波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

2012-02-13 14:19:23 | ポエム



 [鷲]


内陸上空を
気流に乗って旋回していた
一羽の鷲が
翼を傾けると
都市の方角へと落ちて行った
己の影を
鋭い爪で抱え込み
影と一つになって
まっすぐ
四十五度の斜線で
都市へと
降下して行った










瞑想する犬

2012-02-12 16:59:05 | 散文
 

  ☆

 一匹の老犬が、白い大きな皿を前にお坐りしている。皿は汚れ一つなく、綺麗に舐められている。
 犬は皿を前に、時々首を傾げたりする。そうやって、ひねもす空の皿を見つめて過ごす。
 家の者が皿に残り飯を入れに行くと、犬はむっとした顔で平らげにかかる。食欲をそそらぬといった食べ方だ。
 それでも最後に皿を舐めることは忘れない。いやそうしないと、どうも具合が悪いらしいのだ。

 老犬は今日もまた空の皿を前にしてお坐りしている。相変わらず首を捻ったりして、皿に見入っている。
―太郎や 食べてしまったのかい?―
 家人が母屋の窓から呼び掛けたとき、犬は吠えかかるばかりの形相になった。
―もう食い物はたくさんだ―
 犬は餌を入れにくるのを拒んで、唸り声を上げ、いぜん皿の前にお坐りをつづけている。
 
 皿には薄青くぼやけた鳥の絵が付いている。人の眼には何の鳥か定かではないが、犬はそんなことを問題にしてはいない。日頃庭の木に来て鳴く、凡百の鳥を、皿の一羽に封じ込めてしまったのだ。だから鳥の種類などはどうでもよく、ふと湧いて出た疑問が解けさえすればいいのである。
―この鳥は、何故かくも天真に歌うことが出来るのか―
―本能なのか。体験による認識なのか。いずれにせよ、この世は、歌うに値するほど愉快なものなのか―
―それは なぜ? なぜなのだ?―
 老犬は、この命題をなんとしても解明しないではいられなかった。
 人間の哲学者がいれば、哲学者めいた犬がいて不思議はない。






にほんブログ村 ポエムブログ 散文詩へ







銀世界に

2012-02-11 23:38:39 | ポエム
  ◇

銀世界の上は一面の青空。
雪は些かも降っていないのに
尾根を煙らせて走っていくものがある。
何だろう。
目を凝らすが 橇も雪上車も走ってはいない。
実体のないところに 雪煙だけが上がっている。

あれは風だ。
風に粉雪が従って走っているのだ。
積った雪のなかでも 
風に信頼しきってついていく 
純粋なやつだ。
無邪気な子供のように 
教師を慕ってついて回っている雪たちだ。

猫やなぎ

2012-02-09 16:33:27 | 散文
                            ◇
                           猫やなぎ
                           赤子あやして
                           喰はれけり

 赤子に玩具を買ってやると、珍しいうちは弄り回しているが、厭きるともうかえりみない。一時の執心が強ければ強いほど、熱がさめた後の、玩具へのつれなさもひとしおである。あたかも、一時心を奪われていたことに復讐するかのようである。
 玩具は部屋の片隅から、物置へと追いやられ、それっきり人の目にはつかなくなる。引越しのときなどに、
「あら、うちにこんなのあった?」
 などとあしらわれるくらいが、関の山だ。
 手が離れた赤子は、デジタルのゲームにこっていて、母親の声も上の空だ。
 そんなものだ。過ぎ去り行くものの運命なんて、すべてこのようなものだ。

 それに比べると、猫やなぎなんて、もって瞑すべしなのではないか。
 若い母親に抱かれた赤子は、猫やなぎを見せられただけではもの足りず、取ってくれとせがむ。母親は少しだけならいいだろうと、周囲の目を気にしながら、小枝を折り取って、子に与える。
 赤子はその柔らかくしなやかな、弾むような感触を愉しんでいたが、幼いなりに想像が膨らんでいく。
 それはそうだろう。猫やなぎのまろく小さな莟は、緑の梢となって光に流れる、未来の大きな可能性を含み持っているわけだから。
 それを今、眼前に見ようとしても、所詮無理というものだ。木の芽はゆるやかな季節の流れに乗って、生い育っていくのだから。
 しかし赤子は容赦なく、隠しているものを、今見せよと迫るのだ。
 指で触り、こね回しても、一向にそれが見えてこないものだから、彼は狂気に駆られたようになり、つい口に入れてしまう。
 あたかも咀嚼すれば、その意味の解読が可能になるとでもいうように。


猫とバッタ

2012-02-07 07:10:01 | 散文

  ☆

飼い猫と見たが
薄原にいたのは
野良猫であった
猫は小さなバッタを相手に
戯れている
バッタが弱ったころ
食べてしまうのだ
残酷なようだが
これが天然の姿なのだから
仕方がない

