礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

ジラード事件公判、傍聴券に3000円の闇値

2014-03-30 03:45:41 | 日記

◎ジラード事件公判、傍聴券に3000円の闇値

 昨日の続きである。池田正映著『群馬県重要犯罪史』(高城書店)から、一九五七年(昭和三二)に起きた「相馬ケ原弾拾い射殺事件」の章を紹介している(今日では「ジラード事件」と呼ばれている事件)。昨日は、同章の〔参考事項〕のうち、「一」から「一九」までをを紹介したが、「一〇」から「一七」まで紹介する。
 これを読んで私は、この事件で使用された手榴弾発射装置(グレネードランチャー)つきの小銃が、副分隊長からの借り物であったこと等を初めて知ったのである。引用にあたって、明らかな誤植は訂正し、数箇所で句点(マル)を補った。

一〇、一方前橋地方裁判所は米国最高裁判所の決定を俟つことなく七月十一日弁護人と打合せの上第一回公判を八月二十六日午前十時から前橋地方裁判所第一号法廷で開くことを決定した。
一一、此の事件は、上記の如く米国でも問題とされた為米陸軍長官代理等の傍聴も予想され前橋地方裁判所がクローズアツプされ裁判所では公判準備の為第一号法廷に裁判官席尋問台傍聴人席の各上部に煽風機合計三基を取りつけたので、この夏以後他の事件関係者迄余徳を蒙ることになつた。
一二、八月二十六日の第一回公判期日には一般傍聴者を三十五名に限り午前八時三十五分締切迄に希望者三百六十二名で抽籤をなし入廷させた。
 此の間群馬県地評社会党群馬連関係者は「米国にへつらう裁判をやるな」とか「日本の司法権を守れ」などというプラカードを立てて気勢をあげていた。
 抽籤に漏れた人達が是が非でもと云う者もあり一枚千五百円乃至三千円でさばくダフ屋も出たと云われた。
一三、内外新聞の取材本部は裁判所付近の商家民家を借り、又裁判所構内にテントが何組となく張られた。
 他方警察は私服制服警官十八名を法廷内外に配置又県警別館に機動隊一個分隊を待機させ裁判所側は東京地裁より警備員七名の応援を求め廷吏及職員の臨時警備員三十名を正門より公判廷周辺に配置し米軍側は県庁前に大型トラツク二台を置いてキヤンプとの応急連絡所にしたのである。
一四 併し他の大事件と同じく特に通訳入りの公判は興味が永続きするものではない為、三日目以後傍聴席も空席を生じ特殊関係者を除き急激に減少し法廷外の警備員も形式丈〈ダケ〉になつて行つた。
一五 被告人が弾拾いに向け発砲したのは坂井なか丈ではないその直前にも西峰の東側斜面から下りて来て薬きようを拾った弾拾いの小野関英治外二名に対してもその身辺をねらって空薬きようを発射した事実があつた。
一六 米軍では空砲の発射は二十ヤード以内では危険としており空薬きようを撃つことを禁止していた。事件後被告人の用いた方法で実験したところ八米から十五米の距離で命中率は九五%だつたし貫通力は七粍〈センチ〉、十九粍板を貫通、二十九耗板には約二十三粍突きささる威力を持つて居たのである。
一七 裁判所は犯情に関し「本件は被告人が武器を不法な目的のために不正な用法で使用し人命失うに致らしめるという重大な結果を招いたものであつて必ずしも犯情軽くないものがある。しかしながら本件の誘因としてこれまで関係当局の努力にもかかわらずタマ拾いの者が立入禁止の警告を冒して演習中の演習場内に立ち入り尊貴であるべき身命を自ら危険な窺地に挺してまで利欲のためあえてタマ拾いに熱中する一方一部のタマ拾いと一部の米兵とが互いに節度を越えて狎れ合つた〈ナレアッタ〉ことなどが考慮され延いては〈ヒイテハ〉本件のようた悪ふざけによる不祥事の発生も予見できないことではないのである。本件当日もまたかかる状況のもとで演習が行われたものでその参加将兵のなかに混入して無秩序に各自思い思いに行動するタマ拾いの側にも非難さるべき一半の責は免れ難くこれを一兵卒に過ぎない思慮の未熟な被告人のみに本件事故の全責任を負わせることは相当でない。また本件演習に当り被告人が支給された小銃がたまたま故障したため副分隊長の某下士官からその携帯の小銃を借り受け、その小銃に通常分隊長や副分隊長のみが所持し兵卒の所持しない手りゆう弾発射装置が装着されたままであつたところからこの武器が被告人をして稚気を起こさせ本件を偶発したものとも認められ被告人がタマ拾いを特に蔑視したとかあるいは被告人が坂井なかの身体に命中するようにねらい射ちしたといシ証拠は何処にもないのであつて被告人にとつて致死の結果はもとより発射薬きようの命中ということがいかに意外のことであつたかは本件発生直後の被告人の周章狼狽ぶりからも容易に推測することができるのである。また合衆国の軍当局においても坂井なかの遺族の将来を案じてその慰しや〔慰藉〕の方法を講じその承諾さえ得れば相当額の金員を直ちに交付できる用意を完了していることが認められる。そして被告人自身も十分に前非を悔い再犯の虞〈オソレ〉もないと思われるから被告人の年令、性行、経歴環境など諸般の情状を考慮し被告人を懲役三年に処し四年間右刑の執行を猶予するを相当とする」と判示している。

 池田正映著『群馬県重要犯罪史』からの引用は以上である。相馬ケ原弾拾い射殺事件(ジラード事件)については、まだ述べることがあるが、明日は話題を変える。

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1 コメント

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Unknown ( 伴蔵)
2014-04-07 21:34:11
 先日も、袴田事件の冤罪ということが認められました

が、警察が名誉を守るために組織ぐるみで犯人をでっち

上げてしまうということはとてもおそろしいことだと思いま

す。
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