の席においてはずしてもらいたい。これは決して日本軍軍人の威厳をそこなおうという気持ちではなく、米国側は全部非武裝のスタイルで出るのだから‥‥〟と丁重な態度で申し込んで来たと伝えた。この件については、伊江島からマニラへの飛行機内、着陸近くなってから、岡崎〔勝男〕氏からも好意的に、〝武装について先方から何か注文をつけるかも知れませんから‥‥〟と私に注意してくれたことであった。私は大竹少尉に、〝つぎのように返事をしなさい。われわれ日本将校の佩刀〈ハイトウ〉は服制としてきめられ、いかなる場合でもみだりにはずすことは許されぬ。これをもって、いわゆる武装とか武器携帯というふうにこの場合に解釈されぬよう望む。だから本日の場合においても、ホテルと会場との往復には私等はこれを佩びる〈オビル〉ことをやめるワケにはゆかぬ。ただ会議の席には、日本でも佩刀をとるのが例であり、貴方〈キホウ〉の希望もあることだから、はずして出ます。会議室の前室等適宜の個所に帽子や手套〈シュトウ〉とともにおくことを許されたい。われわれは拳銃を携行しているが、これは会議への往復途上にも帯びることをしない〟といった。先方は満足して帰ったとの報告を受けたので、特に軍人一同を私の室に集めて、会議出場の際の服装について申し伝えた。
 午後八時三十分から開かれる会同のための書類が宿舎に届けられた。日本語の翻訳文も付けられてある。これに一応目をとおして見ると、正式降伏調印は、八月二十八日東京湾内米国軍艦の艦上で行なわれると指定され、それがために、同月二十六日マッカーサーは、空輸部隊を伴って厚木飛行場に到着、その先発の一部は二十三日に到着するとプログラムがきめられている。そしてわれわれ使節が受理して帰るべき書類は、㈠降伏文書、㈡降伏に関する天皇の布告文――すなわち詔書、㈢降伏実施に関する陸海軍総命令第一号、この三種類のものであることがわかった。
 私の懸念していた問題、すなわち陛下親ら〈ミズカラ〉降伏調印のため臨席なさるよう要求されることがあるまいかの問題は、この渡された書類によって、そうではないことが明らかになった。というのは、降伏調印は、政府および大本営それぞれの各代表者によってなさるべきものと、示されてあるからであった。
 そこでこの地での私自身の努力は、敵側の進駐プログラムを可及的に延期せしめるということになった。私はあらためて一行と会同して、一応協議の結果、われわれ一行が東京に帰った後十日の余裕を与えられなければ、とうてい混乱のない整斉たる米軍の進駐ができ得ないということを、陸海空情報提示の際に彼側に了解させるように申し合わせた。
 夕食をすまし、マッカーサー司令部――マニラ市庁――に出頭した。
 先方から差し向けられた車によって案内された。案内にあたった人は、飛行場に来ていた代将――情報部長ウィロビー氏であることがわかった――その人で、今日の会同には軍人だけと指示して来たので、政府代表岡崎氏は出席せず、ウィロビー代将、横山〔一郎〕海軍少将と私の三人が先頭に同車して行った。
 司令部に着くと、写真撮影の集中射を受ける。覚悟の上ながらうるさい限り。フラッシュの閃光でまばゆくてたまらぬ。ウィロビー代将は、〝写真撮影だけは禁止するわけにはいかなかった。なにしろ世界的の事柄だから‥‥〟と私に気の毒そうに陳弁していた。
 階上に登り、一事務室で一同は佩刀をはずし帽子手套とともに机の上におき、案内を受けて参謀長の室に入った。
 私は持って行った親任状を〔サザランド〕参謀長に提示手交し、一行に各自自分の名前を述べるように命じた。この間参謀長は立っていたが、その態度は別段に威厳をつくろうこともなく、なんらの不愉快感を与えず、われわれは直ちに導かれて、三階の一室に入った。
 相当に広い一室であったが、その一側〈イッソク〉に机が一線にならべられ、既に先方側は七人着席していた。われわれはそれぞれ名札で示してある席に着いた。私はSutherlandと書かれた名札を前にして座っている参謀長の向かいに対座した。通訳に任ずる大竹少尉と溝田〔主一〕海軍省嘱託は、私の左右後に坐った。
 われわれ一同の着席終わるとともに、サザランド参謀長は、開会を宣した後、〝只今から第一次進駐に必要な情報の提供を求める。まず空軍関係から〟と指示した。
