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大雪に見舞われた朝、若者は遅く目が覚めた。
近くの児童公園に行ってみると、子供の足跡がいっぱいあって、大きな雪ダルマができていた。どうしてか、子供の姿は見えなかった。
雪ダルマの二つの眼には、ミニトマトが入っている。口にはバナナが埋めてある。
若者は街で買物をして、帰りに児童公園に寄ってみる。
雪ダルマの眼には、小鳥たちが群がって、ミニトマトをつついていた。
若者は思わず手を挙げて、小鳥を追い払った。
雪ダルマの眼の周りは、トマトの汁で赤く染められ、眼はほとんど消えていた。
口はと見ると、バナナの皮が垂れ下がって、口の中は空っぽになっていた。
若者はマクドナルドで買ってきたポテトフライを二本、雪ダルマの口に押し込んでやり、
「オイシイカイ、雪ダルマちゃん」
と聞いた。
「ああ、ああ」
と、思いがけないところから、鴉の声がかかった。
松の木のてっぺんに鴉が留まっている。
「鴉め、おまえだな。バナナをあさったのは。小鳥にしては、バナナの皮を剥くなんて、度が過ぎると思ったら」
若者は手を挙げて鴉を追い払おうとしたが、脅しに過ぎないと知っていて、動こうとしなかった。
それより、新しく雪ダルマの口に入ったポテトフライを狙っているのは明らかだった。
若者は雪ダルマがポテトフライを食べ終わるまで、ここで見張っていようと思い、自分もポテトフライを摘まんで口に入れた。
「あっ、雪ダルマの眼がなくなっている!」
折りよく近くの家から、子供が叫びながら走り出てきた。
男の子は近くに来て、若者を見上げた。
若者は自分が疑われていそうだったので、
「僕じゃないよ、あの鴉だよ。僕は口の中が空っぽで可哀想だから、ポテトフライを入れてあげたんだ」
ミニトマトをあさったのまで鴉のせいにするのは、事実に反すると思ったが、小鳥はどこかに姿を消してしまっていた。たとえ一羽見つかったとしても、その一羽のせいにするわけにはいかなかったのだ。
それより、悪賢い鴉の仕業にしてしまったほうが、ずっと真実味があると思えた。
男の子が雪ダルマに寄って行き、口に中を覗いた。
「本当だ。ポテトフライが入ってる」
このとき松の木のてっぺんで、鴉が吠えるように鳴いた。監視していたポテトフライが、危険に晒されると思ったのだろう。
「鴉め、お前なんか、さっさとおしっこして、寝てしまえ!」
男の子が手を振り上げて叫んだ。いつも親に言われているのを、今鴉に向かってやり返したなと思えた。
児童公園の周りの家々から、子供たちの声が弾んだ。一旦家で休んで、これから本格的な雪遊びが始まるのだろう。
若者はここが子供の広場だったと気づいて、児童公園を後にして歩き出した。
頭上に黒い影がさして、低空飛行で接近してきたものがある。あの鴉だ。
鴉は若者の髪の毛を逆立てるほど迫って、翼を翻し、後方へ飛び去った。
雪ダルマの目が消えたのまで、鴉のせいにされた腹いせだったか。若者の手にあったポテトフライを狙っての接近だったか。鴉の気持は分からない。しかしあの鴉のことだ。その双方の野望を両翼に秘めて、向かって来た事だって充分ありうるだろう。
鴉が刃向かって来たことで、鴉に悪いことをした思いが、若者の中から綺麗に掻き消されていた。
部屋に着いて、コーヒーをいれ、買ってきたハンバーガーを口に運びながら、ふと思いつくものがあった。雪ダルマの眼に取り付いてミニトマトをつついていた小鳥達のことだ。
あの鳥たちは、もしかして雪ダルマを怪物だと考えてはいなかったか。突然自分達の縄張りにあんな得体の知れない生き物が入り込んできたものだから、仰天してしまい、とにかく眼をつぶして、動き回れないようにしてしまおう。
鴉だけで手を焼いているのに、あんな怪物に居座られたら、たまったものではない。
若者は小鳥達の、慌てふためきぶりを、そんなふうに受け留めると、子供たちが雪ダルマ作りを断念して、あの眼のない雪ダルマを楯にして雪合戦でもはじめてくれればいいと願った。
あの雪ダルマには申し訳ないが、このまま温度が上がって、早く融けてくれればいいと思った。
――命は生きるために生まれ、雪は消えるために降る――
何の罪もない雪ダルマなのに、若者は勝手にそう考えた。