Sbagliando si impara. (間違うことで人は学ぶ。)

イタリア語の勉強に、nonna ひとりでフィレンツェへ。自分のための記録。

コロナ禍の歌声

2020年11月16日 | 日記
晩秋だというのに陽射しも強かった15日、やまと郡山城ホールでのコンサートへ。

24号線は思った以上に混み合ってました。早めに家を出て良かった。
久し振りの小ホールはリニューアルされて、内装はグレードアップしてました。
音響効果も一段と良くなったようで、テンションも上がりました。(^_-)

当日は、受付けで体温測定、マスク確認、チケットは自分でカット、手の消毒、そして
プログラムの置いてある席へ座るように案内されました。
客席も前三列は空け、定員の半分の客数で開催。 ソーシャルディスタンス。
感染防止のための諸注意のアナウンスもありました。

こんな中でのコンサート、主催者側の気苦労は大変だったと思います。
でも、心に響く美しい歌声に癒やされ、豊かな気持ちを取り戻すことが出来ました。

遠くから会場に来られたプロデュース・音楽監督の「鈴木幸江さん」も、
たくさんの拍手喝采を受けられていました。

           

真奈先生のヘンデル作曲「私を泣かせてください」やプッチーニの「私が街を歩くと」は
クリスマスディナーコンサートで聴いて以来ですが、ステージで聴くと、より一層感情移入が
でき、しばし想像の世界へ。

またソプラノカンタータ神田美幸さんのブラームス作曲「5月の夜」は、ピアノの前奏が
私の心に切なく響きました。
 プログラムの解説によると、ドイツ歌曲「5月の夜」は『5月の夜、恋人を失い、
 一人涙をこぼす『私』の孤独を歌っている』そうです。

込み上げる涙でピアノの音色を奏でているかのような美しいメロディーがしばらく続き、
ソプラノの透き通るような歌声が加わり、より悲しみと孤独が溢れ、切なさで胸が
震えるようでした。
また、ドイツ語歌詞のためか、その深い悲しみの中に強い怒りも感じられました。

最近、go to キャンペーンで活気が戻ってきたと同時に感染者増加の心配もあり、
より一層ひとり々が意識した行動が大事だと感じています。

長い自粛生活で少し疲れ気味になって来ていた私には、貴重で素敵な時間となり、
いつまで続くか分からないこれからの自粛生活を維持していく力となりそうです。

「暗い林を抜けて」を読み終えて

2020年11月11日 | 読書
図書館で予約してから長い時を経てやっと手に取った本、「暗い林を抜けて」。
語り手が作者であったり、登場人物であったりと変化しながら描かれています。
      

関西で暮らす私には、京都や奈良などの馴染み深い地名が出てきて、
より親しみを感じながら読み進める事が出来ました。
 
主人公は京都の大学を出て(作者と同じ)、通信社に勤めています。
戦争捕虜としてシベリアに抑留されていた老画家に、
当時の事を聞くため訪ね取材した話は、過去と現在を繋ぎながら
人間関係の意外な接点などを描きながら語られていました。

目の粗い麻のキャンバス上に、蜜蝋に絵具を混ぜペインティングナイフで描き殴り、
雪解けの雪面を表現したような抽象画的な彼の絵を見て、主人公はそこに
世界の姿そのものが描かれた作品であると気づいたようです。
そんなどろどろとした重いものが1枚の絵に込められていたなんて、
それを感じ取った主人公も凄い! 

画家が抑留されていた場所は、黒澤明の映画「デルス・ウザーラ」
(ヤマザキマリのエッセイの中でこの映画のことが書かれていました。)の舞台に
なっている「虎頭(地名)」のあたりで、読んでる私自身も日本軍敗戦間近の
悲惨な状態の真実を垣間見たような感じになりました。

第二次世界大戦、経済学者都留重人の事、「核」、湯川秀樹の日記、
ゾルゲ事件、雲仙普賢岳の火山活動、9.11、サラエヴォ等の歴史上の事も
書かれており、歴史小説のようでもありました。

また、長崎で迫害を受けていた禁教のキリシタンの話とは真反対の話には驚きました。

最初のキリシタン大名となった大村純忠の時代にはキリシタンの勢力が強く、
仏教や神社を破壊したり、お坊さんや神主を殺したり、墓まで壊し、
そこにキリスト教の教会を建てたりしたようです。
その上、領民全員をキリシタンに改宗までさせ、また、地域一帯のキリシタンたちが
押し掛けてお坊さんら30人くらいを皆殺しにしてしまい、
今でも「坊主原」とか「卒塔婆の首」という地名が残っているそうです。

遠藤周作の「沈黙」のキリシタンを仏教徒に変えて想像してみました。
人間は立場が変われば同じことをすることもあり得るという恐怖を感じました。

印象強く残ったひとつに、京都「岩倉」の精神病者の解放療養のことがあります。

宮家や公家が京都から東京に移動した後も、身内に精神病者が生じた場合には、
岩倉の民間施設に託された「解放療養」という施策が1950年精神衛生法が
施行されるまで残ったとも書かれてました。