そう思って通り過ぎようとすると
鈍く羽ばたく音がして
バッタが薄曇りの空へ逃れ出て行った
猫は恨めしげに細めた目でそれを追っている

帰郷

2012-02-05 08:07:51 | ポエム

  ☆


帰省した翌朝
かまびすしい小鳥の声で目を覚ますと
赤ん坊の泣き声に換わっていた
この家に赤ん坊などいなかったはずだが
それを言うと 姉は
三十年前にいたコーちゃんよ
と にべもなく答える
コーちゃんて 誰?
あんたよ
姉はぼくを指さしてそう言った

大雪の朝

2012-02-04 19:55:56 | 散文

   ☆


 大雪に見舞われた朝、若者は遅く目が覚めた。
 近くの児童公園に行ってみると、子供の足跡がいっぱいあって、大きな雪ダルマができていた。どうしてか、子供の姿は見えなかった。
 雪ダルマの二つの眼には、ミニトマトが入っている。口にはバナナが埋めてある。

 若者は街で買物をして、帰りに児童公園に寄ってみる。
 雪ダルマの眼には、小鳥たちが群がって、ミニトマトをつついていた。
 若者は思わず手を挙げて、小鳥を追い払った。
 雪ダルマの眼の周りは、トマトの汁で赤く染められ、眼はほとんど消えていた。
 口はと見ると、バナナの皮が垂れ下がって、口の中は空っぽになっていた。
 若者はマクドナルドで買ってきたポテトフライを二本、雪ダルマの口に押し込んでやり、
「オイシイカイ、雪ダルマちゃん」
と聞いた。
「ああ、ああ」
と、思いがけないところから、鴉の声がかかった。
 松の木のてっぺんに鴉が留まっている。
「鴉め、おまえだな。バナナをあさったのは。小鳥にしては、バナナの皮を剥くなんて、度が過ぎると思ったら」
 若者は手を挙げて鴉を追い払おうとしたが、脅しに過ぎないと知っていて、動こうとしなかった。
 それより、新しく雪ダルマの口に入ったポテトフライを狙っているのは明らかだった。
 若者は雪ダルマがポテトフライを食べ終わるまで、ここで見張っていようと思い、自分もポテトフライを摘まんで口に入れた。
「あっ、雪ダルマの眼がなくなっている!」
 折りよく近くの家から、子供が叫びながら走り出てきた。
 男の子は近くに来て、若者を見上げた。
 若者は自分が疑われていそうだったので、
「僕じゃないよ、あの鴉だよ。僕は口の中が空っぽで可哀想だから、ポテトフライを入れてあげたんだ」
 ミニトマトをあさったのまで鴉のせいにするのは、事実に反すると思ったが、小鳥はどこかに姿を消してしまっていた。たとえ一羽見つかったとしても、その一羽のせいにするわけにはいかなかったのだ。
 それより、悪賢い鴉の仕業にしてしまったほうが、ずっと真実味があると思えた。 
 男の子が雪ダルマに寄って行き、口に中を覗いた。
「本当だ。ポテトフライが入ってる」
 このとき松の木のてっぺんで、鴉が吠えるように鳴いた。監視していたポテトフライが、危険に晒されると思ったのだろう。
「鴉め、お前なんか、さっさとおしっこして、寝てしまえ!」
 男の子が手を振り上げて叫んだ。いつも親に言われているのを、今鴉に向かってやり返したなと思えた。
 児童公園の周りの家々から、子供たちの声が弾んだ。一旦家で休んで、これから本格的な雪遊びが始まるのだろう。
 若者はここが子供の広場だったと気づいて、児童公園を後にして歩き出した。
 頭上に黒い影がさして、低空飛行で接近してきたものがある。あの鴉だ。
 鴉は若者の髪の毛を逆立てるほど迫って、翼を翻し、後方へ飛び去った。
 雪ダルマの目が消えたのまで、鴉のせいにされた腹いせだったか。若者の手にあったポテトフライを狙っての接近だったか。鴉の気持は分からない。しかしあの鴉のことだ。その双方の野望を両翼に秘めて、向かって来た事だって充分ありうるだろう。
 鴉が刃向かって来たことで、鴉に悪いことをした思いが、若者の中から綺麗に掻き消されていた。


