◎総統、あなたはアーリア系ですか(1945・4・29)
昨日の続きである。映画『ヒトラー~最期の12日間~』(二〇〇四)を観て、いくつか印象に残る場面があった。今日は、そのうちの三つ目について書く。
ベルリン陥落が不可避と判断したヒトラー(ブルーノ・ガンツ)は、自殺を決意。その前に急遽、愛人エーファ・ブラウン(ユリアーネ・ケーラー)と婚姻の手続きをおこなう。これは、一九四五年四月二九日のことだったという。
映画では、この場面は、次のような形で描かれる(チャプター19)。
この日、女性秘書のトラウドゥル・ユンゲ(アレクサンドラ・マリア・ララ)が、ヒトラーから遺言書の速記を頼まれる。ユンゲが、速記を起こしていると、ゲッべルス宣伝相(ウルリッヒ・マテス)がやってくる。やはり、遺言を速記してくれという依頼である。
ユンゲが、いま、ヒトラーの遺言を起こしているところだというと、ゲッべルスは、「ではまた後で」と言って出てゆく。ユンゲは、速記起こしの作業を続ける。隣室から、声が聞こえてくる。ヒトラーとエーファの結婚式がおこなわれようとしているようだ。ユンゲは、思わず聞き耳をたてる。
背広姿の男性が、ヒトラーに聞く。「失礼ながら、人種法に基づいて……。総統、あなたはアーリア系ですか」。こう聞いている男は、たぶん公証人のような立場なのであろう。
ヒトラー「はい」。
男性「では、人種証明書を見せてください」。
ここで、立ち会っていたゲッべルスが口をはさむ。「失礼だろう」。
男性「けっこうです」。
男性は、エーファ・ブラウンに向かって、「ブラウン嬢、あなたはアーリア系ですか」。
エーファ「はい」。
男性「これで問題はありません」。
男性はヒトラーにむかって、「総統アドルフ・ヒトラーは、エーファ・ブラウンを妻としますか」。
ヒトラー「はい」。
さらにエーファに向かって、「汝エーファ・ブラウンは、総統アドルフ・ヒトラーを夫としますか」。
エーファ「はい」。
男性「二人を夫婦と認めます」。
結婚式といっても、「公証人」(?)に対し、二人が宣誓するのみである。宗教色は、いっさいない。
この期に及んで、「公証人」がヒトラーに、「アーリア系ですか」と聞き、人種証明書を提示させようとしているのが、いかにもナチス風であり、興味深かった。なお、この「公証人」が最初に言及していた「人種法」とは、たぶん「ドイツ人の血と名誉を守るための法律」(1935・9・15公布)のことであろう。