また、滋賀の「朽木」の後一条天皇と関係深い「興聖寺」の住職から聞いたと言う、
当時高校生だった礼宮さまがこのお寺をご学友たちと訪れた時の実話です。

多感な時期の礼宮さまは、長く続いた宮家の血統に長い間不安を抱えておられた
思うと私も心が震えました。
昔から日本だけでなく、他国においても地位を存続させるために
近親婚で子孫を残していったことを歴史小説などで読んだことがあります。

主人公が取材した歴史上の事実と彼の人生を絡めた小説となっていて、
私は強く心を動かされるとともに、無知な自分を恥じ入りました。
過去となった歴史の中に、異形な人生があったことをもっともっと知りたいと
感じる読書となりました。

「暗い林のなかには、生きとし生きてきたもの、皆が立ち去らずにくらしている。」
と書かれています。
「弓子。太郎。会いたいときがあったら、あの暗い林に来てくれ。」とも。
主人公は死後もこの世界を立ち去りがたくて、まだしばらく、あそこらあたりを
ほっつき歩いているそうです。

その暗い林を抜けると何があるのでしょう、何が見えるのでしょう、
          何が待っているのでしょうか。
文庫本になったら改めて購入し、私の側に置きたい1冊となりました。

秋晴れに

2020年11月09日 | 日記
心地良く晴れたある日、何年ぶりかにドライブがてら急須を買いに信楽に出掛けました。
コロナ禍に久し振りのドライブです。

信楽焼の個展も開かれるギャラリー「陶夢」へ。
個性的な作品があり、今までも何点か購入して使っています。
でも今日は、お店にはだあれも居なくて、ゆっくり鑑賞出来ました。
気に入った面白いデザインの急須がありましたが、日用使いとしては重たいのが気になり、
結局何も買えませんでした。

信楽焼きと言えば「狸」!と定番になりましたが、その狸がズラリと並んで出迎えてくれる
いつものお店も覗きました。
      
このお店も駐車場には、たった3台しか止まっていません。
でも、狸さんたちは以前と変わらず愛らしい満面の笑顔で迎えてくれました。

今は亡き父と、今も私たち以上に元気に過ごしている母と訪れた日のことが鮮明に思い出されます。
その時の狸さん達も、みんなで今と変わらない温かい笑顔で両親を楽しませてくれました。
   

コロナ禍で気持ちも沈み勝ちでしたが、この日の秋晴れのような爽やかな気分になれました。

帰宅途中にちょっと寄り道してお気に入りのお店「幡」へ。
かわいい赤い実を付けてましたが何の木かしら?

買っちゃいました! この季節にちょうど良いマフラー。 大活躍してます。
       


10月20日/徒歩7090歩・21日/6720歩・24日/5270歩・28日/6732歩・29日/3286歩
信楽へ出掛けた10月27日は1067歩でした! ほんとう~~???
11月1日/6030歩・3日/6526歩・6日/7508歩


活気

2020年11月01日 | 日記
新築お祝いの訪問のために、何ヶ月か振りに京都駅行きの電車に乗りました。
座る事が出来ない位に混んでました。なるべく吊革に触らないように足を
踏ん張ってバランスを取っていたのですが、3つ目の駅が限界でした。
本当は、最初から除菌ウエットティッシュをバッグから出して吊革を拭き
たかったのですが、気恥ずかしかったので止めたのです。
京都駅で下車してから手を除菌。自分を守るのは自分ですからーー。

京都駅もかなり混んでました。活気が戻ったようです。
JR東海道線新快速も乗客でそこそこいっぱい状態。
Go To キャンペーンでレストランも賑わっている様子。
デパートを含めあちこちで人の活気が戻ってきていることが感じられます。
マスクと手の消毒は意識して気を付けてますが、
時々ソーシャルディスタンスを疎かにしてハッとすることも(^^)。

先日、県美展に知人が入賞したという連絡を貰ったmio maritoが文化会館に
出掛けましたが、しっかり対策が取られていたそうです。
今年は入り口と出口を分け、マスクは勿論のこと、手の消毒、体温検査、
連絡先の名前と電話番号そして入場時間も記入したとのこと。

今日、市立会館の中にある図書館に予約していた本を受け取りに行きましたが、
そこでも文化祭が開催され、コーラスの歌声等の賑やかな声が聞こえてました。
COVID-19と上手に共存しながら収束を迎えることが出来ることを祈ります。

図書館に向かう途中で朝顔?に遭遇してちょっとビックリ。
この困難な時に自然の華やかな色には特に癒やされます。

     

苗2株を買って、サニーレタスを育ててます。楽しみ~(^_^)v