 私の右測に着席していた横山海軍少将が、私に耳語〈ジゴ〉して、〝冒頭に一応先方のプログラムに無理があることを述べたらどうですか〟との意見を述べたが、私は、〝待って下さい。一応状況を見て時機をつかまえましょう〟と、横山氏の意見をしりぞけた。
 米側では第一次進駐を予定している厚木飛行場の状況についてたずね出した。彼側はいままでこの飛行場について集め得た諸情報、その中には彼側が撮影した空中写真もあったが、それらの諸情報をもとにして寺井〔義守〕海軍中佐に対し、いろいろ技術的かつ具体的の諸問題をたずねたが、彼らの予測し期待してるところと実情が非常に違っていることが判明し、質問者もいささか当惑の体である。
 この状況を見た私は、参謀長に対して発言を求め、彼が応諾するとともに口をきり、およそつぎの意味を述べた。大竹少尉はいわゆる二世の出身者であるだけに、見事な通訳ぶりを示した。私のいったことは、
《あらかじめ申しておくが、私がここに口を挿んで述べることは、故意に米軍の進駐時期を遅れさせようとか、あるいはそれを妨げようとかの意から来るのでは毛頭ない。私の誠意の表現であると了解願いたい。
 只今空軍関係の情報提供の実況を見てよくわかるように、一体に米軍側においては、日本国内部現在の実情についての見方がはなはだ誤っているようである。その認識がちがっているから、進駐のプログラムも殆んど不可能に近い無理が含まれているように私は思う。》
ここまで大竹氏が通訳すると、サザランドは、〝実情とは何か〟と問う。私は
《たとえば、いま第一次進駐を貴方〈キホウ〉が企図している関東地方について見るも、ここには現在米軍の上陸作戦を考慮して多数の軍隊が充満している。この地方に米軍を進駐せしめるためには、某地域にわたり日本軍隊の全部を他に移さなければならぬ。この事は目下の運輸交通の力からして、短い期間の間にはこれをなし得ることではない。しかも一面、わが国は建国以来はじめての一大悲劇にあい、民心の昂奮状態は、貴方でも想像ができることと思う。そこでこの民心の平静を保ち、貴方軍隊との間に、なんらの不祥事件をも発生する心配をなくするには、軍隊撤去の後に必要な警察力を配置しなければならぬ。そして空襲による戦禍のため、地方の疲弊がはなはだしく、食糧と住居の確保がはなはだ困難な状態にあり、煩雑な民政処理がいる。これらのことで、いわゆる実情が大体想像し得られるであろう。私はこの場合に臨んで、決して貴方軍隊の進駐をことさらに遅延させようとか、または、これを阻害しようとかという気持ちは断じて持っておらぬ。誠意をもって、なんとか両国の間に思わぬ不祥事件の起こらぬようにと念願するが故にこの事情を述べる次第で、更に陸海空の各部門について、これからあと、それぞれ分担に従って説明を聴きとつてもらいたいが、要は、よく日本内地の現状に応ずるよう、検討を加え貴方軍隊の進駐に対するわが方の受け入れ態勢を整えるに十分の時間的余裕を与えるよう再考せらるべきものと信ずる。実にこの際両国間の問題が、事故なく円滑に進むかどうかは、将来のいっさいに関し大なる関係があると私は信ずるが故に、貴方においてもとくと考慮されたい。この際数日をおしんで、無理をすることは、遠く将来に必ず大きい禍根をのこすものと思う。》
との意を述べた。彼側の全員はたしかに、緊張真面目の態度をもって、大竹氏の淀みない英語に、なんら疑いをさしはさむような表情もなくきいていた。私が〝まず私の申すことはこれで一段落です〟といったところ、サザランドは彼側一同に何事か数語指示し、それから、陸海空三部門に分かれ、それぞれ情報を聴取しはじめた。
 当初頗る厳粛にはじめられた会議――それは当然といわねばなるまい――であったが、こうして、室内にバラバラになって、彼我〈ヒガ〉談合をはじめてからは、一般の空気が非常になごやかになり、ここかしこ朗らかな笑い声さえきかれるようになった。
 かようにして、三グルーブにわかれた検討が約一時間余に及んだが、その間私は直接〔サザランド〕参謀長やそのほかの幕僚とも話をし、われわれが東京に帰った後、十日を与えらるれば、大体私は良心をもって「マアよかろう」と答え得られるであろうとの意味を知らせるように努力した。この話の間にサザランドは、広島の被害状況を私にたずね、私の答をきいて、彼もまた驚きの表情をしていた。おそらく彼にも生まれてはじめての知識であったのではあるまいか。【以下、次回】

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