 部屋に着いて、コーヒーをいれ、買ってきたハンバーガーを口に運びながら、ふと思いつくものがあった。雪ダルマの眼に取り付いてミニトマトをつついていた小鳥達のことだ。
 あの鳥たちは、もしかして雪ダルマを怪物だと考えてはいなかったか。突然自分達の縄張りにあんな得体の知れない生き物が入り込んできたものだから、仰天してしまい、とにかく眼をつぶして、動き回れないようにしてしまおう。
 鴉だけで手を焼いているのに、あんな怪物に居座られたら、たまったものではない。
 若者は小鳥達の、慌てふためきぶりを、そんなふうに受け留めると、子供たちが雪ダルマ作りを断念して、あの眼のない雪ダルマを楯にして雪合戦でもはじめてくれればいいと願った。
 あの雪ダルマには申し訳ないが、このまま温度が上がって、早く融けてくれればいいと思った。
――命は生きるために生まれ、雪は消えるために降る――
 何の罪もない雪ダルマなのに、若者は勝手にそう考えた。






星をもぎとる酔っ払い

2012-02-03 13:09:39 | 散文
   ☆

 厳寒の冬の夜、橋の袂に落葉して全裸の一本の欅が立っていた。
 身包み剥がされた冬木は、それでも堂々と構えて、今では葉っぱの代わりに、夜空の星々を招き入れていた。
 葉が一枚もないだけ、さしのべた枝と枝の間に、星の入るスペースは大きい。
 そこに収まった一つ一つの星が、あえかな光を放ち、なかには点滅している星もあった。

 冬木の下を、酔眼朦朧とした酔っ払い男が通りかかった。
 出来上がって視覚のおぼつかない男の眼には、枝の間に収まった星は、どれもこれも瞬いて見えた。星に限らず、周囲の街の電光文字も、似たようなものだったにちがいない。
 しかし男の眼には、ふと視線を転じた先の、裸木の枝だけが飛び込んできた。裸木の枝にたわわに稔る星の果実だけが、賞玩の対象だった。
「クリスマスなんか、とうに過ぎたというのに、まるでクリスマスツリーじゃねえか。たいしたもんだよ。ただの裸の木に過ぎないというのに」
 酔っ払い男は、そんな呟きをしながら、冬木の下を通り過ぎて行った。

 その夜遅く、男は自宅のベッドで金縛りに襲われて目が覚めた。目が覚めても金縛りは解けず、夢の続きを貪っていた。
 なんでも、通りすがりの冬木の枝に手をさしのべ、星のひとつを採ろうとしている、そんな夢だった。
 金縛りの解けない状態は苦しい。七転八倒の苦しみと言ってよい。
 このとき、みしみしっという音とともに天井が揺れ動き、吊ってある蛍光灯が左右に振れ出した。
 地震だな。男は酔いの残る体に地震を自覚し、なお金縛りと格闘していた。その男の上に、棚から灰皿、ライター、猫のマスコットなどが落ちてきた。
 そして止めを刺すように、蜜柑が一個男の口を塞いで、地震は止んだ。金縛りも解けていた。







古沼にカイツブリ一羽

2012-02-02 22:16:17 | ポエム
 ☆


古沼に

カイツブリ一羽

しきりに水に潜っては

水輪をつくっている



ひねもす

繰り返す同じ行程

そのつど

ぽちゃっと水音が弾け

いっしゅん静けさを破る



カイツブリの頭が

水面に上がってくると

前の行程の波紋が

岸に届いて

消えてゆく


ひねもす水輪をつくり

広がって消えてゆく

この上もない

平凡



厭きもせず繰り返される

カイツブリの営み

鳴きもせず

疑問も抱かず

人知れず

万物の目に届かず


見ているのは頭上の太陽だけ

照ったり曇ったり

時にはまったく姿を消してしまったり


それでもそこに太陽があることは

熱の感覚で分かっている

そんな無目的な

太陽に頼りきっただけの

日がな一日が

一生つづいていく





キリン

2012-02-01 17:45:23 | メルヘン


 高台に動物園があって、キリンの檻の隣はサルの檻になっ
ている。
 子供好きのキリンは、サルの檻に首を伸ばして、頭のてっ
ぺんにサルをのせ、高い高いをしてやった。
 キリンの頭のてっぺんからは、さまざまな景色が眺められ
た。街とか、街の向うの海とか、港が見えた。港には大きな
船、小さな船が入っていた。
 キリンに高い高いをしてもらったサルたちは、珍しい風景
を眺める楽しさの味をしめて、何度も高い高いをしてくれと
せがんだ。まだ高い高いをしてもらっていないサルは、 一
部のサルだけ何度も高い高いをしてもらうのは不公平だと一
騒ぎがあって、それからは列を作って順番を待つようになっ
た。

 キリンはサルの世界のちょっとした揉め事など知る由もな
く、 以前と同じポーズをとって、サルの檻のなかへ首を下
ろしては高く持ち上げ、ビル工事のクレーンのような作業を
繰返していた。
 キリンは子供好きだったが、頭のてっぺんのサルがみんな
子供というわけではない。キリンよりも歳の多いサルは何匹
もいる。だが、キリンは自分より小さいものはみんな子供と
思っていた。

               おわり